ミニミニ灯油ストーブの自作


以前にストーブ生活を紹介したけど、先日は車に持ち込んで登山前日の車中泊で使った。一晩中アイドリングできないし、外はマイナス5℃だから。一酸化中毒対策にドアのガラスを少し下げれば特に問題も無い。お餅を焼いたりして好評だったけど、もっと小さいものが欲しいと思い中国産のキャンプ用石油ストーブを購入。評価が分かれている商品だけど、最初にちょっと調整が必要なだけ。この方の説明を見ながらなら調整すれば大丈夫。ネジが外れていたのはびっくりしたけど、単に締めるだけ。この値段なら文句はありません。移動中に漏れるのは困りモノだけど、輪ゴムでゴムパッキンしたらかなり改善された。慣れないうちは点火時に先の長いライターが必須だね。

 

けど、それでもザックに入れて高山に持って行くにはデカすぎるし重すぎる。だから自作に踏み切りました。ネットに情報がなく二時間ぐらい試行錯誤して成功したのでメモっておきます。

 

成功といっても「屋外で暖をとる」「屋外のバーベキュー時の木材、石炭の代わり」にはなるけど、煤はどうしてもつくね。。灯油をためておく部分と燃焼部分が近すぎるから、最終的には灯油の温度が上がりすぎて火が強くなりすぎる。くれぐれも注意してください。ためすなら完全自己責任で。

 

 

,泙佐靄榲にストーブ自体の仕組みを理解すること。先ほどのキャンプ用石油ストーブを持っていれば仕組みが分かるけど、そうでないならまずはサラダ油でのランプを作る。私は米油でやったけど普通に上手くいく。オリーブオイルとか使えばロウソクの癒やし&匂いになるかも。

 

▲曠奪箸隆魅魁璽劼粒犬魘望の容器として灯油をそそいで、ライターで火を近づけても液体にはつかないことを確認。サラダ油でのランプみたいに芯を入れると火がつくが、比べ物にならないぐらい大きな炎になることを確認。(火が強いからこそ蓋のサイズぐらいで十分に動作確認になる。まちがっても,鯏油でやらないように)

 

4靄榲にはアルコーストーブの作り方と同じ。珈琲の缶をカッターで上下半分に切って上側を下側の中に押し込む。穴は開けなくていい。ペンチで捻るだけ。そこに麻紐か紙紐を芯として挟む。

 

4つぐらい芯が出ていればOK。芯を出しすぎると炎が強くなる。五ミリぐらいで大丈夫。ここら辺は△粘恭个鯆呂鵑任諭これで黄色の炎。照明にもなる。十分に湯も沸く。息を一気に吹きかければ消える。

 

ダ椎鬚け蠅鮟个靴堂硬戮鮃發するには、一回り大きな缶に入れる。缶の温度が上がり、熱で灯油が気化する。芯が無くても灯油に火がつく状態。珈琲缶の蓋を締めているのは芯のない真ん中からも火が出て火力調整が大変になるから。消火が大変。い醗磴辰MAXで息を吹いても消えなくなる。消す時はトングで缶全体を上に持ち上げて、外側の缶から半分取り出した状態で息を吹く。もしくは金属で外側の缶全体を塞ぐか。青白い炎がでてしばらくすると、缶の温度が上がりすぎて、灯油が全て気化し始める。するとかなり炎が強くなります。ここまできたら缶全体を塞ぐ以外に消化方法はなくなります。くれぐれも注意してね。

 

上手く作ると、外側の缶が無くても青白い炎はでます。最初にコーヒーの缶を横に切るときの場所と、上下を重ねたときの位置関係で決まる。缶コーヒーの飲み口が細いか太いかはあんまり関係ないね。あと、缶自体が高温になるから、写真みたいにベランダでやるときも直接置くと焦げるよ。

 




「光凛」 〜冬の甲斐駒・9合目〜

4年前、白馬五竜でスキーしてたとき、ザックを担いでゴンドラに乗っている人がいた。頂上駅で降りた後、そのまま1人でドンドン上に登っていく。当時はそれを見ながら、意味不明というかアホだと思ってた。雪山を堪能したければスキー・スノボでいいじゃんと。

 

両方経験して初めて分かる。同じフィールドでも全く違ってる。

スキーはレジャー。冬期登山は"行"。

 

その証明こそがこの写真。「光輪」の写真はたまに撮れる。けどこの太陽の輝きは初めて。これを表現する一般的な用語はないから「光凛」と名づけたい。「凛」は単なる輝きではなく「厳しくひきしまった」という意味をもつ。冬空に青白く輝くこの太陽には「凛」こそが相応しい。

 

心の奥底が光になる

とでも言いたくなるほどの輝き。スキー場では絶対に撮れない。僕にとっての冬山の価値はこの写真に尽きる。グリーンシーズンの登山をあまた重ねて、3月の日帰り、4月最初の一泊二日の残雪登山もした。だから今回は12月の登山。なかなか有休がとれず、土日の二日で行ける最高地点は甲斐駒の黒戸尾根。グリーンシーズンでも一泊二日で登るのは辛いけど、これまでの経験と体力を信じて、行けるところまではいこうと思ってた。

 

登山中は何度か心が折れそうになったけど、本当に天気が良くて、風もそこまでは強くない。雪山のコンディションとしては最高。今日の条件で頂上まで登れなかったら、この先、一生このクラスの頂上までいけない、と心に言い聞かせて。

 

「最初に小金を盗んだ奴は一生大泥棒になれない」

といったのは石川五右衛門だっけ。これは確かに至言。もちろん経験値が溜まることでスキルもUPする。最初から高すぎる目標にチャレンジするのが完全に正しいワケじゃない。けど、一番最初に己に甘えた奴はそこで天井ができる。それが”行”というものだから。

 

この黒戸尾根は山岳宗教の行場としての深い歴史を持ってる。日本最高地点で発見された縄文土器は甲斐駒の頂上だから。以前に10月に北沢峠から甲斐駒に登ったけど、全然違う。同じ山とは思えないほど。そりゃ高低差も道の難易度も全然違うけど、もっと根本的な点が違う。一番ハードなのはこの写真のように最後の難関地点。一番上の大きな岩に剣が二本刺さっている。そこまでの登り。最後の気合でそこまで登って写真をとったら、太陽がざわついていた。

 

最初はあまりの寒さでカメラのレンズが結露したのかと思った。この数百メートル下には一本の剣が刺さる行場がある。こちらの時も不思議な写真だった。けど、ピントが合ってもやっぱり太陽がざわついている。太陽のエネルギーが溢れすぎた感覚で、、こんな太陽は初めて。用語も無いと思う。とりあえず暫定的に「ざわついた太陽」と名づけたい。

 

だから太陽に直接レンズを向ける。それが冒頭の写真です。二本の剣のうちの一本が画面の端にあるよね。同じ場所で撮ってます。不思議なのが、本当の頂上では光凛もざわついた太陽も撮れなかったこと。その理由は分からないけど、感じるのはある種の因縁。この写真を撮れる人が他にもいるならぜひ会いたい。ソウルメイト:類魂の判定としては一番分かりやすいと思う。今年の12月は仙丈に行こうと思う。そこでも光凛が撮れるのか結構楽しみ。

 

以前から感じているのは、山におわす神々は1000mごとに違う。1000m級の山と、2000m級、3000m級では撮れる写真の神々しさが全く違う。そして冬になると1000mはランクアップする。だから冬の3000m級の山はグリーンシーズンならば4000m、そう冬でしか撮れないレベルの神々しさになるのだと。というより3193m以上の山は富士山しかないし、あれだけ頂上が混んでいるから富士山の頂上ではこの神々しさをもつ写真は撮れない。

もしかしたら厳冬期の2月ならばプラス2000mになるのかもね。それは凄く興味深い。けど、厳冬期に3000mに行く実力は、遥か先。。

 

 




テントの冬改造(スノースカート)と、ワカン作成&失敗



冬期登山に挑むには体力だけでなく冬の装備も必要。特にテント泊の場合、テントを冬用にしなくちゃいけない。「いつかは冬期」と思って、冬オプションがあるテントにしたけど、やっぱり冬のテントカバー:スノーフライは高価。極論、風が隙間から入ってこなければいいのだから、スカートを履かせればいい。最初はブルーシートを思いついたけど、さすがにダサいから灰色のブルーシート。けど、商品を見ながらもっとシンプルに分厚いビニールで良いと判断。それがこのTRUSCO業務用ポリ袋です。通常の3倍の分厚さはダテじゃない。それを脱着式にするため、業務用のマジックテープも購入。ちゃんと接着するためにホチキスも使う。

 

完成したのがこの右の写真です。よくよく見ると透明なスカートがついてる事が分かるでしょ。こちらのアップの写真の方がいいかな。色々調べると通常期のフライシートは空気の交換が出来ないので、入口側だけはスカートをつけない。これで12月の甲斐駒・黒戸尾根に行ったけど、非常に活躍してくれました。隣でテントしてた人たちに「おっいいね」言われた。帰ってきて調べてみたら、こういう風にスカートをつけるのは色々と情報あるね。ブルーシートが多いけど、見た目的にはこの分厚い透明ビニールの方がオススメっすよ!

 

で、もう一つ自作にチャレンジ。もちろんアイゼンやピッケルの自作にチャレンジする人はいないと思う。個人的にもアイゼンに1万円以上払うのは分かる。あれだけの金属加工をしてるんだしね。けど、ワカンはどうよ。あんな単純な加工品なんて、大量生産したら3000円ぐらいじゃない? あれに1万円は無いわ・・・。けど、自作の情報も殆ど無い。こういうときほどDIYとしての腕の見せ所。もちろん家の家具だって色々と改造・作っているけど、そういうネタは自作スピーカー以外は当分投稿しない。けど、このワカンはすれ違う人全員から「え、なにそのギア」と言われたので、載せておきます(笑

■必要なもの

・ダイソーで売ってるネクタイハンガー4つ(100円x4)

・ホームセンターでうってるステンレスパイプ(直径0.6mm)

・ダイソーで売ってる荷物梱包バンド(青いやつね)

・針金

 

■特殊な工具

・金属のこぎり(ダイソーで売ってます)

 

 

 

■作業ステップ

.優タイハンガーのかける部分をグニグニ曲げると取れる

▲好謄鵐譽好僖ぅ廚魘眤阿里海りで切る。これも全部切るのは大変だから半分ぐらいであとはグニグニ曲げる。長さはパイプをつける場所によりますが、私の場合は、16cm、26cm、24cmが2セットです。不安ならホームセンターで切ってもらったら?

あとはそれらを繋げるだけ。ポイントはステンレスパイプの中に針金を通す形で止めること。私は3回は通してます。強度的にこれぐらいは必要なのでは?

 

 

実際の使用結果ですが、面積的に足裏の倍。だから、雪に埋もれる深さが半分になる。このネクタイハンガーの小円の多さが浮力を生むと思ったけど、その想定はそこそこの結果。一回つかってちょっと湾曲したけど、普通に問題ない状況。もっとハードに使ったらどうなるかは謎。ぜひこの投稿を見て、ワカンの自作にチャレンジする人が増えることを望んでいます〜

[2018.1.23]

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3月17,18日に常念岳行ってきました。テントスカートは活躍してくれたけど、このワカンは壊れた。。道に少しでも岩が見えていたりして、力が斜めにかかると、このステンレスパイプの太さと、このネクタイハンガーの金属の太さでは、支えきれない。最終的には針金を3本通したパイプ自体が外れてしまったから。何かのタイミングで全体重が中央のステンレスパイプ一本に掛かると、曲がるし、針金も切れる。やっぱりワカンも買うしかないか。。もっとステンレスパイプを太くしてもいいけど、このネクタイハンガーも一つじゃだめだね。最低でも二つを重ねないと。。




答えを求めて残雪期の富士山へ

雪と氷の世界の先にある静けさと、富士大神の正体


冬の富士山は世界有数の難易度という。逆に夏の富士山は楽で有名。今までずっと澄み切った富士山にトライすべく経験を重ねてきたけど、今回5月2日に登って来てレベル感が分かった。残念なことに5/5に同じ登山口から登った人は滑落して死亡。富士山登山については玉石混合の情報がネットに溢れているから、本当のところで何が大切なのか、それを明確にしたい

 

  1. なだらかで岩場も少ない登山道。夏は高山病さえクリアすれば困難なポイントは少ない
  2. 冬の富士山が困難なのは強風。独立峰で海岸から一気に3700mまであがる地形から風が強くなる。9月末の時点で吹き飛ばされるレベル
  3. どんな山だろうと、アイスバーンの上に20cm雪が積もったら、アイゼンしていても滑る


シンプルに言えばこれだけ。夏の富士山で失敗するのが1の高山病。10人中4人くらいは頭痛で断念。これまでの10回の登山の経験上、大事なのは5,6合目の速度。8合目で頭が痛くなったら酸素缶使うぐらいじゃ登頂はホボ無理。いかに5,6合目を休憩をコマメにするか。極論、7分登って3分休憩ぐらいでいい。2は秋・冬の富士山を越す雲の早さを見れば一目瞭然。北条早雲の名前は富士山の雲が早く流れることから命名されたという。静岡に住んでいるとき秋に富士山5合目ハイキングに行ったけど、あまりの暴風で中腹にある宝永山山頂に行くのに匍匐前進だったから。風で飛ばされても両側はなだらかな傾斜だから怪我は無い。逆にアトラクションとして最高。下手に富士急ハイランドに行くよりもよっぽど楽しい。家に帰ってからも耳や鼻から富士山特有の黒い砂が出てきた。それぐらいのレベルの風。あの風で氷は有りえん。スケート場をノーマルタイヤのバイクで走るレベル。

 

そして3。雪だけだったり氷だけならアイゼンで大丈夫だけど、3だったらどんな山でも絶対に滑る。僕が下山してから麓は雨だったので5合目以上は雪だったのだろう。行った時点で完全にアイスバーンだったから、そこから20cmぐらい積もったんだろうね。そういうときは登頂を諦めて帰らないと。春の嵐が終わった4月中旬以降、GW前にスカイラインが開通して5合目まで車に行けるようになるので、雪山経験がある人にとってこの時期の富士山はそこまで大変じゃない。実際に登山中に15人ぐらいと会ったし、頂上の剣が峰で珈琲&ラーメン作っている間に8人ぐらいと入れ替わりで雑談したから。流石に明け方、シュラフマットつけて降りてくる人が2名いたのにはびっくり。確かにこの時期の富士山にテントで一泊するのはありかも。

 

 

 

ここまでが基本的な登山の話。

ここからがパワースポットとしての富士山。

 

愛鷹山と足柄山に登ったので、4月に足和田山に行ってきました。富士の三足とも言われるけど、足和田山はかなりマイナー。真面目にこの3つを登った人なんて100人もいないのでは? けど、wikipediaの記事を見て、この3つには直感でMUSTを感じた。足和田山の頂上の波動の高さは結構すごい。位山レベルだね。

 

富士山の浅間神社で一番古いのは山宮浅間宮。ここには祭神が富士大神→浅間大神→コノハナサクヤヒメと変遷したことが書いてる。富士山にコノハナサクヤヒメを結びつけたのは江戸時代からと結論が出ているのだから、問題は富士大神の真の姿。御姉様に仁義を切るために大室山雲見浅間神社に前々日から行った。登山だけが趣味の人はここら辺は無関心だし、興味有る人はこの時期の富士山には流石に登らない。両方やらないと見えてこない世界がある。

 

 

興味深かったのが雲見浅間神社。思った以上の急な山道。一番上についたらカップルと年配の男性が1人。雑談してたら娘さんが彼氏を地元に連れてきて、お父さんが張り切って案内していることが分かった。近くで旅行関係の仕事をしているらしく、先日、伊豆西海岸のパワースポットとして安室奈美恵を此処につれて来たといっていた。さすがセドナに行くだけのことはあるね。確かにパワースポットとしての富士山を語る上で雲見浅間神社を知らなければ純粋に問題外だから。

 

雲見浅間神社の山の頂上から富士山が見えた。数年前に行ったときは富士山が見えなかったけど、今回は山宮浅間神社の遥拝所からも富士山が綺麗に見れた。そういうことの積み重ね。家で座禅で心を整流できない器の人間は、これぐらいをしないと見えない世界がある。そして、どれだけバカと言われてもいいから、最初の疑問を大切にすること。初心者の素直な疑問こそが実は一番大切。

 

浅間山は他にちゃんとあるじゃん。なんで富士山の神社は浅間神社なの?それも8合目以上は県境未定で全てこの神社の土地というじゃん。浅間神社は浅間山、富士山は富士神社のほうが良くない?

誰だって最初に聞いた時は驚くし、こう思うと思うよ

 

 

結論として、浅間という単語は噴火・溶岩を意味するんだと。富士山の噴火で麓が莫大な被害をこうむったからこそ浅間神社とした。じゃあ、富士大神は何かというと、今の神体系がやってくる前の地元の神さまでしょう。そのご神体はこの龍だよ。まさか笠雲の中がこんな状態だとはね。「笠雲は雨」とよく言われるけど、笠雲につつまれた富士山は雲の中から見ると霧だと思っていた。まさかドームとは。。今回は見事に白いドームにつつまれて不思議な空間。その先端に泳ぐ龍雲の見事さ。以前の2010年に登った時も龍雲と出会った。あの頃は、この価値がまったく分かってなかったね、俺は。



一歩前に進めると、ひとつ扉が開く。道を究めるにはこの繰り返ししかない。

 

情報としては登る前からあるハズなのに、その情報にアクセスできるのは何故か登ったあと。最初に家でネットを調べてるときはなぜか見つからない。下山後に改めててネットで調べて面白いサイトを見つけた。このサイトが日本でTOPでしょう。ここまで古文書等をちゃんと引用しているのはそういう専攻だったんじゃないかな。そのレベル。特に興味深い点は下記。

  • 頂上の火口の底は標高で言えば8合目。火口の底に浅間大神がいる。だから8合目以上が神聖な場所
  • 徳川幕府が8合目以上を富士宮の浅間神社の社有地と認めた
  • 干支で庚申の年は富士山のご縁。もともと伝説では琵琶湖と富士山は考霊天皇5年の庚申の年に同時に1日で出来たという伝説があるから。ちなみに次は2040。
  • 登山と下山で登山口を変えるのは「山を裂く」といわれ、良いものとはされなかった。
  • 表富士は静岡側。山梨側もそれは認めていた。江戸時代になり江戸に近い山梨県側の登山口が栄えた
  • 北条早雲や武田信虎も登った。昭和天皇は皇太子時代に登頂。8合目まで馬。秩父宮も皇太子徳仁も登頂。
  • 1000円札や昔の5000円札の富士山は本栖湖からの眺め
  • 末代、角行、村上光清、食行身禄が富士山登山としては大切。さすがに役行者は伝説レベルか。
  • 山頂にコノシロ池がある。。雪解けから7月中旬までしか見えないらしい。。

 

真面目に登山をしてれば誰でもびっくりする。それが日本6位で山脈名にまでなっている赤石岳の中腹に大聖寺平という御岳の遥拝所があること。御岳は日本14位なのに赤石岳の中腹から御岳に祈りを捧げるってことは、御岳のほうが上。結局、単純な標高が山の格を決めるわけではない。古くからの価値観では火山の方が上。御岳は火山としては日本2位だから。そして御岳がこれだけ霊山扱いなのは、日本で一番高い湖があるのも理由。けど、まさか富士山の頂上に池があるとはね。。今回で11回目だけど、一回も見た事が無い。次に行くとしたら、この池のためだね。

 




山に登り、山で死ぬ。高さでなくルートで競う時代の危険さ

 

まさか会社でも聞かれるとは。それだけ栗城氏は有名だったのだろう。「死んじゃいましたよね」「え、ホント。あの栗城が?」とついつい仕事中の雑談時なのに、声のサイズが一回り大きくなってしまった。もしかして登山家としては一番有名なのかも。実績から野口氏や竹内氏の方がメジャーであって欲しいが。。。雑談している相手は感情理解力が高いから、「え、なんかありました?」と聞かれてしまった。

 

 

「栗城はねぇ、登山をガチでやってる人から見ると微妙な位置づけなんだよね」「え、そうんなんですか」

 なぜ微妙なのか説明するのは難しい。だから家に帰って探して、この記事を見つけたときは嬉しかった。

 

「登山をショービジネス化した」

といのは本当に素晴らしい一言要約。もちろんイモトもそうだけど、誰もイモトを登山家とは思わない。けど、栗城氏は登山家だから。無酸素登頂の意味をちゃんと調べれは、すぐに彼の謳い文句に「?」がつくことは分かるけど、登山に興味が無い人は調べないよね。もちろん00年代からの急激なICT機器の発展に合わせて、登山をダイレクトに届けたのは凄く価値がある。上の世代はこういうことに生理的拒否反応をする人も多いから。

 

別にショービジネス化が悪いことじゃないし、(山でゴミ捨てしないとかのルールさえ守れば)どんな人だって山に登っていいんだし、外野がとやかくいう話じゃない。それを分かっているからこそ登山界は基本的にスルーしてきた。その中で、あえて批判覚悟で踏み込んだ森山さんは素晴らしい。

 

やっと残雪期に富士山に登ったレベルの私ですが、ここからもう一歩考えたい。

 

 

「なぜ山に登るか? そこに山があるからだ

と言ったのは私も調べないと分からないけど、この台詞は凄く有名。けど、山に登ればそれだけで前人未到のチャレンジになった時代じゃない。だからこそ、時期とルートを選ぶ事で前人未到になる。けど、それ自体がかなりヤバイよね。わざわざ危険な道を選ぶのだから。歩道があるのにわざわざ車道の真ん中あるくようなもの。まだ速度で競う方が危険度は少ない。それはすなわち山岳レースになるけど。

 

 

「エベレストなんてイモトもなすびも登ったのに」と別の人から言われた。そりゃルート毎の難易度の違いなんて普通はわかんないよね。僕だってエレベストのルートの難易度の違いなんて調べないと分からない。けど、行けば体感で分かる。富士山だって西側は結構ハード(登山道無いレベル)。日本2位の北岳もバットレスはやばい。そのバットレスを横目に登る 大樺沢 →八本歯のコースは好きだけど。

 

 

人工の厳しさと、自然が作った厳しさは違う。

車道の真ん中を歩く事に意味はないけど、自然が作った岩壁を攻略するのには意味があると思う。けど、僕はその気持ちまでは無い。

 

酸素濃度

富士山ですら10人連れて行ったら3,4人は高山病になる。8合目から登れなくなる人も1,2名は出る。何度か後輩を連れて行って、ポイントが5,6合名の休憩タイミングだと分かった。けど、8000m級はこんなもんじゃない。そこを酸素ボンベ無しで行くのはありえない。ある意味、素もぐりに近い。

 

時期は違う。とことん拘る。


時期の難易度には興味零だけど、冬の晴天は別物。澄み切った空気感と突き抜ける見晴らしの良さ。自己の内面まで同じ透明感で満たされる感覚は何ものにも代え難いから。

 

 

 

本当の山の高さって何?

今は海面から測る。けど、地球の中心部から測る場合もある。その時、最高峰はエベレストでなくチンボラソ。そして、これまでの登山経験からも、麓からの高さが一番相応しい基準。そしたら問答無用でデナリ。日本なら駿河湾からの高さになる富士山。麓の定義も実は難しいけど、頂上から裸眼で見える範囲で一番低い場所かな、一応。

 

「周りに高い山がひとつもない」というのも結構大事。西日本には2000mを超す山はないけど、だからといって日本アルプスの2500mぐらいの山よりは四国最高峰の石鎚山とかの方が格が上だと思う。

 

登山が趣味の人の中でも、途中まで車で行く人もいれば、麓から登ろうとする人もいる。

個人的には「使える道具は使えばいいじゃん。いけるとこまで車やロープーウェイで行けばいい」という気分。もちろん歴史がある登山道は別。富士山の1合目の馬返しから3合目まで登って、その価値がよく分かったよ。

 

 

高い所からの見晴らしならば、登る必要ないじゃん

という意見もある。飛行機の窓からの眺め。確かに良い。けど、あれは窓が小さすぎる。TVを見るのと大して変わらん。そしてあくまで別空間だから、頂上の空気じゃない。じゃあヘリコプターで頂上に下ろしてもらったら?

 

ここら辺まで来ると結構迷う。値段が高いなら金額的に無理だけど、「1万円で頂上までひとっとび」とか言われたら??

 

結局、「何かに向かって困難を乗り越える経験」だけなんだろうね。それが上に向かって歩く登山になっているだけ。そういうシンプルな部分から、随分と遠くに来てしまった人の存在。

 

10年以上前かな、栗城氏がデナリに登るために色々と苦労重ねて、、、という文章を読んだ記憶がある。あの頃が一番、彼にとって充実していたのかも。スポンサーがついても、分かりやすい基準を求めるし、分かりやすい基準が減っている登山だからこそ、デナリの先で道が分かれるような気がしてる。

 

僕はなんといっても山野井さんを尊敬してます。生き方を含めて。あの人には今からでもいいから8000m峰制覇をして欲しい。けど山野井さんには簡単すぎるんだろうね。セブンサミット(7大陸最高峰)の価値が減っている今、山岳グランドスラムまで言われても何かが飽和状態になっている気もするから。

 




北岳含む白峰三山が東京:川崎で見える場所

以前に家から北岳が見えると書いたけど、深田久弥の『日本百名山』を読んだら、普通に書いてあった。ずっと知らなかった。。

「六郷川鉄橋を渡るあたりで、もしキリッと空気の澄んだ日であると、眼を北の空へやることをわすれなかった。そして彼方の青空に、純白の山が三つ並んでいるのを見逃さなかった」(新潮文庫P416)

戦前から有名なんだね。深田久弥の先輩にあたる木暮理太郎の『望岳都東京』にも書いてあるのか。こちらは青空文庫で読めるのでLink張っておきます。「見える」とはいっても、富士山みたいに目立つわけでなく、こんな感じで手前の東京・山梨国境の山々と同じぐらいの高さ。だから、ちゃんと知らないと全く気づかない。

 

北岳と六郷土手駅を線で結んで見ると、確かに家はその線から100m以内だから。ここに引越した時は富士山しか登った事無かったから、全く知らなかった。北岳に2回ぐらい登ってから、冬の晴れたある日、ベランダから「あれ?」と思ったのが最初。ポイントは間ノ岳から農鳥岳までの稜線だよね。ちょっと角度が急だから。

 

とりあえず線を羽田空港まで延ばしてみたけど、対岸の千葉でも見えるのかな?さすがにその距離になると肉眼では見えないかもね。 僕は毎朝起きたら部屋から富士山と白峰三山を見るのが日課。とはいっても富士山が年に30%。白峰三山は年に5%ぐらいしか見えないのだけど。。極稀に富士山は見えないのに、白峰三山だけ見える特別な空がある。そんな感じです。

 

東京と山梨の県境の平野部分が狭いから、東京の殆どの場所では北岳は見えない。この線のとおり、どちらかというと川崎市の方が見える場所が多い。けど、前に新宿から高速バスで箱根の金時山に行ったとき、用賀を過ぎたあたりで白峰三山が見えた気がしたんだけど。。高速道路の、それも高速バスの車窓からなので、それなりに高い建物じゃないとだめだと思うけど。興味ある方は二子玉川の高いビルからぜひトライしてみてください。

 

 




富士山頂 幻の「コノシロ池」 



年に2回も富士山に登るとは、自分自身でもびっくり。

GWに登ったあとに調べていたら、山頂に幻の池があると知った。見るためには雪解けから7月前半まで。グリーンシーズンの富士山は10回登ったので、もう行くつもりは無かったが、池は見たい。何よりも「池の周りに経典が埋められていた」というのが気になる。名前の由来もかぐや姫どんぴしゃだから。

 

 

富士山火口内にコノシロ池という池がある。ここにはコノシロという魚がすんでいたという。ある時、風神に見そめられてしまった木花開耶姫は、この魚を焼いて自分の葬儀の煙と風神に思わせ、諦めさせたとの話が残っている。コノシロ池の魚を焼くと人を焼く臭いに似た煙を出すという

こちらではコノハナサクヤヒメになっているね。求婚を諦めさせるという点で同じ。かぐや姫自身がコノハナサクヤヒメの生まれ変わりなのだろう。

 

 

 

行く前からネット情報で「泥池にしか見えない」とは知っていたけど、この写真のように現物を見てみるとちょっとショック。ブルドーザーのキャタピラ跡が池を突っ切っているのもショック。上手に撮ればこちらのように逆さ富士になったのかな。。画像検索すると良い写真も結構あるね。

 

今回の登山は、、、弾丸登山で初めての昼11時に頂上。体験して分かった。弾丸登山は昼の12時までに5合目下山してバスの中で寝ないとダメ。下山中に睡眠不足から高山病になるとは。。これだけ何度も富士山に登って、あれだけの高山病は初めて。結局、夕方の最終の新宿直行バスに間に合わず、富士吉田駅に行き、タクシーで富士急ハイランドに行って、そこで30分だけ温泉入って、新宿行きのバスに乗った。同行者のペースを考えると前日18時ぐらいから登山開始すべきでした。5,6合目を丁寧に登ったので6人全員が登頂できたけど、皆が下山中の高山病で散々だったので。

 

 

 




白峰三山の盟主は「間ノ岳」


今年も白峰三山に行った。2011年から毎年行って8回目。けど、天候やメンバーの兼ね合いで北岳だけのときも多い。間ノ岳・農鳥岳まで行ったのは4回目。今回の間ノ岳頂上で三角点の名前が「相ノ岳」になっていることに気づいた。百名山を選んだ深田久弥も著書で熱く語っている。「この名前はこの山に相応しくない。そもそも春の雪形が鳥に見えるのは農鳥岳だけでなく間ノ岳も一緒」だと。

 

4回目にして頂上で30分ぐらい過ごしながら夕日を眺める。

こういう時に答えは降りてくる。白峰三山を統括しているのは間ノ岳。

毎年登るべきだったのは北岳でなく間ノ岳なのだと。

 

確かに北岳は3193mで間ノ岳は3190m。けど、wikipediaにもあるように間ノ岳はもっと高い時期があった。富士山は山の中では新しい山なので、過去のある時点(最終氷河期)において日本の最高峰は間ノ岳。山体を見れば誰だって分かる。北岳と穂高は原理的にあれ以上高くならない。間ノ岳は頂上が「丘」というぐらい、どこでも山小屋つくれるぐらいにい広いから。なのにこんなテキトーな名前はオカシイ。それは以前からずっと思っていた。

 

白峰三山の次の週、木喰展に行く途中の道の駅「とよとみ」で地元の銘酒を見つけた。登山に行ったらそこの水で仕込んだ日本酒を買うのが楽しみだけど、白峰三山でやっとやっと見つけた。飲みながらよくよく見ると、このラベルは北岳じゃなくて間ノ岳じゃん。確かに小さい字で「北岳からみた間ノ岳」と書いてある。きたよ、当たり判定。

 

そういえばGoogleマップに載ったのも北岳は広河原農鳥岳は農鳥小屋の先、けど間ノ岳は頂上だった。あの時、気づくべきだったね。そしたら、ずっと間ノ岳メインで行っていたのに。。高さと名前に惑わされてた。去年だって台風後の氷点下の風が寒すぎて北岳のみの登山だったけど、知っていれば顔にフリース巻いてでも行ったぞ。

 

穂高・槍でなく白峰三山を選ぶ時点で変わってる。その上で、北岳でなく間ノ岳。変人二乗ぐらいになっているけど、己の中には道理がある。こうやってハマっていく。他人からはドツボに見える場所まで(笑 そんなの気にせず掘り下げる。間ノ岳という名前は仮。真の名前はちゃんと別にあるハズ。それを見つける事ができれば本当の山開き。ここまで書いてインスピレーション。このお酒の通りだよ。『大冠山』もしくは『白冠山』だね。冠という字は必須。あの3つの山は遠くからみれば冠に見えるから。両側が北岳と南岳なのだろう。他の山で冠という字を使ってないのも大事な点。お酒は「太」という字だが、「大」か「白」な気がする。ここら辺はまだ確信がもてない。冬季登山しないと判断できないかもね。結構ハードでびびってます。。この酒倉には何か言い伝えが残っているのかもね。

 

 

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木喰展で身延まで行けば、当然足を伸ばして奈良田に行く。2013年に縦走したときの終着点だけど、あの時は温泉の凄さも孝謙天皇の伝説も知らなかった。奈良田のすぐ手前に世界最古の温泉旅館として有名な西川温泉の慶雲館があるんだね。車で前を走りながらびびった。あのサイズの旅館で部屋数が35室ってありえない。そして藤原鎌足の息子が見つけたというならば、孝謙天皇の伝説は正しいよ。撮れた赤いオーブが答え。レンズが汚れているとか言う人もいるけど、ならば2枚連続で形が変わらない。。このレベルぐらいが間ノ岳の頂上で撮れるようにならないとね。そりゃもちろん今年も北岳山荘に行く途中で撮れたけど、何かが違うから。おっと、最後に大事な情報。奈良田温泉の秘密は尿素だね。肌クリームでは必須成分。あの温泉の良さは溶けてる尿素につきる。




甲斐/木曾 駒ヶ岳の名の由来

 

2017年12月に甲斐駒ヶ岳。2019年のGWに木曽駒ヶ岳に行って来ました。甲斐駒で不思議な写真が撮れて黒戸尾根の出発点の神社の由来を見て以来ずっと考えてきたけど、木曽駒に登ってやっと答えが分かった。そしたら見事に彩雲が出た。山岳パワースポットを追求している立場としては、非常に感慨深い登山でした。

 

 

日本の著名な山は神話時代からの伝説がある。ところが全ての山が該当するワケじゃない。たとえば恵那山

古くは胞山、胞衣山とも書かれ、また角度により船を伏せたように見える事から舟覆伏山 (ふなふせやま) などとも呼ばれた。吉蘇志略で「天照大神がここで降誕され、その胞衣(えな)がこの山に埋められた」と記載されており、これが山名の由来とされている 

かなり重要な位置づけ。本当ならば両駒ヶ岳もこのレベルであるべきだが、現在は「駒とはのこと。山体が馬の形をしている、雪形に馬の形が出るなどで名付けられている。」 だから駒ヶ岳最高峰の甲斐駒も、続く木曽駒も由来がイマイチ。甲斐駒には聖徳太子の黒駒伝説があるけどね。それでも恵那山に比べると見劣りする。神話に繋がる由来じゃないと山の格に合わない。

 

日本神話においてアマテラスが天の岩戸から出てくる場面は超有名だが、そもそもアマテラスが隠れてしまったのはスサノオが狼藉を働いたから。その狼藉の中に「馬の皮を剥いで姉のアマテラスがいる機織り小屋に投げ込んだ」があります。このスサノオが殺した馬の頭が埋まっているのが甲斐駒で、胴体が埋まっているのが木曽駒。そして頭と胴体を切り離した剣が宝剣岳になった。

 

甲斐駒の方が少し高く、兜のような甲斐駒と、なだらかな形の木曽駒。面白いのは甲斐駒の黒戸尾根に何個か剣が刺さっていること。これは木曽駒のように宝剣岳が無いから依代として刺したのだろうね。

 

次の疑問は空木岳の名前の由来ですが、木曽駒から縦走中に悪天候。稜線を諦めて檜尾岳から直接下山しようにも自分のレベルでは越せない場所が。結局、ヘリで救助されてしまった。。山に行かないと答えは降りてこないので、謎解きも当分先です。。

 

 




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