日本一低い山:日和山(仙台)


「日本一低い山」なんて「日本一短い川」と同じで限度が無いと思うが、「国土地理院が認めた」が正式基準らしい。これまで日本一低い山として大阪の天保山が有名だった。といっても富士山ほど皆が知っているワケではないのだが、会社で大阪出身の同僚が話題にしていたので以前から知っていた。

山登りを趣味とする者として今年の4月にUSJ観光のついでに行ってきて(後日書きます)、改めてWikipediaを確認したら順位が入れ替わってた。高い方の山も人工衛星からの測定によって穂高(3位)と間ノ岳(4位)が入れ替わったみたいだが、一番低い山の順位が入れ替わるとは・・・・かつ、仙台に2番低い山があったなんて住んでた当時は全く知りませんでした。

もともと日本二位の低山だったのが3.11の東日本大震災によって削られて、日本一位になった。震災の影が少なくなった仙台市にあって、日和山の周囲は震災の爪跡が残っている。この左の写真は家の門のみが残っている。一見、以前からの雑草まじりの原っぱにも見えるのだが、家の基礎のコンクリート部分はそこらそこら中に残っていて、陥没気味のアスファルトの道路とあいまって、在りし日の家並みが自然と浮かんでくる。特にこのお風呂が残った家跡が物悲しくて。

そんな場所にある日和山だからこそ、石積みの山も震災からの復興の意志を伝えるようで・・・。今年(2014)の4月ぐらいにニュースになったのに、もう沢山の人が訪れている。看板の下の自由書き込み白版には「東北Love」とか沢山のメッセージが書かれていた。こうやって日本一の低山と認定されることで、被災地に行くのを躊躇っている人が足を向けるようになるのならば、順位が入れ替わった事の価値があるというもの。

日和山という名前自体は宮城県の中でも石巻や名取にもあるし、どうやら各地にある名前らしい。個人的には日と和で意味深な気もするし、宮城県の中でこれだけ多い名前なら日高見とも関連してくると思うが、他に気になったのはこの高砂神社です。ここの6本の松は奇跡的に残っており、周囲が原っぱになっている分だけ、存在感が上がっている。門構えもしっかりしていて本殿も小ぶりながら凛としている。 高砂神社という名前自体がどれが総本社でどれが末社なのかも良く分からない。どうやら兵庫の高砂神社が一番有名みたいだし、百人一首でも「高砂」の名前が出てくる。周りの風景が印象深くて神社の由来の石碑の写真を撮ってくるのを忘れてしまった。。宮城の一ノ宮は塩竃神社だし、金華山松島の瑞厳寺も有名だが、もし日和山に来る事があったら、歩いて3分の途中にあるこの高砂神社にも行ってみてはどうでしょうか。

場所自体はナビを仙台港の七北田川の河口北側海岸に合わせるだけなので、そんなに迷わない。仙台東武道路で七北田川の橋を渡ってすぐに曲がるだけ。途中にお地蔵様が二箇所ほどあった。かろうじて残っている家も一階が津波でぶち抜かれていたりして、被災した人ほど思い出したくない記憶が蘇る場所だとも思う。

けど、今後は仙台観光の一つとして、震災の記憶を語り継いでいく場所として、有名になっていくのだろう。僕が来ている時にもどんどん車が来て、日和山の写真を撮っていた。この先、人が沢山くるようになると、改めて公園として整備されていくのかもしれないけど、今のような雑草メインの原っぱに埋もれた家の基礎とアスファルト。何も無い殺風景な光景に浮かぶ松と神社。

この時期に日和山に行けて良かったと思ってる。
 



白峰三山でGoogleストリートビュー撮影と遭遇


2014年はギリギリまで登山をしていたので、投稿が遅れてます。Blog1の方で紹介した部分にはリンク張っておきますね。
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2014年07月  1泊2日 △ 塩見岳
2014年08月 3泊4日 × 聖岳・赤石岳・荒川岳(悪沢岳)
2014年09月 2泊3日 ★ 奥穂高・大キレット・槍ヶ岳
2014年10月  日帰り △ 雲取山
2014年10月  日帰り ○ 浅間岳
2014年10月  2泊3日 ★ 白峰三山(北岳・間ノ岳・農鳥岳)
2014年11月  1泊2日 ★ 鳳凰三山(地蔵岳・観音岳・薬師岳)
2014年12月  1泊2日 ◎ 愛鷹山
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×〜★は天候。×は殆ど雨。◎は富士山が見える。★は最高の天気。たとえば広河原からこれだけ綺麗に北岳が見えたのは4回の登山の中で始めてだから。麓の紅葉と頂上の積雪5cm。非常に楽しめるコンディションだった。ちなみに登山以外の土日はどちから片方は仕事。だから、これがMAXの回数。2014年は富士山以外の日本2〜9位を制覇。富士山は10回登ったので、とりあえず登る気がなくて。そんな意味では、充実したシーズンだった。


この中でも赤色にしている白峰三山に行った時にストリートビューの撮影が来てた。奈良田から広河原のコース。なんでも20kgぐらいあるとか。うちらはピストンだったので(1日目が北岳肩の小屋、2日目が農鳥小屋で農鳥岳ピストン。3日目に間ノ岳をもう一度越えて広河原に戻る)、合計4回ぐらい撮影とすれ違った。「モザイクかけなくていいですよ〜」と言ったのにしっかりモザイクなんで、こちらに写真も置いておきます。服で分かると思う。

こちらが農鳥小屋の先であった時。ちょうどカメラでこの写真を撮ったあと。

こちらが3日目の間ノ岳頂上であった時。この瞬間だけは曇ってました。2日目の間ノ岳はこの写真のように天気いいのにね。ここでは一緒に行った後輩の写真を置いておきます。ちょっとGoogleおじさんイヤがってるかも。。
そして最後が広河原であった時。上着が変わっているけどこちらの写真を撮った後なんで分かるかな。後輩よりも先に麓についたので、かなり寛いでます。

ということで、富士山に10回登った身としては日本2位の北岳も5回は登ろうと思ってます。4回目の今回でこんな遭遇があるとはね。マメに登って良かった良かった。私の写真はこちらに置いてありますが、ストリートビューを見てもいいと思う。本当に天気が良い日だったから。これだけ綺麗な間ノ岳はなかなか無いよ。





 



悪天候の聖岳でつがいの雷鳥に出会った


雨の中の登山において、雷鳥に出会えるならば幸せだと思える。

昨年(2014)のお盆の南アルプスの聖岳〜赤石岳〜悪沢岳の登山はTOP30制覇のための最後。そして登山の殆どが雨だった。。

2日目午前の聖岳山頂から兎岳に向う方向へ降って30分ぐらいでつがいの雷鳥にであった。昨年も雨の中、雷鳥を見たが、今回はつがいだったから非常に嬉しかった。3日目の赤石岳も雨。4日目朝は好天を求めて千枚小屋から再び千枚岳に行ったけど、その時は晴れ間が見えてきて、虹も見えた。そんな意味では、満足すべきかもね。

2日目午後の15時に雨が止んだので百間洞でのテントから足を伸ばしたら、赤石岳の向こうに富士山も見えた。北アルプスも見えたし、塩見岳も見えた。そんな意味では感謝すべきだね。



今回のベストショットは赤石岳頂上手前のこちらの写真かな。同行者とたまたま登山道にいた人の2名が写ってます。

椹島(さわらじま)近くの水場も綺麗で、そういう意味では行ったかいがありました。

他のリンクを貼ってない写真はこちらで。
 



ザックの改良 ⇒腰持ち


軽さを最優先してザックを買った(モンベルのバーサライトパック40)けど、40Lで1.05kgという軽さは特筆モノだが、腰ベルトが弱いんだよね。このザックでテント泊2泊3日をやると、かなり肩に加重がかかる。買った当初はテント泊は想定してなかったから、今となっては新しいザックも欲しいのだが、これだけ使い込むと愛着もわく。
ということで、改造しました。

最初にネットで色々と情報をさがしてスポンジをくっつけたのだけど、単に接着剤でくっつけてもこんな感じて剥がれることが判明。それに腰でちゃんと荷重を支えるためには心材も直す必要があることも分かった。

だからベルトを買ってきて、それを強力接着テープでくっつけて、針金や釣り糸をつかって、ザックのフレームに結びつける。このために100円ショップで細いドリルを買って、穴をあけて縫ってました。(普通の縫い針じゃ穴はあきません)

最後にスポンジを接着した上で、剥がれ易い根元の部分は同系色(今回は灰色)のガムテープで巻いて完成。表側から見ても殆どガムテープは目立たないので、工作としては成功。これで2泊3日の登山に2回行ったけど、かなり良くなりました。単にスポンジを接着しただけでは1回の登山ではがれてきたし、そもそも心材が弱いと腰持ちの効果が薄いから。

ちなみにスポンジはamazonのこちら。固めのウレタンで厚さ3cmでちょうど良かったです。
ベルトは家の近くのワークマン系で。釣り糸とドリルは100円ずつ。予算的には2500円ぐらいだったし、釣り糸や針金で縫い付けるのは大変だったが(2時間ぐらい)、モンベルの他の40Lザックよりは軽くて腰持ちできる作品に仕上がったと思います♪
 



ガスボンベ詰め換え CB缶⇒OD缶

登山に何度も行くとガス缶のランニングコストが気になる。中途半端に残ったガス缶しかないと荷物が増える。詰め替えのために情報を探したけど、どんぴしゃの製品はもう発売されて無いみたい。色々と調べて苦労したので、こちらでメモっておきます。

■ソト(SOTO) パワーガス 3本パック ST-7601 (3000mでも使えるためには成分にブタンが必要)
■OD缶同士の詰め替えとして【ガス詰め替えアダプター】
■最後にCBとODの口の変換として『OD缶からCB缶 カセットガスアダプター 改良型』
 
これで実際に上手く行ったのだけど、コツとしては詰め替えたいOD缶は冷蔵庫で冷やす必要があるし、CB缶は電子レンジで暖めた濡れタオルを巻いて温度差を作る必要がある。あと、新品の状態まではガスは移動しなかったな。たとえばイワタニのPRIMUS POWER GAS 250Tは空で150g、新品318gだけど、詰め替えても258gでした。もうちょっと頑張っても移動させても良かったのかも知れないけど、まあこんなもんでしょう。

OD缶が一つ518円(中身は150g)⇒3.453円/gで、CB缶は3本セット798円(1本に240g)⇒0.902円/gだから3倍以上の価格差。詰め替え器具が合計3400円として、元を取るにはざっくりOD缶8個ぐらいかな。今までの経験上、ラーメンを1人分、1回作ると20gのガスを使ってます。そんな感じ。

興味がでた人は、自己責任でどうぞ。

 



初めてこそ最高の登山体験を


「高尾山は麓から登りました。次はどの山がオススメですか?」 会社で趣味は登山・珈琲と言っているから、たまに聞かれることがある。「うーん、東京近郊ならばケーブルカーからの標高差600mの大山かなぁ。けど、個人的にはもっと高い山に行って、ちゃんと富士山を眺めた方が感動すると思う。そんな意味でイチオシは金峰山かな。5人以上そろったら連れてってあげるよ」

昨年の4月、瑞牆(みずがき)山荘までの登山バス運行開始と共に登ってきたけど、あの時は頂上から富士山が見えなかった。富士山が見えるまでは何度も登るの主義なので、秋に再び行こうと思っていた。大弛峠(おおたるみとうげ)は富士山の5合目よりも高い。車でいける地点としては日本で最も高いから、登山の初心者でも誘おうと思っていて。

それだけでなく、夏頃に兄貴に言われたんだよね。「うちの子を高尾山に連れてってくれないかな」「あんな簡単な山なら君らの家族で行きな。同じ300mの標高差だったら日本で一番高い峠から横移動で頂上にいける金峰山の方が絶対にオススメ。俺は幼い頃に仁藤さんに富士山とか色んな山に連れて行ってもらったのは感謝してる。ああいう登山体験こそ子供に与えるべきなんじゃないか」「君の持論はとてもよく分ります。仁藤さんに富士山へ連れて行って貰ったことは、僕も財産だと思っています。 ただ、うちの子は保育園児(年中)で、まだ昼寝も必要な年頃のため、往復5時間のハイキングは、残念ながら、現時点では現実的な選択肢ではなさそうです。《略》 小学校に入った後なら、なんとかなるでしょう。またその頃に、ぜひご相談させてください。 」

会社の新人達は合計4人だったけど、元から縦走予定だったので、連れてくことにした。11/3に行ったけど、その前日に雪が降ったため、木々に薄っすらと雪が積もっている状態。「お兄ちゃんたち、今日は本当に良い登山日和だよ。一年間でも一番良い日じゃないか」と登山バスの運転手さんに言われるぐらい。当然、富士山も見える。4人とも2000m級の山は初めてだったけど、(1人は高尾山すら登った事なかったけど)、それでも特に問題もなく頂上まで往復しました。

大弛峠に夕方戻って彼ら4人は下山。途中で「花かげの湯」で温泉に入って、東京に着いたのは21時前。僕はそのままテント泊で奥秩父縦走してきたけど、次の日はもう雪が全部解けてた。そんな意味でも粉雪をさっと振りかけたような淡い雪景色の登山。登山道は普通にスニーカーでも歩けるのに、この風景。奇跡のような一日だった。




思い出は山に還る


ストレスフルな時の気分転換の方法は色々あると思うけど、個人的には屋上に行ってポケーと景色を見るタイプ。半年ぐらい前に行ったスカイツリーは非常に良かった。東京近辺の人ほどスカイツリーに行かないと思うけど、都心の高層ビル群を見下ろす形で眺めていると、「この一つ一つの明かりに人生のドラマと四苦八苦があるんだろうなぁ」と思える。自己の悩みがこれら沢山の悩みの中で一番重いワケもないし、まずは相対化できるかどうかだから。


登山が趣味の人って、自分が住んでる場所から見える一番高い山には登るのが基本中の基本。高校時代までは名古屋だったから御岳。社会人になってからは富士山。大学時代の仙台は蔵王:スキーで行く&頂上まで車でいけるし、3000mの山もないし、登山のモチベーションが零だった。逆に街の中心部に近い小山にキャンパスがあって、建物の屋上からの眺めが良かった。何度も行ったけど、どちらかというと街を見ることよりも、逆側の山を見る事の方が多かった。やっぱり雪山の厳粛さが好きなんだよね。住んだまちの中では、手に取るように雪山が見えたのは仙台だけ。

 

卒業後も出張があるたびに学生時代に行けなかった観光名所に寄っていたけど、今回、やっと仙台で登山をしてきました。あれだけ色々あった大学時代なのに留年もせずにちゃんと卒業できたのは、屋上から眺めていた山のおかげだと痛感しているから。
 

―保の奥の二口渓谷から登り始めて大東岳〜面白山を縦走し、仙山線の面白山高原駅に降りる日帰り縦走コース

∪凜岳〜船形山〜定義観音の一泊二日のコース

 

登山地図を眺めながら二回に分けて計画し、昨日は,帽圓辰討ました。マイナーな山&紅葉の季節でもないから殆ど登山者がいない。コースタイムで9時間だけど、バスの関係で登山口には10:30到着。だから日が長いこの時期じゃないと日帰り縦走は難しい。特に大東岳から権現様峠に下る道は地図でも点線扱い。マイナーな山のマイナーな登山道はこのレベルなのね。。年間で歩く人が数名程度なのだろう。ある意味、登山スキルは向上したと思うけど・・・。一応、18:45に面白山高原駅についたし、ヘッドライトも使わずに済んだけど、かなり疲れました。。

 

もともとは雨の予報だったけど、前日の夜から当日の朝にかけて降ったのでセーフ。最初の大東岳の頂上はガスでまったく景色が見えなかったけど、そのうち光も差すようになり、爽やかな風も吹き始めて、初夏の気持ちの良い登山。夕方についた面白山の頂上からは仙台も山形も両方とも見えた。こういう時は本当に山の神様に感謝する。

 

デキる人ならば部屋で座禅していても心を整流できるけど、僕みたいな凡人にはそれは無理。ある程度、肉体的にもハードなことをしないと雑念は消えない。なぜマラソンでなく登山なのかというと、都会の空気が嫌いで、山の方が癒されるから。別に山でなく海のアウトドアでも良いと思うけど、単純に山派なんだと思う。その選択に深い意味があるのでなく、血液型みたいなもので生まれた時には決まっている事柄なんだと。

 

学生時代にずっと眺めていた山を、当時聴いてた音楽を聴きながら登ること。色んなことが思い出されて、その全てを山で解放してくるような登山。古い日本では、人の魂は近隣の山に還っていくというけど、ある種の思い出もそうなのかも。

 

これだけ不動明王にはまったのも秋保不動明王がきっかけだけど、その奥宮が大東岳の頂上なんだね。頂上の祠で護符を見たときは凄く感慨深かった。最後の最後まで残っていたある種の思い出は今回でやっとあるべき場所に落ち着いたと思える。

 

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先日、仕事で落ち込んでる会社の後輩を見かねてラーメン屋に誘い、「昨日も新橋で人が立ち入って朝のダイヤが大幅に乱れたけど、ああいう事はやめてね。「気づいたら青森のホームに立ってました」ぐらいがいいと思う。なんか、西に行くよりも北に行ったほうがストレスの深刻さが伝わる気がするんだよね」と言ったら笑って同意された。自分なりのストレスの対処法は25までに確立しておく方がいい。30過ぎても持ってないと、その後の人生が大変だろうね。

 

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大学時代の指導教官はソフトウエア理論の分野で日本一を豪語していて、確かに外国人も含めた300名規模の国際会議を主催してた。事務局として会議の受付をしていたら、他の大学の先生達が「○○研の学生?頑張ってねー」と同情された。一番驚いたのは就職活動時のOBによる説明で、日立で課長してる40過ぎの先輩が「今までで一番大変だったのはこの研究室にいたとき」 あの時はマジかよ、と思ったけど、今になったら良く分かる。ストレスから肌が荒れて、夏でも長袖着ている人もいるような場所。そんな中でも、先輩達がヒヤヒヤするぐらいに僕は教授とぶつかってた。卒業して8年ぐらいたって教授を囲む会があった時に、「自己写の定義が単純すぎるからトポスはAIで使えない」と言っておいたけど、どれだけその意味が伝わったかな。当時は理論系は苦手だったけど、今はそのポイントは大体分かる。全ては素数の奥深さと美しさなのだと。その深遠まで繋がって無い理論なんて、クソぐらいの価値しかない。チャーチの定理はどこまで繋がっているのだろうね。

 

 




そして雲となって、雨が降り、川は海に往(ゆ)く

 

前回の続きとして、 泉ヶ岳〜船形山〜定義観音の一泊二日コースに行ってきました。

 

そもそも泉ヶ岳は仙台の小学生が行事として登るぐらいの山。昔、家庭教師時代に富士山の話をしたら「僕が登ったのは泉ヶ岳」と言っていた。山麓にあるスキー場に6年間一度も行かなかったのは後悔してる。当時はスキー場のサイズばかり気にしていたけど、仙台の夜景にダイブするようなナイターは行くべきだった。今回、スキー場の中にある登山道を歩きながら、「どれだけ登山から遠ざかっていても、さすがに泉ヶ岳ぐらい学生時代に来るべきだった」と痛感してた。

 

学生時代にやるべきことを全部やったか

入学した当時は南米〜中米放浪を志して第二外国語もスペイン語を選択したのに、二度の入院等があって出来ず仕舞。未だにコンプレックスがある。特にインド放浪をした人。会社の元先輩はインド放浪ベジタリアンだけでなく、会社入寮時の持ち物がボストンバック一つというミニマリスト。インドに行く勇気もなければ、未だに肉ラマダンの状態、紅茶の缶自体が山ほどあって同期がびっくりするほど荷物が多かった僕にとっては本当に憧れの人。今年の新人にも興味深い娘が。前日までの会社行事に50Lのザックで来てたから「学生時代に登山してたの?」と聞いたら「ヒッチハイクしてました」 確か90年代後半には同乗中の事故における賠償問題から長距離トラックは軒並みヒッチハイクを断るようになって文化も廃れたと思ったのに、そういう学生時代を過ごした人がいるとはね。久々にいい意味でショック。ずっと「思考」「運動」「感性」の三つを突き詰めれば良いと思っていたし、そこは悔いなくやったと思っていたけど、やっぱり泉ヶ岳ぐらいは学生時代に登るべきだった。

 

夏特有の空気のために途中晴れていても仙台の中心部は見えない。頂上では隣の山も見えないくらい曇っていたけど、一時的に雨が降った後は見晴らしが良くなった。特にスキー場の上に浮かぶ夏の雲を眺めていると前回から気づきが増えた。

 

山に還った思い出は雲となる。

泉ヶ岳も船形山も著名な山だけど、日帰りするコースを選ぶ人が多く、この二つの山を結ぶ登山道はかなり道が不明瞭。17時過ぎにやっと船形山の頂上避難小屋についた。ガス(霧の中)でまるっきり何も見えなかったけど、次の日の朝は小雨が降った後に仙台の中心部のみならず太平洋まで見えた。後白髪山から見ると仙台観音と中心部が一直線になるんだね。 夏の登山としては想像を超える風景を眺めながら、「何も無くて全てがあった大学時代」全体を感謝すべきなんだと、やっと分かった。

 

 

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宮城の山としては蔵王と栗駒山が有名だけど、それぞれが地元で、かつ当時に一緒に行けなかったから、今でも行く気になれない。山友達に誘われたら断るほどじゃないけど、1人で行くのはこの先も無い。改めてそう思った。

 




真の出羽三山と越三山

 

今年は宮城出張が計3回あった。過去2回は仙台周辺の山に行ったが、3回目は色々と考えて月山(がっさん)に行くことにした。やっぱり霊山だしね。祭られている月読命(ツクヨミ)自体がアマテラス、スサノオと兄弟ながらも不明点が多い。朝日岳や大日岳といった太陽の名前を持つ山は多くても、月に焦点を当てた山は月山だけでは。そんな意味で昔から気になってた。

 

月山を初めて知ったのは大学時代にスキー部の友達から。冬にオープンしてなく、春と初夏だけ営業しているスキー場と聞いた。そんな意味ではパワースポットよりもレジャーの第一印象だったけど、家庭教師先の家では出羽三山の掛け軸が居間にあった。月山が信仰の山として東北地方で一番有名なのも、暮らしていれば自然と知るから。

 

 

 

 

 

せっかくなので湯殿山口から登ろうと思ったが、朝5時前についたら自動車道が閉まってる。。しょうがなく志津口に移動してリフトが動く前に上り始めた。道の整備状況が半端無い。全て木か石でしっかり作ってある。さすが信仰の山。早朝の人がいない牛首下を歩いていると、その澄み切った空気と湿原の眺めに感動。こういうときほど答えは降りてくる。

 

月山の正しい登り方は、満月の夜にヘッドライト無しで登る

これだけ道がしっかりしていたら不可能じゃない。さすがに一度も行ったこと無い山ではこんな登り方できないけど、次回に月山に行く機会があれば、かならずこの方法で登る、と決心。問題は誰を誘うかだけど、ある程度センスがあれば伝わるんじゃないかな。


登山自体はハイキングレベル。頂上についたら神主さんが常駐していた。三霊山は、富士山、立山、白山、御岳から3つが選ばれるけど、これらと遜色ない。4つの山から3つを選ぶ曖昧さよりも素直に月山も入れて五霊山でいいと思う。それぐらいのレベル。頂上から鳥海山が見えた。あの眺めは不思議と誘われる。そりゃ北岳とか穂高・槍とかに登れば周囲の山から「こっちにもおいで」と呼ばれる感覚を受けるけど、今回の鳥海山はかなり訴えてくる。確かに登ってみたくなる山容。何よりも日本海から立ち上がる姿が美しい。「鳥海山もいつか行くか」と思って下山してたら、リフト稼動後は沢山の人が登ってくる。百名山なら当然だね。その人たちとすれ違いながら帰りはリフトを使用。

 

そして残りの出羽三山に行こうと思って運転していたらネイチャーセンターの看板が。ついつい寄って説明を聞いてたら、もともと出羽三山は月山、羽黒山、鳥海山の三つだったが、鳥海山の登山は大変なので、葉山が選ばれていた時期もあった。そもそも湯殿山は月山と一体として認識されており、奥の院の扱いだったと。(こちらにも記載されてるね)

 

それを聞いて、「まじかよ・・・さすがにここまで聞いたらすんなり帰れないか。レンタカー屋に電話して延長できたら、しょうがない登るか」と決めたら、三連休なのに見事に延長可能。天気も台風が近づいているけど明日(9/17)の午前までなら雨も無い。じゃあ朝の4時から登れば12時過ぎには下山可能。

 

結構、乱暴なんだよね。逃げれない時って。

 

そして湯殿山に行く。ご神体は「語らずべからず」だから言わないけど、靴を脱ぐ場所でちゃんと泉質はチェック。あれだけマグネシウムが入っている温泉は初めて見た。湯殿山の裸足歩き後、駐車場まで行くと仏像の御開帳。そこでなんと温泉に入れるじゃん。レストハウスの上にある建物。基本、出羽三山の信者のための宿泊所なんだろう。浴室に神棚がある珍しい形。丹生鉱泉からお湯を引いてて、確かに成分は湯殿山のご神体に似てる。いま、ネットで調べてもほとんど情報がないけど、あれは絶対に行くべき。こういう采配があるから、素直に流れに身を任せる面はある。

 

で、羽黒山に行き、有名な五重の塔も見て、どうしようもなくオーブも写り、ある意味で凹む。鳥海山の登山口まで運転中にたまたま寄った余目駅では駅前に庄内町新産業創造館クラッセがあって、米粉のピザが食べれた。美味しかったです。温泉といい食事といい、都会では味わえない素晴らしい体験!! もう一度行きたくなるほど。

 

 

ところが次の日の鳥海山はハードだった。最初のうちは秋田の日本海沿岸を眺めながらの登山で順調だったけど、山形側から雲が押し寄せていて御浜から先はまったく何も見えない。雲の中は霧雨状で濡れることこの上なし。行者岳から新山は見えなく、頂上まで行ったけど視界3m。下山中は暴風になって散々な登山。今までも色々な登山状況があったけど、今回ほど風が強いのは初めて。片足あげた瞬間に横に持ってかれるから、斜めに歩いてやっと真っ直ぐ。重心を風上にもっていくので、常に体が傾いている。だから一瞬、風が止まると倒れる。。せっかく鳥海山の頂上から月山を眺めたかったのにね。世の中、山あり谷ありというべきか。

 

それでも、真の出羽三山である月山、羽黒山、鳥海山に登って分かった。

 

石動山と立山と白山が越三山。間違いない。

2つは泰澄が開山しているしね。石動山は羽黒山並みの修験道の本拠地だったのだと。行けば分かる。その佇まいは今でもあるから。羽黒山と違って、石動山の忘れ去られたような趣は俗界から離れた雰囲気が残っていて、観光バスががんがん来る羽黒山とは違う。真に霊山を極めたかったら越三山に行くべき。泰澄の想いが垣間見れる。それにしても蜂子皇子が女性ってほんとかな。そこまで断言できるほど僕は分かっていないけど、羽黒山の蜂子皇子の墓には確かに感じるものがあった。




初冬の嵐の中、白い雷鳥に出会う

第一の使徒鳳凰、第二の使徒雷鳥



静岡在住の頃、毎年富士山に登ろうとして9年間で7回。行けなかった年はシーズン最後の予定に台風がきて断念。他の時は一緒に行く友達が仕事でドタキャンで単独する気になれず。北岳は今年で7回目。異常気象で10月末に台風が来る中、単独で行ってきました。

 

思った以上に普通の雨天。流石に慣れてるからハイペースで肩の小屋に行く。その手前で「雪が動いている」と思ったら、冬毛に生え変わった雷鳥だった。天気が荒れている時ほど雷鳥に出会って癒される。それだけが夏の暴風雨の救い。けと、まさか白い雷鳥に会うとは・・・神の使いと言われる鳥だけど、やっぱり白の方が神々しいね。

 

北岳山荘でテントを建てたら暴風雨になってテントが横に1mずれる。慌てて素泊まりに。再接近の時は山小屋だから、タイミングはドンピシャ。ゆっくり寝れた。台風一過の天気の良さに賭けて行ったのに、次の日(10/30)の朝はイマイチ。一瞬、日の出で富士山が見えたので最悪ではなかったけど。稜線はマイナス5℃の強風で、ニット帽を被っていても口の周りが寒すぎる。だから断念して下山し始めたら、最後の方では天気が凄く良くなっていた。。もうちょっと粘るべきだったかも。

 

 

登山バスと列車を乗り継いで、16時には神奈川の自宅に着いた。夕方の天気も良く富士山も綺麗に見える。それだけでなく日本2位4位の北岳・間ノ岳、その横の農鳥岳までの白峰三山が見える。片付けしているうちに陽が沈んだ直後の深い藍の時間帯に。

 

これだけ空のグラデーションが綺麗なのも年に数度しかないけど、この日は本当に特別。拡大したのがこちら。これこそが台風一過の良さ。

元の予定では会社の2年目新人達を北岳に連れて行くつもりが台風21号で断念。次の週も22号が来る中、本当に行くのか自問自答していたけど、「この場でルールを変えるのは単なる怠惰。もし状況が変わって10回行く必要が無いと決めるとしても、それは頂上で決めよう」と結論を出したら不思議とそれ以上悩まなくなった。ルールを決めることも大事だけど、ルールを変更するルールを決める方が大事だと痛感。

 

そして、北岳頂上で、やっぱり10回連続にトライすることを決定(笑)。今の生活では千日回峰行大峯奥駈道も出来ないけど、せめて北岳には10回連続で行く。改めてそう決心した登山だった。

 

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これまでホームグラウンドは愛鷹山だったけど、七回登ったからそろそろ北岳をホームと言えるようになったと思う。何度も登ってる&家から見える が登山におけるホームグラウンドの定義だから(笑) 「一度決めたことは変えない」というのが一番美しいルールを変更するルールだけど、有効期間が10年ならばやっぱり見直すタイミングはあっていいと思う。今後も心が弱っているときに見直さないようにしなくちゃね。




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