誰も「井筒を読め」と言ってくれなかった


大学図書館の哲学コーナーと仏教コーナーを全部読破しようとしてた18の頃。
同時に古武術の稽古をして、家で座禅の真似事して。
殆どの本はさっぱり分からなかったけど、ベルクソンと華厳経だけは、そのコアの部分にものすごく共感できた。
己の学問における背骨を何にするのか、それは二十歳までに突き詰めておくのが正しいと、この歳になっても思う。

ソシュールやデリダやニーチェ、ウィトゲンシュタインは当然だし、中村元も基本。
けど、井筒俊彦の事はずっと知らなかった。初めて本を読んだのは去年、35の時。
それが悔しくて、このエントリーを書いてます。

「インド・中国はもとよりイスラムまで含んだ、東洋哲学を整理し、新しい哲学を打ちたてようとしている」唯一の人ということは、あの本「意識と本質」からも十分に伝わった。そして、昨日「イスラーム哲学の現像」「意味の深みへ」「意識の形而上学」の3冊を借りてきた(文庫本は買うが、千円以上の本はまず図書館なので)。そして薄い「イスラーム哲学の現像」から読み始めてます。

「意識と本質」は難しすぎて分からなかったけど、こちらの本は公開講座を元にしているので分かりやすい。で、やっと自分でも凄さを真に体感できた。この本は二十歳までに読まなくちゃダメじゃんか。

結局さ、世の中はそういうものなのかもね。「立花隆が井筒俊彦の本を読んで、哲学で身を立てることを諦めた」とか「司馬遼太郎も尊敬していた」とか、こういう一般的に有名な人を挟まないと、凄さが伝えれない人こそが本物なのかもね。というよりも、思想を真に理解するためには、原著を読む必要がある。これはどの学問分野でも共通。そして、中国語もヒンディー語もアラビア語を駆使してオリエントを含む中東思想の全ての原著を読んだ。この時点でまさしく天才。幼少の頃から座禅を鍛えられたというのも素晴らしい。

「ロシア的人間」とか興味がある本はまだまだあるけど、とりあえずこの3冊を読めば、何かが見えてくるかもね。
それにしても、「意味の深みへ」ってカッコいいタイトルだね、ほんと。

 



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