同級生の女の子が可愛くて、誕生日も同じだったら

「異性の幼馴染との恋愛」を題材にした作品はゴマンとあるのに、「同じ生年月日の異性」を題材とした作品ってあるっけ?

そんな作品を映画だろうと漫画だろうと歌だろうと探していたのに、結局、見つけれなかった。いつか、そういう作品を書いてくれる作家の卵はいないかな、と思いつつ、なんとなく36年目にして書く気になった(笑

普通に考えれば同じクラスの女子は15名ほど。それが小中高校で12年。単純計算180名。365日だから、50%の確率で「誕生日が同じ」人がいてもいいと思うのに、あまり周囲でも聞かない。僕もあの娘しか知らない。性格も似てなかったし、クラスでのノリも違ってた。あの娘と誕生日が同じと知ってから殆どの占いを信じなくなった。基本、占いって生年月日じゃん。同じ生年月日なのに全く違うんだから。

けど、30近くなってからかな。「実は似ていたのかもしれない」と思うようになった。生まれた境遇とかは正反対に近かったと思うけど、根本的には似ていたのかもしれない、と。同じクラスだった友達は「えーお前と○○さん、似てるわけねーだろ」と言うに決まっているけど、歳を重ねるごとに「似てたかもしれない」という気持ちが強くなる。

同じ誕生日で、異性で、可愛かったら、誕生日になるたびにちょっと思い出す部分はある。昔の彼女の誕生日とかは人並みに忘れるのだが、自分自身の誕生日は忘れないし、誕生日が同じ、という情報も忘れない部類なる。1977年に生まれた女性をネットで調べると851720人。365で割ると12/12に生まれた女性は単純計算2341人。なんで、あの娘以外に会ったことないのだろう。

「幼馴染がいつの間にか美人になってた」で始まる作品も多いけど、安直感はぬぐえない。
「同じクラスのカワイイ娘と、誕生日が同じだった」から始まる作品はもっと安直な気もする。

けど、妙に名前も似てたんだよね。母音だけ抜き出すと苗字も名前も同じ。だから音の響きが似てる。実際の文字も苗字は3文字中2文字同じ。名前も3文字中1文字。「それがどうした」と突っ込み入りそうなんだけど、そんなことも社会人になってから気づいた。なんかこういう事を考えると、自分の誕生日が自分の日じゃない気もしてくる。まあ、向こうの日でもあるワケだけど。36歳となった今日は、流石に向こうも結婚しているだろうし、子供も3人ぐらいいるかもね。同窓会にはいつもタイミングが合わなくて。どうやら2000年の時の同窓会には向こうは来てたみたいだけど、こちらは院で忙しかった。そのためだけに同窓会を企画するつもりもないし、他に企画しそうな人もいない。

じゃあ何で、誕生日がくるたびに考えちゃうかって・・・
・あの時、唯一ラブレターを書いたこと
・誕生日が一緒じゃなかったら、告白するまでの気持ちにはならなかったこと
・振られたのに、義理チョコはもらったこと
・その後、同じクラスの女性/男性とお互い付き合ったこと
・大学になって最初の同窓会で会ったこと
・そのあと手紙をもらったこと
・その手紙に文通が続くような返事を書けなかったこと

だからなんだよね。ネットを調べたら同じような問題意識を持っている人は多いのだね。「イヤな奴と誕生日が同じだった」は確かにうーん。そいえば、友達のおばあちゃんと誕生日同じだったんだ。それを聞いても「そうなんだ」ぐらいだったけど(笑 だからあの娘のことも「そうなんだ」ぐらいで済ませるべきなのにね。

おっと。次の日になってしまった。続きは来年で


 



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