2013 仙台旅行計画中(若冲、作並、宮城峡、太白山?)

仙台に伊藤若冲の作品が来てると知って(プライスコレクション)、GW前に行こうと思ってたら、なんと今週末までは象と鯨図屏風がきてるじゃん。この絵、若冲ファンには鑑賞必須なのに、普段からMIHO美術館で公開されてるの?? ネットで見れるリストには入ってないからやきもちしてたので、プライスコレクションと象と鯨が見れるいい機会。急遽、今週末に前倒しすることにした。

大学時代は仙台だったので、大体のところは観光してるから何を観光しようか迷ったけど、ずっと外来入浴だけだった作並温泉の一の坊に宿泊予定。学生の頃から「いつかここに宿泊に来よう」と思ってたから。あの頃、友達の肌が弱くて、向こうの希望で色々と温泉に日帰りで行ってたけど、一番気に入ったのがここだから。あと、仙台メディアテークも。フランスのル・モンド紙において「伊東豊雄のsmtで有名な仙台」と記述された例もあり、海外ではsmtが仙台の顔の1つともなっているってホントかよ。出来た当初はちょっと変わった図書館ぐらいだったのにね。ここまで絶賛されると、写真一つぐらいは撮ってくるか(笑


そして学生時代は全く興味がなかったウイスキー。2002年に白州蒸留所で開眼して、山崎蒸留所にもいってきた。 せっかく作並に行くなら宮城蒸留所にも寄れば、これで残るは余市だけ。余市にいくのはいつになるやら?ですが。

これで行ってない仙台の有名な観光地は大崎八幡宮ぐらいになるので、そこもいけば個人的に蔵王エコーライン以外はコンプリート。といたいところだけど、太白山が残ってるんだよなぁ。大学時代と違って、ある程度登山をしている今ならば、やっぱり家からも大学からも病室からも眺めてた太白山は行きたい気持ちはある。あの山、仙台に住んでた頃は勝手に「三角山」と別名をつけてたけど、黒又山と同じく太古ピラミッド?に入れていいんじゃないかと思うほど。

太白山に行くならもう一泊する必要が歩けど、仙台駅付近ならいつもホテルイーストワンだったんだよね。ちょうど95年の大学受験の時に泊まったから。もちろん自分が仙台に住んでいる時には関係ないので社会人になってから再び泊まるようになったのだけど。95年の頃は新品ピカピカのホテルだったけど、2007年ごろはもうそれなりに年季が感じられる状態になっていた。同様の値段でもっと新しいホテルでもいいのだけど、いるかホテルみたいなもので、なんかずっと選んでた。

ところが今調べたらなくなってるじゃん。。専門学校の寮になってる。ちょっと一瞬固まってしまった。よくよく調べると、2011/05に閉館だからやっぱり3.11の影響もあったのかな。大学の電子系の建物の方は気にしてたけど、こちらの方は全くのノーマークだった。素直に言えば現役で受かった事自体が運が良かったから。あの年は英語がびっくりするほど楽で、理科は得意な分野だけが出た。結局、そういう諸々とイーストワンが繋がっている気がしてて。こういう淡い期待って、気分なのか縁なのか分からないくらいの微妙な話しだけど、ホテル比較サイトでの比較項目にならない部分だから。

郊外の温泉という情景を一の坊が体現してて、地元の名物料理を太助が体現してる。「私が若い頃なんて牛タンは塩だけだった。味噌なんてありえない」というカテキョ先のお母様の意見が凄く好きで。ラーメンが仙台っ子で。じゃあ、やっぱりホテルはイーストワンなんだよ。


そっか、イーストワンはなくなったんだ。。

ショックを受けることがショックってことってあるんだね。「運の良さから始まった流れは終わったんだなぁ」と痛感したのが一つ。もう一つは「自分の勝手な割り振りが続くと思うな」なんだろうけど、やっぱりある種の物事は正しい置き場所があると信じたかった。それは、もちろん勝手に決めたことなんだけど。歳を取るってこういう事実を痛感する事なんだなぁ、と。

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[4/19]

この角を曲がったら、いつもの光景が、え、あれ?
道間違えたっけ?いや、 アパートの前にあった駐車場が住宅になったみたいだ。
じゃあ奥のアパートは? え、心なしか小さくなってないか? 色も変わったような。
おいおい建て直してるじゃん。それも1Kの学生用から家族用に。。なんてこったい。


まさか6年間住んでたアパートがなくなってるとは。。建物はそのままで使用方法が変わったイーストワンのレベルじゃない。震災後は2回ほどストリートビューで存在を確認していたのに・・・。

色々と心の整理に時間がかかってしまった。日曜日は丸一日気分が重かった。これだけ時間がかかるのは珍しいかも。月曜日の会社帰りにやっと方向性が見えた。家に帰って古武術の稽古をして心は決まった。

仙台時代の良かったこと、悪かったこと全て書き出す。
   悪かった事の中で、どれだけが治った?
   良かった事の中で、どれだけを継続してる?

そんだけなんだよね。このワークを真面目にやって分かった。
直すべき所で手をつけてないところもあるし、残すべき所でやって無い事もある。結局、人並みにビジネスマンとして社会人生活を送り、人並みに結婚するのに必要な事以外は、手をつけてなかったのかもね。だからこそ、住んでたアパートはそのままであって欲しかったんだと。

なんかこれだけちゃんとやると、「うん、ここまでやれば今後仙台で何が無くなっても見失わない」とも思えてきた。大事なのは後ろ向きに拘る事でなく、残すべき事を残し、治すべきことを治すこと。今まで友達の結婚式or仕事以外で絶対に行かなかったのは、ここら辺を曖昧にしたままだったから。そういう態度で接しているからアパートが無くなるのだ。って、もちろんアパートが無くなったのはアパート固有の理由はあるけど、それにショックをうける限り、その事実が生じた意味が自分側に存在するから。



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