好きな事を仕事にする

「 好きなことでお金を稼ぐ」と「趣味を仕事にするな」の二つの考え方があって、10代の頃からどちらが正しいか分からなかった。誰だって好きな事をしてお金を稼げればハッピーだけど、大半の人が「世の中そんなに甘くない」と25歳前後で痛感するんじゃないかな。「仕事にすると色々と泥臭い事も必須になるので、純粋に楽しみたいなら趣味のレベルにしておいた方が良い」というのは一つの考え方として納得できるのも確か。

最近、本話題について非常に参考になるNET上の評論と、文庫本を読んだので、それを紹介しつつ考えてみたいと思います。

■How To Do What You Love:好きなことをするには
 (日本語訳はこちら
ポール・グレアムの文章の中でも非常に好きな文章の一つです。まずは本文か訳文を読んでください。

9歳か10歳の頃だったか、父が私にこう言ったことがある。
大きくなったら何でもなりたいものになれるんだよ、それを楽しめるなら、と。
あまりにも変わった話だったから、私はそれを正確に覚えている。乾いた水を使え、とでも言われたようなものだった。父の言葉の意味について私もいろいろ考えたが、まさか父が、働くことが文字通り、遊んでいるときに楽しいのと同じ意味で、楽しいことであり得る、と言おうとしていたのだとは思いもしなかった。そのことを理解するには年月を要した。
いい父親だねぇ。こういう物事(ギャンブル、お酒等)に対する態度をどれだけ受け継げるかが、家庭の真の意義なんだろう。

しかし実際はほとんど誰もが、いつ何時であれ、難問に取り組むぐらいならカリブ海を漂流していたり、セックスをしたり、美味しいものを食べたりしていた方がいいと思うことだろう。「自分が好きなことをする」ということに関する法則は、ある程度の長さの時間を前提としている。それは「今この瞬間に一番幸せになれることをする」という意味ではなく、たとえば1週間とか1ヶ月といったような、すこし長めの期間で見て一番幸せになれるようなことをする、という意味だ。
「好きなこと」を考える上で一番大事なのは、ポール・グレアムが言うとおり、期間なんだよね。一ヶ月間ずっとセックスだけしろと言われたら、99%の男は発狂するんじゃないかな。レジャーもそう。世界中を観光したいとは思うけど、一生遊ぶだけのお金が手に入ったとしても、多分、観光だけで終わる人生はなんかイヤだと思う。

人々が自分のしていることが本当に好きかどうかは、彼らがたとえお金を貰わなかったとしてもそれをやっただろうか、と訊いてみればわかる顧問弁護士たちの中に、今やっている仕事を余暇にタダでやれと言われて、しかも生計を立てるために昼間はウェイターの仕事までしながらやる奴がどれだけいるだろうか。
この部分こそが最高です。アメリカにおける弁護士の位置づけ(いわゆるハイエナ扱い)が出てるので日本の文脈で解釈すると意味が分からなくなる部分もあるが、彼のいいたいことは良く分かる。他のl部分でも
・最初から好きな仕事につけることは稀でピンポン玉のような変遷をすることが多い
・今の目の前の仕事にまずはベストをつくすこと 怠惰の癖をつけるな
・常に何かを生み出すように心がけること
凄く大切なことが凄くたくさん書いてあると思う。こういう文章を中・高校生で読ませなくちゃいけないんだよね。単なる偉人の伝記よりも伝わると思う。

その上で、才能があり、若い頃から結果をたたき出してきて、けれど最終的にプロになれなかった男の軌跡が書いてある「将棋の子」をオススメしたい。この本はこのポール・グレアムの文章と合わせて読むとより感慨深い。

奨励会という言葉を知っている人ならば今すぐにでも買って読む価値があるのは間違いない。奨励会という言葉を知らなくて、将棋のルールも知らない人であれば、この本の中で親しみがあるのは羽生名人ぐらいかもしれない。私自身は昔から将棋をしてて今でもNHKの将棋番組を見てるから、この本は非常に感慨深く読むことができた。

この本に登場する人物達の根本的な立ち場所を作っているのが年齢制限。
満21歳(2002年度以前の奨励会試験合格者においては満23歳)の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を迎える三段リーグ終了までに四段に昇段できなかった者は退会となる。Wikipediaから引用
どんな世界であってもプロになるには若い頃から結果を出し続ける必要がある。その上で、本当にそれで生活していけるだけのお金を稼げるようになる手前に一つの大きな壁があるのはどの分野も共通かもしれない。誰だって30歳過ぎてからプロスポーツ選手になれないように、年齢の壁というのも暗黙の前提としてどの分野にも存在している。けれど、ここまで明確な線引きがあるのは珍しいんじゃないかな。


年齢制限の厳しさは一言で言ってしまえば「体中が総毛立つような焦燥感」ということになる。21歳の誕生日までに初段。それをクリアできなければ、もの心ついたときから目指し、信じてきたただひとつの道を閉ざされてしまうことになる。17〜18歳の育ち盛りの青年が自分の誕生日を恐れるようになる。ひとつ歳をとることは、すなわち与えられたわずかな寿命を確実に食いつぶすことを意味する。17〜18歳といえば加速度的に世界が広がり、自分の中にさまざまな可能性を見出していく年頃だ。学校という閉ざされた環境の中にしかなかったはずの自分の場所や存在理由が、もっと広い社会の中にもあることを知り、胸をときめかす年齢のはずである。
しかし、奨励会会員たちは違う。
歳とともに確実に自分達の可能性はしぼんでいく。可能性という風船を膨らまし続けるには、徹底的に自分を追い込み、その結果身近になりつつある社会からどんどん遠ざかっていかなくてはならないのだ。
ある意味では人間の生理に反した環境といえるかもしれない。それが、奨励会の厳しさであり悲劇性でもある。
非常にヘビーな状況だけど、だからこそ真のプロを養成する機関なのかもね。

27
,28歳と誕生日が経過するにつれ、関口はいいようのない焦りを感じ始めた。自分は本当に棋士になれるのだろうか?その疑問が体のどこかに宿った瞬間から、それは癌細胞のように関口の精神を蝕んでいった。29歳を過ぎたころ、苦しみは飽和点に達しようとしていた。自分が夢を捨てさせられる日は刻一刻と迫っていた。
奨励会をやめたその先には、どす黒いコールタールの海が広がっている。そこに一人放り出された俺は、もがき苦しみながらその海を泳ぎ始めなくてはならないのではないか。恐怖と焦りばかりがつのり、三段リーグの成績は一向に上がらない。もうすぐ30歳になる自分がもし、この世界から放り出されたら、いったいどんなことをして生活すればいいのだろうか。10代後半か30歳に至るまで、将棋しかしてこなかった自分に、何か他にできることはあるのだろうか?
そんな強迫観念に胃はきりきりと締めつけられ、髪の毛はどんどん白くなっていく。将棋に勝つことしか解決法はないのだが、その肝心の将棋に手が伸びない。
やがて精神は限界点を超えた。誰にも会いたくない、将棋連盟には行きたくない、将棋に関わる話は一切聞きたくない。関口はアパートに引きこもり、朝から晩まで、何もせずに一人っきりで過ごした。
<中略>
これ以上、出口があるのかどうかもわからない井戸だけを見つめていたら、やがて自分は完全に壊れて取り返しがつかなくなってしまう。将棋どころか、自分という人間が終了してしまう。
関口はアパートの畳の上で膝を丸めて考えた。暗闇の中をさまよい歩いているような精神状態で考えた。「南にいこう」
思いついたのはかろうじてそれだけだった。旅をしろと兄貴はいった。それならば、南へ、どこか暖かい場所へ行こう。そうすれば、今自分が抱えている、この巨大な氷の塊は溶けていくかもしれない。
この文章を読んだ時点で、この本を読むべき人は買うと思う。

奨励会を退会して半年以上がたっていたが、成田はそのことをサダ子に告げることができないでいた。幾ばくもない余生を送る母が、それだけを夢見てそれだけを生きがいに生き抜いているというのに、どうして自分がそれを断ちきることができるというのだろう。「今日は?」と聞くサダ子に成田はいつも「一勝一敗」と嘘をついていた。二勝と言って喜ばすことも、二敗といって落胆させることも成田にはできないことだった。
<中略>
「お母さん」という成田の目にみるみる涙が溢れていった。
「どうした、英二」
「お母さん、ごめんなさい」
成田は泣きじゃくり、もう言葉にならないような声でこう言った。
「ごめんなさい。僕、僕・・・・」
「どうしたの?」
「僕、奨励会」
「うん?」
「奨励会、退会したんです」
青白い月の光が母と子に降り注いでいた。
その光の中で成田は号泣した。断たれた自分の夢、それを最愛の母に言えなかった苦しみ、故郷を捨て自分のために馴れない土地に出て支えてくれた母、癌の苦しみに耐えながらぐちもこぼさずに自分を励まし続けてくれた母、手を引いていつも小学生の自分を北海道将棋会館へと連れていってくれた母、雨の日も雪の日も一言も文句も言わずに。
サダ子に申し訳ない、そう思って成田は必死に嗚咽をこらえた。しかしこらえようとすればするほど、それは心の奥底からこみあげてきてどうすることもできなかった。
<中略>
「そう」と静かにサダ子は言った。
「そうだったの。お母さんはいいのよ、そんなこと全然平気。それで英二が英二でなくなるわけじゃないんだから」

中学生か高校生の頃、まだ自分自身に色々な可能性があると思えた時期にこの本を読みたかった。偉人の人生も大事だけれどプロになれなかった人生も同じかそれ以上に大事だと思える。
幼少期から周囲に天才扱いされ、高校選手権優勝という実力があっても、プロになれないことがある。そして、この本の終盤に書いてあるように、非常に困難な生活状態になってしまうこともある。けれど、誰一人として奨励会で頑張った事を後悔してない。後悔しないように生きようとして、どんな状況になっても後悔してない。もがきながらも。

あの頃、そういう事実こそが一番必要だったと、やっと30歳を過ぎて気づく。ポイントポイントで全力でぶつかれず、力を全て出し切らないのがCoolな態度だと勘違いして、限界を見る勇気が無い事を可能性だと思い込んでいた。後悔できるうちはまだ本気の勝負じゃない。後悔できないぐらいにやりこんで、失敗しても後悔しないように生きる。確かにそれこそが正しい生き方だと思う。そういう、ドン底での強さを味わいたいのなら、この本が一番じゃないかな。

第23回講談社ノンフィクション賞受賞作だけど、それ以上の価値があるのは間違いないと思います。




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