なんちゃってアーリー二世

二世論の続きです。

あそこでは色々と客観的に書いたけど、その分、本当の二世には伝わらないだろうから。もちろん個人的なことがあって、最終的にあの結論になった。ここでは自分自身のことも書きます。(そのうち消すかも知れないが(笑)

分類でいえばなんちゃってアーリー二世かな。小学生の頃には両親が旧帝大教授だったけどTVに出るような職業でもないから。

父親は灘→東大→研究者のコース。灘の頃から西日本でTOP10ぐらい?で東大の院試はTOP1?で公務員試験もTOP10?だったけど、官僚になる気はなかったから研究者になったらしい。研究者になったあとも某研究所で最年少主管になって、結局、副所長まで勤めたかな。親の自慢は聞かされすぎてマヒしてるので、数字部分はうろ覚えですが、こんな感じ。世に似たような境遇の二世は一万人はいると思う(笑 ただ、一世としては普通より酷かったよ。「東大に入れなければ高卒で働け」が口癖で(これは東大卒の30%ぐらいの気もするが)、小3の頃に中学の数学の問題をやらされて、解けなければビンタはおろかご飯食べれなかった事もあったから。灘高入試の問題は流石に解けなくてもご飯は食べれたけど。ただ、うちら兄弟が中学になった頃に「お前たちは俺のようになれない」って、一切の全てから手を引いたから。その判断時期がぎりぎりセーフだったと思ってます。兄貴はグランジでニルヴァーナを良く聴いてて、自分がBlackオンリーになったのも当然かもね。けど、今は別に普通よ。父親本人が反省しているのは知ってるし、あの人がプロだったのは認めてるから。目の前で頭下げなくても、背中が謝っていればそれでいいです。父と子ってそんなもんだよ。

母親は大学時代に司法試験合格して新聞に載ったらしいから、まあ今の流行の勝間女史みたいなもんかな。大学は東大じゃないけど、それは父(祖父ね)が一人暮らしや下宿を認めなかったからで、地元の旧帝大をTOPで合格。それも高校時代に一年アメリカ留学して、日本で学年が一年遅れなるのがイヤで、大学に掛け合って無理やり受験させてもらって?TOPだから、まあバケモンです。母親入れて3姉妹とも旧帝大だから、あの時代にしては珍しかったみたいだが。最近のことを書くとネットで検索できるから、パスですが。

両親が両方できると、逃げ道ないね。。

今までで一番痛感したのは、高校受験で名古屋の東海高校に受かったのだけど、「あそこは親がアレだから」って言ってる中学の先生の言葉を聞いた時かな。「あ、そういう結論になるんだ」と思った。最低でも旧帝大ってのが周囲の想定ラインだったから、流石に高3で血尿見たときは落ち込んだけど。

素直に言うと、勉強イヤだったんだよね。幼年時に無茶苦茶だったからそりゃ成績はある程度は出たけど、それで越せるのは高校受験まで。秋葉原事件みてもそうじゃん。親が無理やりやらせて結果が出るのは高校受験までで、大学受験は本人の意識の差が最終的に響いてくるから。そんな意味では、その意識が足りなかった。今でも覚えているのは高校3年の1月。勉強に疲れて何気なく、居間のコタツに入ったとき。母親を前にして、ポロっと「受験勉強に疑問があるんだよね・・・」と言った。言った瞬間にしまったって思ってた。相手は受験勉強の鬼なんだし、そこで結果を叩き出して来たのだから、この台詞は相手の存在自体というよりも地面自体を否定してるから。(マジ怒られるなぁ、これ)と思ってたら、親が「そうねぇ」って言ったんだよね。あの時はびっくりを通り越して、自分の器の小ささを痛感した。この言葉を聞いて、真面目に受験と向き合う気になった。現役で合格したのは、この言葉のおかげだと思ってるのは事実。そんな意味では、あの頃付き合ってた彼女に対する態度以外では、今になっても思うことは何もないけど。

ただ、大学時代に本格的に研究者を目指したときに、見事に二世病になってた。自分の態度のオカシサは奥底では痛感してたから、「あんたが行きたいならお金は出すから別の大学院に行ったら?」と聞いた瞬間に素直に諦める気になった。そこら辺はHPに書いたので、これぐらいでいいでしょう(笑





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