赤富士 ルビー富士? サファイヤ富士?

ダイヤモンド富士の写真コンテストってある。けど、個人的には夕焼けに染まる富士山の方が空き。静岡東部に住んでた身としては、地域の活性化のためにも夕日が重なる瞬間をルビー富士と名づけて、写真コンテストやビューポイントを整備すべきだと思う。赤富士という言葉だけではちょっと現代的には弱いような・・・ ただちょうど頂上に重なる瞬間は赤色の手前なんだよね。オレンジに近いと思う。だから名前はサファイヤ富士の方がいいかもね。ここら辺の微調整は裾野や御殿場の方が判断してくれればいいいと思うのだけど。

 以前にBlog1で「富士山の絵の中で一番好きなのは林武の"赤富士"だ」と書いた。数年前に富士急ハイランドのフジヤマミュージアムに行って、画集も買って、そして部屋に飾る事にしたのがこの林武の赤富士だった。もちろん赤富士といえば葛飾北斎だし、その良さは分かっているつもり。けど、部屋に飾りたかったのはこちらの絵。その良さを今まで考えすらしらなかったけど、たまたま他の本で林武と統合失調症の事を呼んで、ある種腑に落ちる面があった。葛飾北斎の絵にはスマートさを感じる。けど、林武の絵には危うい躍動感を感じる。
改めて見て、一目瞭然

富士山を題材にした芸術において、宝永火口の取り扱いが一番のキモ
この言葉を見た事は今まで無いけれど、静岡東部に8年住んで、富士山に通算9回登山した立場として、これは声を大にして言いたい。富士山検定は受けた事無いが、富士山の写真なり絵を見れば、どの方角から見た富士山なのかはすぐ分かる。その見分ける一番のポイントが宝永火口大沢崩れになる。

逆に富士山らしくない富士山として一番お薦めなのが、清水市と静岡市の間からの眺めです。ちょうど剣が峰を中心に見て、富士山がとんがった山に見えるから。山頂の平らの部分がゼロになってしまうビューポイントなんだよね。あの形はどんな日本人も富士山と気づかないと思う。あまりにびっくりして写真を撮る事さえ忘れてしまったのが、今になって残念です。

一般的に宝永火口が写る方向からの写真は少ない。まあねぇ、わき腹に凹っと穴が開いているワケだから。富士山は聖なる山とかパワースポットとかに選ばれるけど、宝永火口が出来た事によってパワーは下がらなかったの?と個人的には思う。「富士山のわき腹に穴が開いたから、外人が攻めてきて結局、神国日本が明治維新になった」という言動は今まで全く見たこと無いけど、こういう発想は右の人にはアリな気もするんだけどね。

真に芸術的センスがあれば、宝永火口を入れた上で富士山を撮る・描くと思うんだよね。誰が見ても綺麗な山梨県側からの眺めばっかりなのが静岡東部在住の身として個人的には納得いかなかった。その点で、この林武の赤富士だけは、



赤富士というかぎり、宝永火口からは逃げれない
という意気込みを感じる。絵のど真ん中に宝永火口を持ってくるんだからね。この絵を見詰めていると、この真ん中の穴から新しい生命が生まれてくる気さえしてしまう。普通の人が避ける宝永火口を正面から描ききった林武の赤富士には、たしかに本人の精神にも大穴が開いていると言われても妙に納得してしまう雰囲気があって、そこに惹かれたのかもしれない。

手元にあるのはフジヤマミュージアムで買った1000円程度のポスターだけど、本物の絵は盛り上がった絵の具の勢いが心地いいよ。富士山が地元だった立場から言えば、手元のこげ緑は愛鷹山で、富士山がこのように見えるポイントは、裾野市と御殿場市の間ぐらいじゃないかな。他県の人に説明するなら、箱根の北西と言えばいいかな。そこら辺からの眺めだと思う。

ということで、ちょっと林武の精神状態について調べてみようと思った今日この頃。早速、興味深いサイトを見つけたので、まずはこちらから。林武の自伝も読もうかな。けど、あんまり自伝自体が好きじゃないのだが。。





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