一番遠い「やれたかも」に捧ぐ

二人の間に何かはあったと思いたい。それが百歩手前でも。

 

「やれたかも委員会」にこだわりが続いてる。それは4巻目のせい。4巻目で作者の男気をみたからこそ、そこに「僕としては3巻のラストを超えられたのではないかと思うくらい結構気に入ってるのですが」と書いてあって、改めて3巻のラストを読んだ。このcase023は初見だとケーキにうずもれた顔がトラウマレベル。こんなvideoもらった女性は即効で削除するだろう。だから最初は全く良さは伝わらない。けど、ここまでしてしまう何か。この顔はトラウマなのに、それ以外の主人公(相談者)は普通にさわやかというか淡々としていて。まちがってもこんなことを仕出かさないタイプ。

 

 

改めて整理すると「やれたかも」にもレベル感は明確にある。

 

‘鷽佑能个けた・デートした

⊆蠅鬚弔覆い

キスした

ぅ戰奪箸貌った

 

たしかにい泙任い辰堂燭睫気い髪む。男にとってはトラウマレベル。4巻目の主人公がそう。後輩やツテを辿って引っ越した後の家を突き止め、夜な夜な見に行ってしまう。そのストーカーまがいのアホさ加減のページを見たときに固まった。。

 

,肪してない案件は問題外。1巻目の最後に『特別編 まるでクジラの胃袋のような長い廊下で』にある。有り得ないからこそ「やれた」の判定すらなく、「次の方どうぞ」になる。これが普通。ところがこのcase023も,微妙。パラディソ氏も「やれたとは言えない」で一票だし、満子女子も「若干迷惑」まで言い切ってる。なのに塾長は相談者の気持ちに寄り添う。

 

移りゆく季節の中で 変えれない気持ちがある

やれたものが やれたことで人生を形作るように

やれなかった者は やれたかもによって変えれない気持ちとの距離をはかる

もし少しでも やれたかもしれないなら

広大な宇宙で 一人じゃない

やれたかもの軌道上で、 大きく手を振り合えたらいい

 

これはメロディーをつけて百年歌い継がれる曲にすべき。

もちろん「やれたかも」で言葉をつむいでいるけど、やれた=花が咲いた 、やれなかった=種のまま という書き換えの方が女性にも伝わる。それであっても、男は「花が咲いた」でなく「やれたかも」として魂から言葉が出てくる。ここは女性陣が全く理解できない部分だと思うけど、『東京タワー』の「消しゴム貸して」レベルの女性ならば分かるかもね。男も女もこのcase023を読み込む価値は絶対にある。

 

これが極北。とくに下線の部分。「やれたことで人生を形作る」という思想はまちがっている。最後はこの相談者のようなさわやかな笑顔に辿りつくかどうか。それだけだよね。大学時代に経験人数三桁の友達がいたこと。社会人になったあとはお約束のように美人社長秘書と結婚しながら、今は普通に過ごしてること。やれたなんて目標でなく途中結果の一つにすぎないから。

 

 

 




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