自由と成長

これまでも断片的には色々と書いてきたけど、やっと整理&統合できてきた。

 

この世の一番の価値は成長への支援

この世の一番の悪は 成長への強制

 

そして支援と強制は紙一重。提供側の都合と論理ですぐに支援→強制になる。悪いことの強制は本人も気づきやすい。けど、良いことの強制はなかなか気づかない。支援か強制なのかを決めるのは受け手側。これが大原則なのに、提供側が勝手に決め付けて思い込む。そんなエゴの落とし穴。

 

どんな家であっても、どんな親であっても、幼い子供にはゲームやテレビの時間を制限する。ほっておいたら学校や塾の宿題を横に置いてゲームやテレビしかしない。スマホが広まり昔よりもゲームにハマる人が増えている。これはやっぱりインタラクティブ性や自由度の多さ。なぜ子供はゲームで遊び、親は規制するのか。当たり前のようで、、突き詰めると難しい。

 

この答えこそが、この世が存在する理由。

もちろん「成長」の大前提として「生きている」がある。だから生命を奪うのは論外。相手の成長のために殺すというめちゃくちゃな理由づけしてサリン撒いたオウム真理教は論外二乗。

 

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人類の発展の歴史は、自由に価値をおく。

いま話題のパワハラ、セクハラも立場を利用した強制。けど、親は子供に強制する。大人になったら他人に害を与えない限り自由を認める。けど、売春などはお互いの合意であってもほとんどの国が禁止する。結婚は推奨し売春は制限する。当たり前のようで、その理由はちゃんと説明できない。援助交際とか昔から色々と議論になった。「魂が傷つく/それで伝わるなら誰も苦労しない」と。

 

けど、これって子供がゲームにはまるのを親が規制するのと同じ。

シンプルに捉えたら同じなのだと、やっと気づいた。

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もったいつけて書くのは嫌いなので、これまでの議論は適宜リンクするので、結論から書く。

 

この世は一つのゲームであり、ステージ1。死んだらステージ2にいく。

せっかくこの世というゲームが用意されているのに、ゲームにはまるのは、まるでドラクエのなかのミニゲームを延々とクリアしてるようなもの。もちろんゲームのなかのミニゲームにも価値はある。けど、悪を倒してお姫様を救う本編のストーリーをガン無視でミニゲームはアカンでしょう。

 

この世にも悪や不条理はあるし、お姫様や王子様のような異性もいる。だから、これがこの世というゲームの目標だと思っている人も多い。僕自身もずっと思っていた。けど、違ってた。一番のクリア条件は成長の支援。

 

一般的なゲームはリセットボタン押せば最初からやり直せる。電源切れば全部なくなる。どれだけ戦いに負けても物理的には損傷しない。これをゲームという単語の定義とみなすと、意味不明だけど。

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この世において死とはリセットでも電源オフでもない。あの世とはステージ2のこと。ステージ2がステージ1より楽ならば、とっとと行く方が勝ち組。けど、それってステージ1作る意味あるんだっけ?

 

ステージ2の方が当然ヘビー。そう考えるのが自然。

自殺する人は死がリセットボタンか、電源オフだと思ってる。

この点はこの世の範囲外だからこの世の中では証明できない。もし証明できたら、ステージ1とステージ2が繋がったステージということ。

 

こういう大前提って、ちゃんと親から子供につたえてる?

 

もちろん親のその考えが正しい証明なんてできない。子供が成長すれば、親の言うことなんてきかない。幼い頃に好き勝手やったら、老後に返ってくる。これが一番シンプルな自業自得であり因果

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ステージ1の次に判定場面があり、ステージ1に戻るか、もっとヘビーなステージ2にいくか、もっと楽なステージ2に行くか、判定される。これが閻魔様やアヌビスの天秤。そして自殺は問答無用で地獄。なぜか?

 

この仕組みを作った存在を愚弄してるから。

ゲームであそんでる時、いきなり「めんどー、こんなんいや」って自分からリセット押すキャラがいたら、ゲームで遊んでいる人は怒るよね。テレビゲームでなくてもいい。将棋やトランプで、いきなり特定の駒やカードがちゃぶ台かえしたりシャッフルしたりしたら、ゲームがゲームじゃなくなる。そんなことする駒があったら、二度と盤に戻してもらえなくてゴミ箱行き。

 

だから、もしかしたら自殺はもっとヘビーなステージ2にいくのかも。

そう認識した方が良いのだと思う。

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ステージが変わる時に持っていけるのは何か?

 

ゲームだったら鎧や兜などの装備、移動速度や呪文などのスキル。

けど、この世とあの世というゲームでは経験値というレベルだけ。装備はむり。あの世の存在を認める人も誰だって服装はあの世に持っていけないのは分かってる。けど、お金はもっていけるとおもっている人も多い。日本文化だって三途の川の渡し賃金とかある。お金もっていけなかったら、渡し賃金払えない(笑)

 

けど、やっぱりお金も無理でしょう。

なぜかって、この世のお金は物理的な存在だから。過去の人類は物理的な存在も持っていけると思ってた。だからちゃんと着飾って埋葬した。火葬なんてもってのほかで、なるべく生前の形のまま。現代では誰もここまで信じてない。

 

物理的なお金はもっていけないけど、精神的なお金ならもっていける。

精神的なお金とは周囲の感謝。周囲の非難は精神的なお金としての借金。

 

そう理解するのが一番なんだと思ってきた。

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成長を支援するには、支援する本人が成長していないと。

先日、新入社員研修の引率で女川で厨さんの講話を聞いてた。もう三年目なのに毎年感銘を受けてる。

 

「恩返しができないから恩送り」

凄く良い言葉、初めて聞いた。僕も恩返ししたい人は沢山いる。けど、そんなことはできない。だから恩送り。やっと言葉にしてもらえて、凄く嬉しかった。恩送りを心がけてる人に講話してもらえる幸せ。本当はそこまで新入社員に伝わってほしいけど、これは難しいかもね。

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この世とあの世まで含んだ話は哲学の範囲を超える。

単純な既存宗教ではないけど、宗教的な部分は含む。個人的には世界認識のつもり。誰でも暗黙的にもってる。普通は相手の痛みに共感する感情がセーブになる。この回路がしっかりしてる人は、わざわざここまで明確化しなくていい。素直に心にしたがって生きればいい。けど、一部の人は感情より思い込みの方が強く、相手のためと理由づけてその相手の感情を無視する。その一番の理由づけが成長なんだと、やっとやっと気づいた。

 

成長支援は親や人生の先輩からの恩送りの流れと、同じレベル同士の高め合いがある。友人と恋人。お互い助け合うのが友情・愛情だけど、それをメインにしたら何かがズレる。何がズレるのか、まだシンプルに言えない。

 

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■これまでの内容

自殺したら地獄に行くのか

生きるとは《苦》だから

人が変わらないワケ

恋愛における成長の強制

恩送り

 




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