凡人を掘り下げる

最近気になってた「天才・秀才・凡人」理論だけど、随分と先に進んでる。特にこの「共感の神」という用語は感動もの。「凡人」はキャッチーだけど正確性は足らない。凡人の本質は共感でなく付和雷同

 

天才に共感する時点で変人になれる。本当の凡人は共感してない。付和雷同しているだけ。天才を凡人達に翻訳できれば、たしかに神レベル。

 創造⇔模倣

 再現⇔一回きり ≒思いつき

 共感⇔付和雷同 ≒真似

模倣と真似はほぼ一緒。再現も近いなぁ。そういう意味で、確かに天才と秀才は水と油かもね。

 

著者である北野氏はこれらが「1人の人間に全部備わっている」と言っているけど、どれも修練しないと無理。「創造性も経験で決まる」と書いているけど、経験の質こそが大切。

 

言葉で説明できない好き嫌いをどれだけ大切にできるか。

言葉で説明できる時点で創造性の世界にはいけない。

特に「好き」の方。「嫌い」なんて突き詰めても厭世にしかならない。

周囲にどれだけバカにされても「好き」と言えるか。

こんなこと書くと「ストーカー」まで対象になるからダメ。

恋愛以外の「好き」だね。それだけだよ。

 

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誰だよ、ゲイツを天才というアホは。天才の定義が創造性ならば彼は天才ではない。天才とは例えばエクセルに代表される表計算ソフトを最初に作った人。巷では全然有名じゃないけど、IT業界にいればビジカルクの名前ぐらいは聞いたことあるでしょう。ゲイツがプログラミングでプロというのに異論はない。戦略家でもある。けど、天才ではない。ジョブズについては散々書いたので。

 

 




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