甲斐/木曾 駒ヶ岳の名の由来

 

2017年12月に甲斐駒ヶ岳。2019年のGWに木曽駒ヶ岳に行って来ました。甲斐駒で不思議な写真が撮れて黒戸尾根の出発点の神社の由来を見て以来ずっと考えてきたけど、木曽駒に登ってやっと答えが分かった。そしたら見事に彩雲が出た。山岳パワースポットを追求している立場としては、非常に感慨深い登山でした。

 

 

日本の著名な山は神話時代からの伝説がある。ところが全ての山が該当するワケじゃない。たとえば恵那山

古くは胞山、胞衣山とも書かれ、また角度により船を伏せたように見える事から舟覆伏山 (ふなふせやま) などとも呼ばれた。吉蘇志略で「天照大神がここで降誕され、その胞衣(えな)がこの山に埋められた」と記載されており、これが山名の由来とされている 

かなり重要な位置づけ。本当ならば両駒ヶ岳もこのレベルであるべきだが、現在は「駒とはのこと。山体が馬の形をしている、雪形に馬の形が出るなどで名付けられている。」 だから駒ヶ岳最高峰の甲斐駒も、続く木曽駒も由来がイマイチ。甲斐駒には聖徳太子の黒駒伝説があるけどね。それでも恵那山に比べると見劣りする。神話に繋がる由来じゃないと山の格に合わない。

 

日本神話においてアマテラスが天の岩戸から出てくる場面は超有名だが、そもそもアマテラスが隠れてしまったのはスサノオが狼藉を働いたから。その狼藉の中に「馬の皮を剥いで姉のアマテラスがいる機織り小屋に投げ込んだ」があります。このスサノオが殺した馬の頭が埋まっているのが甲斐駒で、胴体が埋まっているのが木曽駒。そして頭と胴体を切り離した剣が宝剣岳になった。

 

甲斐駒の方が少し高く、兜のような甲斐駒と、なだらかな形の木曽駒。面白いのは甲斐駒の黒戸尾根に何個か剣が刺さっていること。これは木曽駒のように宝剣岳が無いから依代として刺したのだろうね。

 

次の疑問は空木岳の名前の由来ですが、木曽駒から縦走中に悪天候。稜線を諦めて檜尾岳から直接下山しようにも自分のレベルでは越せない場所が。結局、ヘリで救助されてしまった。。山に行かないと答えは降りてこないので、謎解きも当分先です。。

 

 




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