白峰三山の盟主は「間ノ岳」


今年も白峰三山に行った。2011年から毎年行って8回目。けど、天候やメンバーの兼ね合いで北岳だけのときも多い。間ノ岳・農鳥岳まで行ったのは4回目。今回の間ノ岳頂上で三角点の名前が「相ノ岳」になっていることに気づいた。百名山を選んだ深田久弥も著書で熱く語っている。「この名前はこの山に相応しくない。そもそも春の雪形が鳥に見えるのは農鳥岳だけでなく間ノ岳も一緒」だと。

 

4回目にして頂上で30分ぐらい過ごしながら夕日を眺める。

こういう時に答えは降りてくる。白峰三山を統括しているのは間ノ岳。

毎年登るべきだったのは北岳でなく間ノ岳なのだと。

 

確かに北岳は3193mで間ノ岳は3190m。けど、wikipediaにもあるように間ノ岳はもっと高い時期があった。富士山は山の中では新しい山なので、過去のある時点(最終氷河期)において日本の最高峰は間ノ岳。山体を見れば誰だって分かる。北岳と穂高は原理的にあれ以上高くならない。間ノ岳は頂上が「丘」というぐらい、どこでも山小屋つくれるぐらいにい広いから。なのにこんなテキトーな名前はオカシイ。それは以前からずっと思っていた。

 

白峰三山の次の週、木喰展に行く途中の道の駅「とよとみ」で地元の銘酒を見つけた。登山に行ったらそこの水で仕込んだ日本酒を買うのが楽しみだけど、白峰三山でやっとやっと見つけた。飲みながらよくよく見ると、このラベルは北岳じゃなくて間ノ岳じゃん。確かに小さい字で「北岳からみた間ノ岳」と書いてある。きたよ、当たり判定。

 

そういえばGoogleマップに載ったのも北岳は広河原農鳥岳は農鳥小屋の先、けど間ノ岳は頂上だった。あの時、気づくべきだったね。そしたら、ずっと間ノ岳メインで行っていたのに。。高さと名前に惑わされてた。去年だって台風後の氷点下の風が寒すぎて北岳のみの登山だったけど、知っていれば顔にフリース巻いてでも行ったぞ。

 

穂高・槍でなく白峰三山を選ぶ時点で変わってる。その上で、北岳でなく間ノ岳。変人二乗ぐらいになっているけど、己の中には道理がある。こうやってハマっていく。他人からはドツボに見える場所まで(笑 そんなの気にせず掘り下げる。間ノ岳という名前は仮。真の名前はちゃんと別にあるハズ。それを見つける事ができれば本当の山開き。ここまで書いてインスピレーション。このお酒の通りだよ。『大冠山』もしくは『白冠山』だね。冠という字は必須。あの3つの山は遠くからみれば冠に見えるから。両側が北岳と南岳なのだろう。他の山で冠という字を使ってないのも大事な点。お酒は「太」という字だが、「大」か「白」な気がする。ここら辺はまだ確信がもてない。冬季登山しないと判断できないかもね。結構ハードでびびってます。。この酒倉には何か言い伝えが残っているのかもね。

 

 

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木喰展で身延まで行けば、当然足を伸ばして奈良田に行く。2013年に縦走したときの終着点だけど、あの時は温泉の凄さも孝謙天皇の伝説も知らなかった。奈良田のすぐ手前に世界最古の温泉旅館として有名な西川温泉の慶雲館があるんだね。車で前を走りながらびびった。あのサイズの旅館で部屋数が35室ってありえない。そして藤原鎌足の息子が見つけたというならば、孝謙天皇の伝説は正しいよ。撮れた赤いオーブが答え。レンズが汚れているとか言う人もいるけど、ならば2枚連続で形が変わらない。。このレベルぐらいが間ノ岳の頂上で撮れるようにならないとね。そりゃもちろん今年も北岳山荘に行く途中で撮れたけど、何かが違うから。おっと、最後に大事な情報。奈良田温泉の秘密は尿素だね。肌クリームでは必須成分。あの温泉の良さは溶けてる尿素につきる。




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