山に登り、山で死ぬ。高さでなくルートで競う時代の危険さ

 

まさか会社でも聞かれるとは。それだけ栗城氏は有名だったのだろう。「死んじゃいましたよね」「え、ホント。あの栗城が?」とついつい仕事中の雑談時なのに、声のサイズが一回り大きくなってしまった。もしかして登山家としては一番有名なのかも。実績から野口氏や竹内氏の方がメジャーであって欲しいが。。。雑談している相手は感情理解力が高いから、「え、なんかありました?」と聞かれてしまった。

 

 

「栗城はねぇ、登山をガチでやってる人から見ると微妙な位置づけなんだよね」「え、そうんなんですか」

 なぜ微妙なのか説明するのは難しい。だから家に帰って探して、この記事を見つけたときは嬉しかった。

 

「登山をショービジネス化した」

といのは本当に素晴らしい一言要約。もちろんイモトもそうだけど、誰もイモトを登山家とは思わない。けど、栗城氏は登山家だから。無酸素登頂の意味をちゃんと調べれは、すぐに彼の謳い文句に「?」がつくことは分かるけど、登山に興味が無い人は調べないよね。もちろん00年代からの急激なICT機器の発展に合わせて、登山をダイレクトに届けたのは凄く価値がある。上の世代はこういうことに生理的拒否反応をする人も多いから。

 

別にショービジネス化が悪いことじゃないし、(山でゴミ捨てしないとかのルールさえ守れば)どんな人だって山に登っていいんだし、外野がとやかくいう話じゃない。それを分かっているからこそ登山界は基本的にスルーしてきた。その中で、あえて批判覚悟で踏み込んだ森山さんは素晴らしい。

 

やっと残雪期に富士山に登ったレベルの私ですが、ここからもう一歩考えたい。

 

 

「なぜ山に登るか? そこに山があるからだ

と言ったのは私も調べないと分からないけど、この台詞は凄く有名。けど、山に登ればそれだけで前人未到のチャレンジになった時代じゃない。だからこそ、時期とルートを選ぶ事で前人未到になる。けど、それ自体がかなりヤバイよね。わざわざ危険な道を選ぶのだから。歩道があるのにわざわざ車道の真ん中あるくようなもの。まだ速度で競う方が危険度は少ない。それはすなわち山岳レースになるけど。

 

 

「エベレストなんてイモトもなすびも登ったのに」と別の人から言われた。そりゃルート毎の難易度の違いなんて普通はわかんないよね。僕だってエレベストのルートの難易度の違いなんて調べないと分からない。けど、行けば体感で分かる。富士山だって西側は結構ハード(登山道無いレベル)。日本2位の北岳もバットレスはやばい。そのバットレスを横目に登る 大樺沢 →八本歯のコースは好きだけど。

 

 

人工の厳しさと、自然が作った厳しさは違う。

車道の真ん中を歩く事に意味はないけど、自然が作った岩壁を攻略するのには意味があると思う。けど、僕はその気持ちまでは無い。

 

酸素濃度

富士山ですら10人連れて行ったら3,4人は高山病になる。8合目から登れなくなる人も1,2名は出る。何度か後輩を連れて行って、ポイントが5,6合名の休憩タイミングだと分かった。けど、8000m級はこんなもんじゃない。そこを酸素ボンベ無しで行くのはありえない。ある意味、素もぐりに近い。

 

時期は違う。とことん拘る。


時期の難易度には興味零だけど、冬の晴天は別物。澄み切った空気感と突き抜ける見晴らしの良さ。自己の内面まで同じ透明感で満たされる感覚は何ものにも代え難いから。

 

 

 

本当の山の高さって何?

今は海面から測る。けど、地球の中心部から測る場合もある。その時、最高峰はエベレストでなくチンボラソ。そして、これまでの登山経験からも、麓からの高さが一番相応しい基準。そしたら問答無用でデナリ。日本なら駿河湾からの高さになる富士山。麓の定義も実は難しいけど、頂上から裸眼で見える範囲で一番低い場所かな、一応。

 

「周りに高い山がひとつもない」というのも結構大事。西日本には2000mを超す山はないけど、だからといって日本アルプスの2500mぐらいの山よりは四国最高峰の石鎚山とかの方が格が上だと思う。

 

登山が趣味の人の中でも、途中まで車で行く人もいれば、麓から登ろうとする人もいる。

個人的には「使える道具は使えばいいじゃん。いけるとこまで車やロープーウェイで行けばいい」という気分。もちろん歴史がある登山道は別。富士山の1合目の馬返しから3合目まで登って、その価値がよく分かったよ。

 

 

高い所からの見晴らしならば、登る必要ないじゃん

という意見もある。飛行機の窓からの眺め。確かに良い。けど、あれは窓が小さすぎる。TVを見るのと大して変わらん。そしてあくまで別空間だから、頂上の空気じゃない。じゃあヘリコプターで頂上に下ろしてもらったら?

 

ここら辺まで来ると結構迷う。値段が高いなら金額的に無理だけど、「1万円で頂上までひとっとび」とか言われたら??

 

結局、「何かに向かって困難を乗り越える経験」だけなんだろうね。それが上に向かって歩く登山になっているだけ。そういうシンプルな部分から、随分と遠くに来てしまった人の存在。

 

10年以上前かな、栗城氏がデナリに登るために色々と苦労重ねて、、、という文章を読んだ記憶がある。あの頃が一番、彼にとって充実していたのかも。スポンサーがついても、分かりやすい基準を求めるし、分かりやすい基準が減っている登山だからこそ、デナリの先で道が分かれるような気がしてる。

 

僕はなんといっても山野井さんを尊敬してます。生き方を含めて。あの人には今からでもいいから8000m峰制覇をして欲しい。けど山野井さんには簡単すぎるんだろうね。セブンサミット(7大陸最高峰)の価値が減っている今、山岳グランドスラムまで言われても何かが飽和状態になっている気もするから。

 




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