シンギュラリティ? そろそろ足元見つめようよ

 

2030年展望と改革タスクフォースの委員を務める新井紀子(国立情報学研究所社会共有知研究センター長で、受験ロボット「東ロボくん」の開発者)は、非現実的な展望だとして「シンギュラリティが来るかもしれない、というのは、現状では『土星に生命がいるかもしれない』とあまり変わらない」「土星に土星人がいるかもしれない、ということを前提に国家の政策について検討するのはいかがなものか」などと批判している。

 

こちらに載っていたけど(ついでに画像も借りたけど)、ほんとこの通り。

 

 

というよりも、新井先生もこういう発言をメディアでもちゃんとしてよ、、と痛感。せっかく科研費の追い風が来ているのだから、自ら逆風をおこしたくないのもわかるけど、、、人工知能はいつだって波が激しくて、社会から大きすぎる期待&批判を交互にうけてきたわけじゃん。そろそろ過去に学ぼうよ。

 

巷では未だにシンギュラリティの熱が冷めてないけど、そろそろ振り返って内省したほうがいいのでは。シンギュラリティ説の誇大妄想さについては脳科学の専門家の本を読んでいるときも書いてあった。どの本か正確には覚えてないから引用がアヤフヤだけど、いくら計算速度が指数関数的に伸びても、専門分野がブレイクスルーする(論文数が指数関数的に伸びる)のは新しい理論が呼び水になってから。今、そんな理論が出来たわけじゃない。計算機の速度向上によって解析スピードがあがって想定外の関連性が見つかる可能性はゼロではないけど、その可能性を最初から組み込んでおくのは夢物語と変わらない みたいな解説で当時(2年前かな)、すんなり腹落ちした。

 

 

結局、画像処理以外には本質的に何も進んでいないのは以前に書いた東大ロボットの断念の時点で明白じゃん。何度も言うように、Deep Learningといってもニューロコンピューティングの一種であり、70年代からどうやってニューロレイヤー上にロジカル層を創発させるかが問題だったじゃん。それが解決したならば、俺もシンギュラリティーを50%信じる。いまは冷静に見て10%。土星の生命と言い切った新井先生と同じスタンス。ちなみにこの宇宙に人類以外の知的生命体の可能性は90%信じるし、この地球は宇宙の端の銀河系の端だから人類よりも知的な生命体はいて、太陽系はインドネシアのオラウータン保護区のような扱いだと思っているけど、ここら辺は70%ぐらい。

 

今、大学で人工知能を学んでいる若者は、何を感じているのだろうね。

AI暗黒の90年代に過ごした僕よりも、もしかして不幸なのかも。

 

ムーアの法則は、根本的に計算方法が分かっているときに意味があるのであり、そもそもDeep Learningはニューロンのトレーニング方法であり、どんな対象をトレーニングさせるかの方が大切。もっと簡単に言えば、高性能な金槌やドリルみたいなもので、幾らそれが手に入ったからといって、住みやすい家が達成できるわけでもない。200階建てのマンションが作れるようになるわけでもない。

 

その上で、このPezyコンピューティングはポストムーア時代の興味深いハードだと思っていたけど、ここまで中身が無いならば、また一段とシンギュラリティーの確度は下がったね。まあ、そういうもんだよ。僕らはこの文章をかみ締めてから再出発なのだと。

 

ホピ語では、「いなずま、波、焔、流星、煙を出す事、鼓動」は動詞である。常に短い期間しか継続しないできごとは動詞としか扱われないのである。「雲」や「嵐」は名詞として必要な継続のもっとも短い限界である。

《略》

バンクーバー島のヌートカ族の言語では、すべての語が動詞のように思える。《略》家というできごとをあらわす語は語尾によって、長らく存在する家、一時的な家、未来の家、かつて家であったもの、家になりそうだったものなどのことを表すのである。(P.159)

 

これがAIの再出発点なんだよ。ここを無視したから思考言語・中間言語が失敗したのだと。高校3年の頃、京都に行って霊長類研究するか、仙台に行って工学部でAIをテーマにするか悩んだけど、もし同じ課題意識から霊長類研究に取り組んでいる人がいるならば、ぜひ「サルは自殺するか」を突き詰めてほしいと思ってる。

 




コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

categories

links

recent comment

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

みんなのブログポータル JUGEM