神武東征の謎と吉野←吉野ヶ里のすり替え

 

GWは蔵王堂御開帳にあわせて熊野三山と吉野に行ってきた。ついでに大峰山にも登ってきた。熊野三山は真の元宮である神倉神社から始まり、熊野本宮では当然大斎原にも行く。奥吉野では天河大弁財天だし、吉野では吉野水分神社も必須。ここら辺は詳しい人なら立ち寄る場所でしょう。

 

今回の旅行で収穫だったのは、宿の近く&時間が余ってたまたま寄った尾鷲神社。wikipediaに情報が無いくらいマイナーなのにこの大楠は凄い。紀伊半島の反対側の藤白神社の大楠と対になっていると感じる。藤白神社の大楠は明治の偉人:南方熊楠の産木だし、父方の故郷なので何度も行っているが、尾鷲神社の大楠の方が凄いと思う。今回、これだけ色々と行って、一番オーブが撮れたのが此処とはね。

 

 

帰ってきて、散々調べました。個人的にはサッカーファンではないので、そこまで八咫烏(ヤタガラス)に興味は無い。逆に和歌山市から海南市に向う途中に「神武天皇の兄の陵」があるのがずっと謎だったけど、見つけました。

◆神武が来た道

これを読めば一目瞭然じゃん。古代の大阪がほとんど湖だったのは以前から知っていたし、唐の歴史書には倭と日本が別の国だと書いてあるのも知っていたけど、ここまで九州王朝説が完成していたとは・・・。欠史八代も「奈良盆地を段々制圧していた」と言われるとすんなり納得。

 

◆持統天皇が何度も行った吉野は吉野ヶ里のこと

これが一番の衝撃。百人一首漫画「ちはやぶる」を映画化する前に、この事実をちゃんと国民全体に伝えろよ・・・。今回、奥吉野には桜が残ってた。「これが有名な吉野の桜か」と思っていたので、「持統天皇が吉野に行ったのはほとんど桜の季節じゃない」と言われると、妙にこの説も納得してしまう。こちらでは吉野について古田史観の点からまとめていて非常に分かりやすい。阿部仲麻呂の有名な和歌天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かもについてもかなり衝撃だけどね。。日本の国家「君が代」の故郷が九州の博多湾というのも衝撃。

 

色々と衝撃でネットで読める文章を散々読んでいたら、ほとんど2日経過した。。

天智天皇と天武天皇が兄弟じゃないとか、天智天皇が殺されたとか、井沢元彦の「逆説の日本史シリーズ」の読者として以前から知っていたけど・・・。ミステリー小説を読むくらいなら、歴史ミステリーを追いかける派だけど、たまに大当たりがある。今回の古田史観は本当に凄いファンサイトができるのも当然だね。

 

 

ここまでストイックに極めた学説を読むと、通説(=教科書記載)よりも信じるし、歴史の奥が見えてくるとパワースポット=伊勢神宮に行く人に、その程度の歴史認識で行くなら伊勢神宮もディズニーランドも変わらんよ、と思ってしまう。そんな意味では世界遺産になってブームになっている熊野古道だけど、たまたま神武が東侵する時に手伝ったから歴代の天皇が崇拝して大きな社をもらっただけで、それがなかったらそこら辺の田舎の山奥の独自の神のままだったのだろうね。熊野三山の神様も。

 

パワースポットがブームといっても、大事なことは世のブームに惑わされる事なく、自らに縁のある土地とそこに祭られている神を探すことなんだね。これを痛感したのが今回の一番の収穫なのだろう。神社の格は有名度や社のサイズでなく、どれだけ周囲の人が継続的に清め、盛り立てているか。あまりに商売に走ると堕落するのは全ての宗教の共通。明治神宮をみても一目瞭然のように、今の神社の格は天皇家にご利益があるかどうかが一番の軸。そんなのウチに関係ない(笑 

 

僕の故郷の神社は「恋の三社参り」で盛り上がっているから、これは素直にプロデュース力として賞賛したい。確かにあの連理木は見る価値ある。日本に5つしかないとは・・・。人は生まれる場所は選べないけど、住む場所は選べる。自ら選び取る縁もあるのだから、その点から言うと、登山に良く行く身として穂高に降りた穂高見のことが気になっている。古田氏のサイトに「乗鞍から穂高を遥拝していた」と書いてあって、山岳信仰に関する理解が深まった。日本1位の富士山と3位の穂高には独自の神がいるのに、なぜ2位の北岳にはいないのか、それはずっと謎なんだけどね。今のご時世で山岳に引きこもる生活は選べないけど、窓から富士山と北岳が両方見える場所に住んでいる。それが今できる最大限の選択。

 




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