人工知能における美意識と恐怖


昨年(2016)5月に放送されたNHKスペシャル「天使か悪魔か 羽生義治 人工知能を探る」は確かに見ごたえのある番組だった。あの番組の取材を通じて思索を深めた羽生さんが本を書いたならば問答無用で買う。

 

羽生さんと取材にいくと、先々で驚くような出来事が起きた。《略》 その理由は、人工知能に携わる世界中の研究者が、羽生義治という現代最高の知性が人工知能をどう考えているのか、興味津々だったからだろう(P.62)

アルファ碁を作ったハサビス氏が羽生さんのファンだったからこそ単独取材が出来て、番組もあそこまでの完成度になったんだね。

 

 

第二章 人間にあって人工知能にないもの −美意識―

実のところ、私は、棋士が次に指す手を選ぶ行為はほとんど「美意識」を磨く行為とイコールであるとさえ考えています。筋の良い手に美しさを感じられるかどうかは、将棋の才能を見抜く重要なポイントです。(P.76)

 

直感をもうちょっとブレイクダウンしたのが美意識であり、将棋が碁盤の上で駒を移動させる作業であり、画像情報だから、美意識と結びつけやすい点もあるのだろう。

 

人工知能にはどうもこの「美意識」にあたるものが存在しないようです。それは一体、なぜでしょうか。私はその理由は、人工知能に「恐怖心がない」ことと関係していると考えています。《略》私は「人工知能が恐怖心を覚えるようになったときが、本当の恐怖かもしれません」と冗談めかして言うことがあるのですが、(P.83)


すべての恐怖のベースには「死」があって、生と死は両面であり、その真ん中に性がある。昨年末から色々と考えてきたけど、羽生さんも美意識から恐怖という道を辿っていて嬉しかった。羽生さんの良い意味で少年っぽい表情を見ていると、性の深みを突き詰めるタイプの真逆に見えるから、ここら辺はヨヨチューを暫定解としているんだけどね。

 

人工知能は「接待」できるのか

「接待する将棋ソフト」 それは人間を強い手で打ち負かす将棋ソフトとは、全く方向性を異にするものです。むしろ一生懸命人間の相手をし、気持ちを慮り、相手に気づかれないように棋力を調整し、接戦の末にちゃんと投了してくれる―そんな「接待ゴルフ」のような将棋をしてくれるソフトなのだそうです。飯田さんは、そんな研究を10年以上も続けているそうですが、その進捗状況を聞くと、なかなか難しそうでした。《略》「接待将棋」では、本当は勝てるのに、その力量差がばれないようにしつつ負けるという、人間にとっても大変な行為まで目指しています。《略》ただ負かすだけでなく、例えば攻める形の基本形など、何かしらその子が学べるように、局面を誘導していくのです。(P.112)

 

この本で一番面白かったのがこの記述。最近、森本学園問題で「忖度」が流行っているけど、忖度よりも接待の方がレベルが上だね。

 

ペッパーの感情地図についてはもうちょっと情報が欲しかったけど、いいや。ソフトバングもアルデバラン社のマネジメントに失敗しているみたいだし、感情分類については誰よりも考えてきた実感がある。6つでいいんだよ。30も40も持ってくるな。

 

それにしても人工知能の研究者以外が正面から「フレーム問題」を取り上げるとは。羽生さんもそこまで考えているんだね。本ではフレーム問題の紹介レベルであり、その解法の方向性は触れてない。そりゃ羽生さんは棋士であり人工知能の研究者ではないから。けど、この本は人工知能の研究者と見間違えるほどのレベルの文章。ついつい羽生さんが考える解決方法を聞きたいと思ってしまう。うちは逆知識階層で攻めようと思っているけど、羽生さんの直感は本当に知りたい。

 

本の最後の方は一般的な読者を安心させるために色々と書いているので、そんなに楽しめなかった。言語にディープラーニングが使えない理由を最先端の研究者はうすうすと気づき始めているけど、社会全体に対して分かりやすく説明できない。この本も「多言語翻訳と言語理解は全く違う。多言語翻訳だけでも十分に社会で有用」で記述が止まっている。もちろん言語にディープラーニングが使えないのを証明するのは不可能。そうであっても、「人工知能の核心」とまで題名をつけただけのことはある中身。非常に楽しめました。

 




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