「結果で判断したら他人」「他人に過程の考慮を求めるな」

『結果で判断したら他人』
『他人に過程の考慮を求めるな』

給料を年功序列とかでなく仕事の成果で決めるのが成果主義。
巷では富士通が率先して始めて他社にも広がり、最終的に日本に根付かない:「成果主義の崩壊」とも言われた。けど、個人的には成果主義の考え方は基本的には間違っていないと思う。野球だろうとサッカーだろうとプロ選手は基本的に成果で給料が決まるのだから。事務系の仕事は成果を計測しにくいのは分かるけど、根本的に問題なのは「種をまいた人」と「実を収穫した人」の区別が難しいのだと思ってます。

だから「成果で測れない仕事はプロでは無い」という言葉は50%ぐらい真実だと思ってて、残りの50%がこのタイムスパンに関する話だと思ってます。そもそもスポーツはルールが決まっているからこそ、その場で白黒の判断がつく。けど新しい事に取り組んだら、最終的な成果として計測できるまでに時間がかかる。すぐお金に変換できる仕事は、株のやり取りにせよ法律の解釈にせよ、根本的に新しいモノを生み出しているのだろうか?と物づくりが矜持の工学部卒としては、思ったりもする。

うちの会社でも一応、成果主義ということになっているけれど、実際は良い意味で柔軟・悪い意味で曖昧な運用がある。だからあまり気にしてないけど、やっぱり期末の成績評価面談においては「他人に過程の考慮を求めるな」と自分自身に言い聞かせてます。

根本的には他人 or NOTを分けるのは「結果で判断するかどうか?」だと思ってます。
血が繋がってるとか、一緒に共有した時間の長さとか、相手の事をどれだけ知ってるかとか、そんなことは全く関係ない。たとえ家族であろうとも結果で判断しているのならば、頭の中では「この人は他人だ」と思って割り切った方がいいと思う。

「なんなの!この成績は。勉強してたって言っても部屋でテレビでも見てたんじゃないの?」
って発言は、純粋に他人の発言です。どんな相手であっても必要に応じて距離感を調整する訓練を、幼い頃から行っている方が人生を強く生きれる。もちろんそんな能力は社会人になっても有効です。「聞く事」と「心に入れる事」を切り離し、相手の発言の中の感情部分を削ぎ落とし、必要な部分だけ心に入れる態度。部長に怒られて激凹んでる同僚とかを見るとそう思う。ただ、やりすぎると恋愛で失敗するから注意が必要です。無意識的に距離感を調整しちゃうレベルになっちゃうと、Soulを聴き込まないと治らないだろうね。

もちろん個人部屋で何やってるかは親は分からないし、チェックされるのも困りモノ。だから勉強に疲れて部屋から出てきた時の何気ない会話。そんな一言に対する感度が大事になる。最近は「子供の成績がよくなる家」みたいな方法もあるみたいだけど、あまり信用してません。そもそもこの「リビングで子供が勉強するように仕向ける間取り」は、仕事で疲れたお父さんにはきつい。子供は子供で学校で勉強して部活もしてるのに、子供だけ家に帰った後も勉強しなくちゃいけないって、なんかおかしいよ。子供にやらせるなら自分でもやれ=風呂&ビール&テレビでスポーツ観戦が出来ないって事だから(笑。リンク先にある「間取り自体が要因となって、家庭が悪くなることはあっても、良くなることはほとんどない」は名言だね。良くなるにはメンバー全員の心がけしかないでしょう。

本人が落ち込んでいる時に、過程における努力を認めてくれる人こそが、心を開いて相談すべき相手です。
けど、知らず知らずのうちに自己憐憫に陥ってる事もあるんだよね。どれだけ努力したにせよ、成果が出なかった事は受け入れるべき事実であって、そこから目をそむけても先は無い。周囲が「いや、お前もよく頑張ったよ」と言ってくれても、やりすぎたら甘やかしになる事もある。

基本は「過程の考慮」だけど、場合によっては他人視点で冷静に諭してくれる。

ここまでしてくれる人こそが、親友と言うべきです。

同じ釜の飯を食べたとか、そういう単純な話じゃない。本当の意味での相手の立場に立てば、やっぱりたまには「失敗をちゃんと受けとめようよ」という言葉が口から出るのだろう。振り返ってみても周囲からよく言われてきました。あの頃はちゃんと聞けなかったけど、今から見れば何が正しかったかは一目瞭然だから。

美しき日本の伝統においては?、とことん過程を考慮してくれる母親と、とことん他者視線の父親というシステムが機能していた。今の世の中じゃ流石に難しいだろうね。どちらを突き詰めるのも難しい。嫌われると分かっていても言うべき事が言える父親は、やはり尊敬に値するのだろう。


個人的なことを言えば、最近は「どうやって接しよう」とはあまり考えてない。「相手の現状を受けとめなくちゃ」とか、「必要なアドバイスをしなくちゃ」とか、なんか両方とも思わなくなってきた。昔はここら辺で凄く悩んでいたのにね。自分が出来ることと、出来ると思う愚かさと、相手への思い。そんな部分の結論が30歳を越して見えてきたからだと思う。

先日、今年の新人の飲み会に誘われて出席してたけど、仕事でうまく行かない状態になっちゃった恋人への接し方を悩んでいる人もいて、なんか妙に昔の事を思い出してた。そういう時期なんだよね。社会人1年目のこの時期は。「分かる分かる」って言いながら、その彼とここら辺の内容を話してました。

椅子の上に立って「クリスマスにプロポーズしてきました」「ボーナスで指輪買いました」って、皆でやんややんやで飲んでいた人が3名もいたのにもびっくりしたけど。僕らが新人の頃よりも多いな。時代の違い?





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