若冲の描く憤怒 〜紫陽花双鶏図〜


以前から取り上げている若冲だけど今回の展覧会は酷かった。。2009年の東博以来の動植綵絵に加えて鯨と象、それにプライスコレクションまで加われば、これだけ混雑しても当然と言うべきか。ネットでは運営側に文句を言う人が多いけど、個人的にはもっと根本的。若冲がこれだけメジャーになったのに動植綵絵が常設されてないのが一番の問題。署名集めて皇室に嘆願書出すべき。皇居三の丸に新館を作るか、他の美術館に半永久的に貸し出すしかないよ。この混雑はそれだけの画家になった証左。

月曜日に会社休んで開館前の9:20に行ったのに、その時点で3時間の列。。待ってる途中で60歳代と思しき女性が倒れて救急車で運ばれた。館内も滅茶苦茶混んでて、特設ショップコーナーの会計が40分待ち。2009年の時は土曜日で1時間待ちだったから、今回は平日&開館前で大丈夫だろうと甘く考えてた。。

若冲展は過去に数度行ったので、今回初めて見た絵は10%ぐらいなんだけど、若冲の絵は年に一回は見る価値があると思ってる。動植綵絵がずらりと並んだ前で、絵の数よりも人の数が少ないぐらいの静謐な空間はもう有りえないんだね。それを期待して行ったけど、純粋に甘かった。2006年の時のような圧倒的な感動は、あれだけの混雑の中では感じられないと思う。今後、若冲を初めて見る人に対して、それがすごく可哀相で・・・・この先の人生で、あれだけの感動を受ける画家とめぐり合うことはあるのだろうか? 

動植綵絵の一つ一つも凄いのだが、それらを全部並べると言葉では形容しがたい空間になるんだよね。今回の展示は円形の部屋だったから、TV番組を見たときは凄く期待してた。実際は混んでるだけでなく、絵とガラスの間の距離が広くてちょっとショックだったが。。


 
サイトのTOPの画像にも置いているように、若冲の最高傑作は老松白鳳図だと思っている。今回は展覧会のポスターに採用された影響か、他の絵よりも人だかりができていた。TV番組の影響で、「この羽の金色は裏から黄土色を塗って作ってるんだって」という声があちらこちらから聞こえてた。絵の楽しみ方は多様であって当然だけど、芸術が持つ救いの深さは歴然とある。若冲に何を求めるか人それぞれだけど、画才であれば別に若冲じゃなくてもいいんだよ。

《澄み切った狂気》
今回は老松白鳳図と同じ系統で、それよりも前に作った孔雀鳳凰図があった。これが今回の一番の期待。画像レベルじゃ分からないけど、実際の絵を前にすれば分かる。この瞳は狂気が澄んでない。だから1755年から1766年の間に若冲の中である種の悟りに辿りついたのだろう。それが分かっただけでも、今回の展覧会に行ったかいがあった。2013年の仙台以来の象と鯨図屏風だけど、改めて見て印象が変わった。あの時は「 象の瞳はちょっとユーモアが入ってる 」と書いたけど、狂気をスパイスとして残しているのは確かだね。ならば、やっぱり澄んでいる老松白鳳図の方がいい。

今回、あらたな発見は「鶏」。題材としては一番多いけど、どうしても若冲の鶏には惹かれなかった。その中で唯一、この紫陽花双鶏図だけは不動明王のような憤怒が出ている。この瞳ならば10分間は見つめれる。ネットで大きな画像を探して置いておいたので、拡大してみれば本物の絵でなくても少しは伝わるかな。

憤怒の奥に慈悲を感じる瞳こそが本当の答えだけど、僕自身は10分眺めていてもこの瞳に慈悲は感じられなかった。それは明王と鶏の差なのか、そこら辺は現状では分かりません。運慶と若冲を並べて見れば答えが分かると思うけど、さすがにそこまでの空間は有りえないだろう。


そうそう、GWに京都の若冲のお墓に行ってきました。それは次回の投稿で。



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