クラステクノロジー:コラムが面白い(第一弾)

仕事で検索していた時にみつけたIT企業のクラステクノロジーの社長のコラム。その時は技術論だったけど、それ以外の内容も凄く面白い。定期的にチェックしていたけど一時期更新頻度が下がって残念に思ってました。最近また復活していることを知ったので、数回取り上げたいと思います。

父原病に関する一考察
子供に対する影響度は接する時間の多い母親の方が強いが、やっぱり子供にとって怖いのは父親。この文章で一番納得したのが、
父親のタイプが圧迫上司型とかフレンドリー型とかマニュアル型とか無関心型とか分類しているがそんなのカンケーネーと思うのである。

筆者はこれらの背景は全て共通していると考えている。それは何か?
ズバリ言うと、父親が嫌な奴なのである。性格の悪い嫌なオジサンなのである。
原因はそれに尽きる。
独断と偏見に満ちた私見であるが以下に説明してみたい。父原病の真の原因である。

子供は10歳(小4)を境に親を絶対的な存在から客観的な存在へと見方や価値観を変える。それが成長である。
この時に父親および母親を人間として客観的に評価するようになるのである。もしその時に父親がとても嫌な奴、性格のネジ曲がった卑怯で陰険で臆病者だと知ったら、子供は彼の言うことを聞かなくなるし大嫌いになるのである。
この現象を昔の大人は反抗期と呼んであたかも原因が子供にあるように論じたが、実態は子供が成長して社会性を身に付けたときに親父は嫌な野郎だと判っただけの話である
ついついい太字にしてしまったです。ホントその通り。会社でも嫌われている父親は家でも嫌われる。この真理を何故今まで誰も明言しなかったのか?不思議なくらい。

家族というのは子供の方から破壊することがとても困難なコミュ二ティである。それ故、子供が破壊するときにはそれこそ血を見るような行動を伴う。

その通りやね。もっとハッキリ言うと中学生ごろになって身長が父親に近づいてくるのが悲劇のタイミング。逆に中高で親に反抗しなかった人は、結局、引きこもりなることはあっても、明確な形で親には反抗できないと思う。それは反抗する勇気が無かったのか、親の物言いが成績をネタにしたりで、子供に理不尽を感じさせない陰湿さがあったのか、そのどちらかだから。

大体、勉強が嫌いな子供に勉強を強要させること自体が暴力であるということに多くの親は気付いていないし、書斎も本棚もないような家から、学問好きの子供 が育つはずがないということを、親は全く理解していない。ただ強制的に塾に通わせても子供が学問好きになるわけはないのである。塾や家庭教師で学問好きの 子供ができるなら、いっそのこと金持ちになる塾にでも通わせて大金持ちになる方法でも教育したほうが手っ取り早いと思うのだが、残念ながら代ゼミでも河合 塾でもそういう講座は開設していない。
そうなんだよねぇ。勉強が嫌いな子供には、まずは上質な科学番組を見せるべきであって、いきなり教科書開くのは間違ってる。家族に本を読む習慣があれば、子供も本を読むようになるし、ある程度本を読めば、平均レベルの成績はでる。スポーツ一家が、適度に休日に体を動かすように、こういう家としての無形文化ってのが大事なんだよね。「獲得形質は遺伝しない」のが今の学界の常識だけど、幼年期の行動ってのが人間の成長には凄く大事で、その内容は99%親が決定権を持っている。そういう意味で、やっぱり獲得形質は次代に伝わるよ。

だけど、単純に昔の自分の行動と全く同じ行動を強制させようとする人はダメ親にしかなれないけどね。その当時の社会状況や近所づきあいや子供同士の関係、そんな中で始めて行動としての意味があるから。自分自身が「野球部だったから子供にも野球をやらせる」みたいな発想しかできない親は、プロといえば野球しかなかった時代を客観視できてないアホです。うちの父親もそうだったからよく分かる。家としての無形文化は存在するけど、まずは文化の本質について考えるべきであり、型稽古をやってきた立場からも形から入るのを一概に否定はしないけど、単純に自分の幼年時代を子供に模倣させれば良いと思ってる男性は、どれだけ社会で成功していたとしても、やっぱりアホです。

特にここまで書いても、「勉強」はどの時代でも成功への近道だと反論したがっている父親が一番救いが無い。答えが分かってる既知問題が早く解ける人をこれ以上量産したって、今後の日本の将来は悪くなる事はあっても、良くなることは絶対にない。それよりも、子供のセンスと可能性を信じ自由にさせるべきだ。何か伝えたければ、背中で語れ。それが日本という国の、父親としての無形文化だ。




ポール・グレアム:コラムが面白い(第一弾)

 IT業界の理論家(特にスタートアップ)にしてご意見番で有名なポールグレアム。
学生時代に卒論・修論でLispを使ってた私自身としては、彼の書く文章は隅から隅まで同意してしまう。

けど、この人の本当の価値はIT業界以上に広がる。
ここでは、その中でも他分野の人が一番楽しめるだろう以下の内容をまずご紹介。

オタクが人気者になれない理由
原文はこちら

この中でも特に大事な部分を引用しつつ、私の意見(ポイント)も述べたいと思います。

人気は、片手間に得られるようなものじゃない。特にアメリカの中学校のように、競争のすさまじい環境では。
<中略>
オタクにはこの理屈が通じない。人気者になるのに、努力が必要だなんて理解できない。だいたいにおいて、過酷な環境の外側にいる人には、そこでの成功の決め手が、コンスタントな(だが無意識的な)努力にかかっているってことがわからないものだ。
<中略>
たとえば、10 代の子たちは、着るものにものすごく神経を使う。人気者になるために、意識して着飾ったりはしない。感じのいい服を着るんだ。でも、だれにとって?他の子 たちにとって、さ。他の子の意見が、判断の基準になる。服だけじゃない。やることなすこと、ほぼすべて。歩き方にいたるまでがこの調子だ。だから、物事を 「まとも」にこなすための努力は、彼らがそれを意識しているかどうかに関わらず、すべてが人気を得るための努力につながっている。
人気者になるには「かっこいい」か「スポーツができる」か「話が上手い」が必要で、これらは全て生まれつきだと思っている人は、一生、日が当たる場所に立てない。生まれた時に持っているモノだけでなんとかなるほど世の中は甘くないよ。人気者になるには人気者になるための努力を積み重ねている人だけがなれる。もちろん、努力を努力と思わない人もいる。「流行っている」という理由で興味が出る人は、こういう努力を苦痛に感じないだろう。「最近、○○が流行っているけど、あれって本質的には○○の焼き直しだよね」と分析しちゃって、それを実施するのを苦痛と感じる人が、オタク(頭のいい)であり、かつ人気者になれない人。

なぜスポーツが上手な人がモテルのか?それは、やっぱりスポーツが本質的にもっている躍動感や爽やかさなんだと思う。映画:ソーシャルネットワークを見てたら、最初に美人な彼女が「ボート部の人がいいなぁ」と言ってたのが印象的だった。ここら辺を理解するには「人間には根源的に好きなユニホームがある」と思えば、話はシンプルになる。野球着やサッカー着やテニス着やバスケ着や剣道着やその他もろもろ。男でも女でも「好みの異性ユニホーム」って明確に存在する。

そんな意味ではインドア系の女性は「料理研究会」でも作ってエプロンしてれば、スポーツをしなくても男性ウケすると思う。けど、インドア系の男性が「科学部」で白衣着てても、白衣萌えする女性って0.3%でしょう。囲碁将棋部なら和服着ればすこし改善するかも?0というよりマイナスが3ぐらいになるかもしれない。

たとえ、オタクが他の子たちと同じくらい人気を気にしていても、そのためには人一倍の苦労がともなう。人気者の子は、人気を集め、人気者になりたいと思う ように教えられている。それはちょうどオタクが、頭をよくし、頭がよくなりたいと思うように教えられているのと同じだ。親がそう教えるんだ。オタクが正解 を出す訓練を受けている間に、人気者の子は人を喜ばせる訓練を受けている。
そうなんだよねぇ。人気者の親で育った子供は空気を吸うぐらいの自然体で、人気者になる訓練をしている。それは本棚が多い家庭に育った子供が空気を吸うぐらいの気分で本を読むのと同じ。「獲得形質は遺伝しない」が今の生物学の常識だけど、人間を形作っていくにはこういう環境が大事で、それは親の意図で決まる部分が大きい。

頭のいい人間は、おおむね 11 歳から 17 歳の間に、人生で最悪の時期を迎えることになる。人生で人気がこれほどの力を持つ時期は、これ以前にも、以降にもない。
この部分はあんまり納得してない。人気はいつでも大事だよ。けど、人間は歳を重ねる毎に表面的な部分では判断しなくなる。だから、単に顔のつくりが良かったり、単に運動神経が良かっただけの人よりも、継続的に努力して、かつそれを楽しめ、そこから自分の道を見つけている人に惹かれるようになるだけです。日本人ならイチローと同じぐらいに羽生をカッコいいと思ってるでしょ。今回の名人戦は残念だったけど、個人的には森内名人の鉄板の受けも好きです。

ぼくの記憶が確かなら、いちばん人気のあった子はオタクを迫害しなかった。わざわざそんな低級な人間を相手にする必要がなかったんだ。いじめをやるのは、その下の子どもたち。つまり、ピリピリしたミドルクラスの連中だ。
これは怖いぐらいに真理だね。人気がある子に嫌われるとかなり逆転は難しい。けど、本当の人気者はそんなことしない。最初のきっかけはミドルクラスなんだから、人気者が相手側につく前に、的確に行動できればいじめの芽は自分でつめるんだけどね。それが上手く行けば、人気も無いけど、おちょくられもしない場所にいけるよ。そこで平穏無事に(他人から見ればそうだけど、本人的には平穏無事をKeepする努力してる)、社会人までなりましょう。

今の自分たちが置かれた状況を理解するだけでも、痛みはやわらげられるはずだ。オタクは負け犬じゃない。ただ、人とは違ったゲームを、しかも実社会に近い ゲームをプレイしているだけだ。大人はそれを知っている。今成功している大人で、高校時代の自分はオタクじゃなかったと言い切れる人はめったにいない。
もっと根本的に考えよう。そもそも何故、現代社会は頭が良い人が年収がいいのか?それはシンプルに現代社会は法律が整備されているからなんだよね。腕力で決まる世界じゃない。だから、ヤンキーじゃなくて頭が回る方が最終的には得になる。法律ってのは穴を見つけて、それをふさいでナンボだからねぇ。

もちろんプロスポーツ選手もお金を稼ぐ。アメリカで一番稼ぐのはシリコンバレーだけど、日本は一流のプロ選手の方が稼ぐんじゃないかな。ただプロスポーツで500万以上を稼いでいる人はそんなに多くないから、裾野の広さを考えるとやっぱり頭の良さだけどね。


という事で、結論。
頭の良い人も、科学的な疑問点を考えるのに使う頭の1/10でもいいから、人気者になるために必要な事を考えてみよう。生まれつきとか思わずにさ。本当に真面目に考えて、本当に努力すれば、少なくとも平均以上にはなれるよ。その上で、それ以上の人気者になるための努力の価値について考えればいい。芸能界を見てても分かるとおり、人気は水物だから。個人的には人気だけを追っかける人生は最終的に空しいと思うけどね。

理想はやりたいことをトコトン頑張って、最終的にそれが本人の魅力に繋がるような水路ができることかな。羨ましがったり妬んだり捻くれたりしてると、一生無理だよ。もちろん誰だって女の子から人気がある奴は羨ましい。けど、羨ましいと思うなら、そう思う分だけその方向に努力すればいい
それをせずに顔がどうたらとか身長・スタイルがどうたらといい続けるのが一番救いが無い。「羨ましかったから僕も一時期努力してみたけど、全くダメだった(笑」って後から笑顔で言えるのが、本当の魅力への道だと思うな。






ちきりん氏のブログが面白い(第一弾)

 先日の堀井憲一郎氏の本でもとりあげたちきりん氏のBlog。以前からずっと誠:Business Media上の記事を読んでいた。最近、本人のBlogを知って読み始めたらこちらの方が面白い。やっぱり本人のストレートな意見が気兼ねなく書いてある方が読んでて楽しいね。
その上で、一番最初に取り上げるのがこの記事=「極論の使い方」
非常に面白い記事なので、まずはLink先を読んでいただくとして。

それでもちきりんは、こういった「暴論・極論という方法論」が好きです。なぜなら暴論や極論には、「何が問題なのか」という核心を明確に浮かび上がらせる 効果があるからです。上例でも、一見無茶にも聞こえる意見を通して、山田氏が「何が問題だと感じているか」が非常にビビッドに分かります。

結局、100%正しい意見なんてありえなくて、80%ぐらい正しければ口に出す価値はある。もちろん残りの20%について反対意見を述べる人はいるけど、そこを気にして黙っていても何も進まない。頭が良くてもコミュニケーション力が低い人は、すぐに反論をリストアップしちゃっているのだと思う。けど、そんなことやっても意味ないって。自分で考えた反論なんて、結局は自分の枠の中の話じゃん。とりあえず言って、相手の意見を聞いて、その上で相手と一緒に考えてより良い案にしていく。最初から自分自身の中で完結して、パーフェクトな案を探すのは、結局、ナルシスティックな世界から出れないよ。現実は数学みたいに論理で突き詰めれる世界じゃないんだからさ。

たとえば先日の堀井憲一郎氏の意見で一番大事なのは「若者をマーケティング対象にする社会は80年代から始まった。若者はそこに巧妙に絡めとられた」という部分であり、この事実は誰も否定しないし、明確&実証つきで言ったのはやぱり堀井憲一郎氏の本が最初だから。私も残り20%についてあれこれ言っているけど、最初にこのコアを明らかにした点はすごく尊敬してるしね。

会社の中での議論もそう。反論が出ることを恐れていたら口を開く機会は一生無いから。反論が出るのは当たり前と覚悟した上で、80%は正しいと思える内容を言ってみる。そういう攻めの間合いこそが必要な場面がある。もちろんビジネスではまず相手への傾聴から始まるんだけど、社内のフランクな会議では発言して初めて居場所ができるのだから。そういう態度は外資系では当然みたいだけど、日本の会社なら発言しなくても次回も声がかかる事も多い。けど、やっぱり影では「あいつは何も言わないけど、まあしょうがないからメンバーに入れておこう」って陰口たたかれるだけだしね。

ちきりん氏は暴論・極論について
ちなみに、この「極論という方法論」は、リーダー向きの思考方法です。組織の上に立つ人にとっては、細かいことより先に、まずは進むべき道を大きく示すことが重要です。右に行くのか左に行くのか、何が問題で何が目指すべきものなのか、それを大胆に明確に示すこと。それがリーダーに求められることです。
といっているけど、個人的には別にリーダじゃなくても、こういう訓練はしておいた方が良いと思います。ただ、いきなり言うのはちょっとパス。まず最初は思考実験から始めるべきだと思ってます。「単なる暴論」と「問題をクリアにする暴論」は丸っきり違うからねぇ。たとえ最初に聞いた時の相手の反応が一緒であっても。

じゃあ、思考実験はどうすべきか?
これについて有名なのがビル・ゲイツがIEでインターネットにフォーカスを切り替えたとき。
IT業界では有名な話だけど、もともとWindows3.1もWindows95もインターネットはあまり考慮してなかったらしい。けど、ネットスケープのHITの兆しをみたビルゲイツは、思考実験をした。
「もし、ネットワークのコストが0になったら世界はどうなるのだろう?」
あの頃のインターネットってモデムのダイヤルアップしかなったから、今の100倍以上のコストがあったわけで、あの当時にこの思考実験は凄い。(すみません、昔に読んだ内容なので正確な引用はできませんが)

だから極論ってのは、極端な仮定なんだよね。そこから始まる。
たとえば自分のやりたい事がうまく見つかっていない人がいるとしよう。
そしたらまずは「全てが自由になる世界」を考えればいい。これが極端な仮定の例だよね。
普通は「かわいい子とお付き合いしたい」とか「世界中で美味しい物を食べたい」とかになるのかな。でもこれだけだったら単なる空想(笑 ここからブレイクダウンするのが大事だから、「じゃあそのやりたいことは、どれだけの期間は飽きないで続けられる?」という質問はどうでしょうか? 

ここで「美人だったらずっとOK」と思っている人は、可愛そうだけど何もわかってないです。こういう時こそ「美人は三日で飽きる」という言葉を思い出さないと(笑 南の海でのダイビングもそう。カリブ海にダイビングに行った時、さすがに3日過ぎると「これは自分は職業にはできないな」と思ってしまった。綺麗な海に潜って綺麗な魚とさんご礁を見る。確かにすごく楽しい。けど、それだけの人生はまだいいやって思ったから。

IT業界でビル・ゲイツならぶ有名人スティーブン・ジョブスも「もし明日死んでしまうとしたら?」という質問をたまに自分自身に問いかけるって言ってたしね。このスタンフォードでのスピーチは非常に名高い内容なので、できれば英語の教材としても使ってほしいです。自分自身もこのスピーチは100回以上は声に出して読んだしね。生きる力って意外とこういうベタベタな方法から出てくるもんだから。特に「点と点は後で必ずつながる」という意見が深くて優しくて好きです。Foolishなるのは歳と共に難しくなっているけど、がむしゃらさってやっぱり大事で、どれだけ才能があっても、どれだけ環境に恵まれていても、がむしゃらさが無い限り開かない扉はあると思う。

なんか議論がずれてきているけど、「極論を使いこなす」 それが一番大事で、そのためには極端な仮定から一つ一つ組み立てていく思考方法が大事になるのだと思います。





ポール・グレアムのエッセイ

改めてポール・グレアムのエッセイを読んでます。
さすが哲学と美術とプログラミングの3つをマスターし、ベンチャー(スタートアップ)を立ち上げて成功しただけのことはある。
これまでも何度か取り上げてきたけど(こことかここ)、特に気に入ったエッセイはメモとしておいておこう。

■必要なのは賢さでなく決断力
http://blog.livedoor.jp/lionfan/archives/52682067.html
成功するかどうかに最も重要なのは決断力だということが、すぐにわかった。最初、私たちはそれは賢さだと考えていた。《略》確かに賢さは役立つが、決定的な要因ではない。ビル・ゲイツ並みに賢いのに何も成し遂げなかった人はいっぱいいる。

だが、意志が強いだけでは十分ではない。自分に厳しくする必要がある。意志が強いが放縦な人は決断力があるとは呼ばれないだろう。決断力は、自分の頑固さを自制心でバランスしているということだ。



■ニューヨークがシリコンバレーになれない理由
http://blog.livedoor.jp/lionfan/archives/52682000.html
驚くことに、都市によってメッセージはぜんぜん違う。ニューヨークのメッセージは「とにかくもっとお金を稼げ」だ。もちろんニューヨークは「もっとカッコよくなれ」というメッセージも発している。でもいちばん明確なメッセージは「もっと金持ちになれ」だ。 《略》 私がボストン(いや、むしろケンブリッジ)を好きなのは、そこでのメッセージは次のようなものだからだ。「もっと賢くなれ。本当に自分が読みたい本を読みあさるべきだ」。

どんなメッセージを発しているかを都市に尋ねると、ときどき驚くような答えが返ってくる。シリコン・バレーでのメッセージは、賢さもさることながら、「もっと影響力を持て」なのだ。

ロサンゼルスでは名声が重視されているように思える。もっとも旬で、もっとも人気の一流の人のリストがあり、それに載るか、載っている人の友達になると羨ましがられる。そのメッセージに隠れているのはニューヨークのものと似ているが、おそらくもっと肉体美が強調されている。

パリが現在送るメッセージは「自分のスタイルを持て」だった。私は実のところ、そのメッセージが気に入った。パリは私が暮らした中で、市民が芸術を本当に愛している唯一の都市だ。



■大企業はCoolじゃない
http://blog.livedoor.jp/lionfan/archives/52682025.html

■学生時代に起業する利点
http://practical-scheme.net/trans/mit-j.html


ポール・グレアム自身が気に入ってる言葉としては、アインシュタインのこれが一番良かったです。
快適な生活と贅沢こそが人生の主な必要条件であるようにみんな考えがちだが、幸福になるには何か熱心に取り組める対象があればそれで十分なのだ。
"We act as though comfort and luxury were the chief requirements of life, when all that we need to make us happy is something to be enthusiastic about."
- アインシュタイン
- Einstein


ほんと、その通り。ただ、この英語の文、結構難しいな。。
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以前にポール・グレアムのエッセイで見つけて、改めて探しているのだけど、全く見つからない。スタートアップにおける従業員と創業者の距離を面白い計算式で表現してたんだけど、、、誰か知っている人いないかな。記憶が確かなら4人目の従業員は創業者に15%近いとか、そんな結果が出てくる式だったのだけど。



前前前世?!


紅白見てます。隣の部屋にいてたまにチラ見なんだけど。「君の名は。」のテーマソングって「前前前世」なのね。

2007年にマヤ・アステカ遺跡を訪問して以来、ムーを4年間読んで関連本(大田龍、飛鳥昭雄etc)も押さえた身としては、こんな思想を広めていいの?という思いもある。昔の「千の風になって」は全然アリだと思ったけど、前世のメジャー化はやばくないか。以前にマイケルジャクソンの前世についてとりあげたけど、あれはあくまでもネタ。

前世ネタでは深田恭子の「前世はマリーアントワネットだけど皆の恨みを買ったので次の転生でイルカになり、今はアイドル。アイドルは人と沢山会う仕事なので、来世は猫で気ままに生きる」が一番オモロイ。どこで読んだのか記憶の彼方だけど、動物を間に挟む発想はある意味Cool。深田自身はこの前世に絶対の自信があるからこそ占い師等には前世を見てもらってないとも読んだけど、その態度もぶっ飛んでるね。結局、個人が勝手に作ったストーリーなのだから、社会的に悪〜他人に迷惑をかけない限り、ご自由にどうぞ、という世界かもね。神道の四魂でいえば、4人までは同じ前世でもアリなので、他人と被るのも気にしないぐらいのメンタリティーの方がいいのかもしれん(笑

今年読んだショーペンハウアーの自殺論に凄い面白い説があって、要約すると

  • 魂が無から生まれて無に帰ると思う人は、そうなる
  • 魂に前世があると思う人は、生まれ変わる
  • 魂がそのままだと思う人は、そのまま漂う

結局、その人が決めれるという説。これって結構面白い視点。「死んだらどうなるかは、死んだら分かるのだから、死ぬまで考える必要も無い」という意見も好きなんだけど、「予め知って準備をしておいた方が良い」という意見もあるのは分かる。けど、どうせ死んだら何も持っていけないのだから、何を準備できるのかも謎。 そこまで踏まえても、以前に書いたように「前世=輪廻転生はあって、記憶はリセットされて、火が燃え移る程度の伝達はある」という距離感が一番しっくりくるのは確か。この立場で言うと、前前前世はおろか前世を知ることさえ基本不可能なんだけど、深田恭子自身も前前世までだから、3つ前まで考えるのは結構難しいのでは?とも。それだけ前になると、文献的に残っている名前が少ないからかな。単なる歌のリズムの良さで、前世でも前前世でもなく前前前世になっただけだと思っているから、そんなに掘り下げて考えようともしてないが。

前世の思い出し方には色々と方法があるけど、「退行催眠なんてやめとけ」は正しいと思う。だから「夢日記」「涙が出る」「なんか心理的に好き・嫌い」と書くこの記事が一番納得かな。けど、ウマが合わない人を「前世から嫌い」と決め付けると余計に修復不可能になるからねぇ。それぐらいなら、「前世で仲良くなるのに失敗したから、今世でも関係が深くなるハメになった。しょうがない、ちょっとは前世よりも頑張るか」ぐらいの態度の方が良いと思う。器のサイズが大きくなるために転生するのが四魂の基本だからねぇ。 この10年ぐらい散々やってきた立場で言うと、いわゆるスピリチャル系にはまり過ぎるととんでもない所に行くから。かといって手を出さないのも根性無しとも思っていて。やるなら中途半端=「誰か単体の説に完全に染まる」のでなく、とことんやれっていう気分だけど。

個人的には上記の記事以外の方法としては漆黒に浮かぶお香を薦めます。あの記事は大統領選も終わった事だし、記事名と一言要約を入れ替えておこうと思っているので。
 




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