澄み切った狂気 −伊藤若冲−


2006年のある日、出張が早く終わって15:00に東京駅で手持ち無沙汰にしてた。このまま新幹線で帰って事務所に顔出すには遅い時間帯だったから、「皇居ぐらい行ってみるか」と軽く思いついて、てくてく歩いていった。入口の近くに美術館があって、何気なく入ったら伊藤若冲の企画展をやってた。

な、なんなんだ、この絵は・・・
伊藤若冲という名前を全く知らなかったけど、ガツンと衝撃を受けた。
「奇想の画家」が公式な画家像だけど、はっきり言って頭のネジが3本ぐらい飛んでる絵を描くんだよね。プライスレスコレクションのきっかけとなった、あの絵もそう。枝の伸ばし方や節々がなんか異様。「構図が非現実的」ともよく言われるけど、部分部分は緻密すぎるほどに書き込んでいるから、長く見てるとそのギャップに頭がくらくらしてくる。

平日で人もまばらだったから、絵の数よりも人の数が少ない状態。この状況で伊藤若冲の、それも動植綵絵を見ること。純粋にありえないほどの衝撃。だからこそ、2009年の東京国立博物館での企画展も、2010年の静岡美術館での企画展にも行った。東博の時は土曜日だったのもあってめちゃくちゃ混んでた。。静岡では動植綵絵が無かったから、ちょっとショック。


まだ金毘羅さまとか見て無い若冲の絵は多いけど、やっぱり老松白鳳図の、白鳳の瞳が最高。

今回「伊藤若冲 動植綵絵 ArT RANDOM CLASSICS」を買ったけど、この本では白鳳の羽をアップしてる。おいおい、瞳をアップしろ! このイッっちゃってるけど澄み切ってる瞳を。09の東博では人を掻き分け、この絵の、この瞳だけ数分間無心に眺めてた。一番最初は、若冲が描く「波」や「雪」での白の配色の仕方が衝撃だったけど、突き詰めていくとこの瞳がコアにある。

数多く描いている鶏の瞳は「ギョロ目」で、そこまで惹かれてない。今回見た、鯨象での、象の瞳はちょっとユーモアが入ってる。だから瞳を味わいたかったら老松白鳳図です。間違いない。若冲に瞳を求めている人は殆どいないかもしれないけど、この瞳は何かがある。

非現実的なんてヤワイ言葉じゃなくて、狂気でいいんだよ。この人はベースに狂気がある。狂気=破綻と捉える人は、構図の凄さをもって見失うだろう。けど、狂気は破綻とは全く関係ない。ダレた狂気が破綻につながるだけ。

「自己の狂気を飼い慣らす」ことを目標とする、全ての人が、この瞳に惹かれると思う。
若い頃は抑えようとして失敗し、歳を重ねて溶け込ませる方法を覚えるとしても、この絵で表現されているような、狂気を澄み切った方向に伸ばす事ができるとはね。。その事実が一番ショックかも。

> 若冲は「山川草木悉皆仏性」の思想を、観音経にある「三十三応身」になぞらえて描き出したと考えられる
三十三応身と鳳凰の関係から調べてみるかな。


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こちらのサイトの若冲の取り上げ方が、個人的には一番しっくりくる。

> なお僧籍にあった若冲は生涯独身であり、酒や芸事など世間の雑事には全く興味を示さなかったと伝えられる。

> 妻を娶らず、生涯独身を貫いた若冲であるが、本作の妖艶な鳳凰には若冲の秘めた性的嗜好や欲望、画面右上の旭日の下方へ配された白鳳を見つめる山鳩の姿には若冲自身の投影がしばしば指摘されている。

うーんと、個人的には江戸時代に本人の意思で僧籍なった人は、「女に興味が薄い」のを他人に説明するのがメンドクサイからなんだと思う。西行法師みたいな恋愛の後かもしれないけど、若冲の絵を見てると、違う気がする。そもそも男女の恋愛の枠には収まらない感情があるような。





ロダンが造る男女の愛憎 - フギット・アモール -


ロダンといえば「考える人」
小学生でも知ってる。けど、この考える人が「地獄の門」という壮大な作品の一部だったとは、恥ずかしながら 数年前に静岡美術館に行って初めて知りました。予算に制限のある地方美術館だからこそテーマを絞って掘り下げる。山梨のミ レーと同じぐらい有名なのが静岡のロダン。(というのも行って初めて知ったのだが) 世界に7つ、日本に2つしかない「地獄の門」があるのが一番のポイントとのこと。もう一つの上野の国立西洋美術館と違って、室内に置かれているから鑑賞に適しているのは確かに納得。

静岡美術館のロダン館では「カレー市民のモニュメント」から「考える人」をはじめ地獄の門を構成する様々な彫刻が個別展示されていた。そこで一際目立っていたのがこの「フギット・アモール」です。他の観客は一瞥ぐらいでしたが、私は5分以上も眺めてしまっていました。「人間の根源的な愚かさ・弱さがにじみ出てる恋愛」を表現した作品を探していたので、見た瞬間に「これだよ、これ。これがずっと欲しかったんだ」と呟いてしまった。

苦悩を抱える女にすがりつく男
このふたりの有りえないポーズの良さ。去っていく女性に対して背中から体をのけぞり乳房を抱きかかえるようにすがり付いている。

この悩める時期に教え子のカミーユ・クローデルと 出会い、この若き才能と魅力に夢中になった。だが優柔不断なロダンは、カミーユと妻ローズの間で絶えず揺れた。数年後ローズが病に倒れ、カミーユがローズと自分との選択を突付けるまで決断できなかった。ロダンはローズの元に逃げ帰り、ショックを受けたカミーユは以後、徐々に精神のバランスを欠き、ついには精神病院に入院、死ぬまでそこで過ごすことになる。(Wikipediaより引用)

「功成り名遂げた芸術家が、若い美人な教え子と不倫に走り、糟糠の妻をないがしろにする」ってありがちな光景なんだけど、その教え子が精神病院に入院という部分が。。帰った後に調べて初めて知ったけど、この像の女性の苦悩は確かにそこまでの射程がある。

ロダンの末期の言葉は『パリに残した、若い方の妻に逢いたい。』だった。
認知できなかったにせよ子まで作っていたのだから、妻という意識はあったのだろう。末期の言葉がこれならば、たしかにこのすがりつく男の姿はロダン自身に重なる。

Wikipediaで調べると、カミーユは美人かつちょっと幸が薄そうな。。
ローズは大きな心の安らぎの存在であり、カミーユは若さと美貌と才能に満ち溢れた刺激的な存在であったため、ロダンは2人のどちらかを選ぶことはできな かった。その中でカミーユは20代後半にロダンの子を妊娠するも中絶し、多大なショックを受ける。やがて2人の関係は破綻を迎え、ロダンは妻ローズのもと へ帰っていく。徐々にカミーユは心を病み、40代後半に統合失調症を発症する。(Wikipediaより引用)

「考える」というのは人類に与えられた最高の能力であり、「人間は考える葦である」というパスカルの言葉と共に、ロダンの「考える人」は世界中で有名。だけど、小/中学生の頃に「考える人」をみても、「けっ」と反発する種類の人間がいるのも事実。勉強ができる/バカの区別でなく、理論先行型/経験先行型というフレームで捉えるべきだと思っているけど、それでも、やっぱり「考える」だけが人生ではない

そんな面では先日亡くなった渡辺淳一の小説も悪くは無いが、それより前に、このフギット・アモールは美術の本には載せるべきだと思っています。美術のデッサンの練習でも、考える人だけでなく、こちらも題材にすればいいと思う。ちなみに、上野でも個別展示しているみたい。個人的には静岡の白色の方がしっくりくるかな。


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[2014/05/11]
カミーユの伝記映画を見ました。主演の2人が写真で見るロダン、カミーユに似ていて非常に楽しめた。映画自体も色々な賞を受賞しているだけのことはある完成度。フギット・アモールを見てからずっと気になっていたけど、映画を見るまでに数年かかってしまった。あまりに重い世界は長く沈殿させて、きっかけが無いと見る気になれない部分もある。映画の元になった本も気になるけど、それを読むのはいつになることやら。こちらのレビューは凄く惹かれる。タイトルが「恋のバッドトリップ」で、「カミーユは恋に溺死しましたね」って30歳の女性でここまで書けたら才能あると思う。

結局、美貌が不幸に結びついたのでなく、カミーユの才能なんじゃないかな。映画でも最初に出てきたモデルをしてた詩人の卵。映画の中の表現でも分かるように、お互い売れない芸術家であっても、あの人と一緒にいるべきだったと。

男と女として共鳴し、同じ芸術家として共鳴する。
渡辺淳一の最高傑作は与謝野鉄幹・晶子を書いた「君もコクリコわれもコクリコ」だと思うけど、こちらのカップルは明確に女性の方が才能が上だった。どれだけ最初は男の方が有名でも、最後は正しい評価に落ち着く。死後、これだけ時間が経っているしね。だからこそ、やっぱりロダンとカミーユはロダンの方が才能があったんだと。カミーユと付き合っている頃がロダンの最良の時期であり、ある種の部分ではカミーユがアイディアを提供したにせよ。個別に作った時の作品を比べて(両方を見た事が無いのであくまでも巷の評価ですが)さ。

男と女の間の共鳴ならば、どちらかが強いという事は無い。種類が違うし、お互いの場所は存在する。
けど、芸術家同士では明確に出る。特に同じ分野だと・・・

だからこそ、才能があったカミーユは不幸になった。「中途半端な才能なら無い方がマシ」とまでは言わないけど、その才能に自身をかけるのであれば、死んでも男と女の関係になっちゃいけない。この状況になったら男が立場を利用して強姦まがいの状況になるかもしれないし、その当時に強姦として訴えれる時代状況で無いとしても、一回以上は有りえない。

ピカソとフランソワーズ・ジローの関係は彼女を取り上げたTV番組(日曜絵画○○だったかな)で見ただけど、カミーユもフランソワーズの生き方ができればよかったのかもね。こういう同じ芸術分野の先生としての男と、弟子としての女の関係って、ちゃんと調べて、場合分けして、一般的な指針を導きだすべき。中学の道徳の時間で、芸術の時間と合わせて、一気に人間と作品の本質に迫る授業をすべきだと思った。

カミーユの映画をカップルで見て、二人で地獄の門とフギット・アモールを見に行く。そんな大学生同士ってありえるのかな。あまりに怖くて薦める事はしない。もし静岡大学に行ってたら、そんな人生になってただろうな、とふっと思った。ちなみに仙台の美術館は、確か女の子の彫刻が有名な日本の彫刻家をメインで取り上げてます。そうだ、佐藤忠良だ。個人的にはちょっと「男性が思う女性の理想像」の面が強くて、合わなかったんだけど。
 



最高傑作不動明王:浄楽寺


[2014/10]
不動明王の最高傑作だと個人的に思っている浄楽寺の不動明王。年に二回の御開帳(3/3、10/19)のなかで、今秋は日曜日になっている。前回、会社を休んで春の御開帳に行って感動したので、今秋も行く事にした。東博では運慶特集やっているけど、実際に高野山で見たことあるけど、こちらの浄楽寺の方が上だと思うな。

今回は地域のお祭りとかで、人が沢山にぎわっていた。その割には3月の時よりもゆっくり見れたので楽しかったです。ホント、半年に1回は見る価値ある。




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さすがイスム。センスある。シリーズ初の不動明王に浄楽寺を持ってくるとは!!

世間一般的には運慶といっても伊豆の願成就院。確かにあちらは国宝だし浄楽寺は旧国宝の重文。阿弥陀如来像ならば願成就院だけど、不動明王は間違いなく浄楽寺の方が上なんだよ。浄楽寺のこの右の画像と願成就院のこちらを比べれば誰だって気づくと思うのだが・・・・ネットで探してもこんな事を訴えているのはウチだけだったけど、、イスムがこちらに来てくれたならば、そろそろ流れが変わるかもね。誰が浄楽寺を国宝に戻さなかったのか謎だが、そいつは本当の憤怒について真面目に考えた事が無いのだろう。

そもそも「不動明王ならば高野山」になる思考停止も問題外。空海の時代はまだ不動明王は完成してないんだよ。不動明王を突き詰めようと決めて真っ先に買ったのがこちらの本。全部読めば分かる。あの時は直感レベルだったけど、あれから各地を回って実物を見て確信した。本には「慈悲にあふれた如来の怒れる化身」とサブタイトルがあるけれど、憤怒の表情の奥に慈悲があるのが真の不動明王だし、それに唯一該当するのが浄楽寺の像。

お前がお前なりに苦労してきた事は分かっている。
けど、お前はやっぱり愚かだったのだ。


という言葉が聞こえてくるほどの表情になっているから。


イスムのセンスは感動したけど、残念ながら繊細な感情が再現できていない。仏像の中で唯一表情が左右非対称な不動明王は作るのが難しいけど、とくに浄楽寺の表情は絶妙なバランスで成り立っている。イスムの表情は左と右の差を上げすぎて、結果として仏像自体が自己問答しているように見えてくる。やっぱりこの浄楽寺を模写するならば、この仏像を前にして泣けてくるレベルの人じゃないとダメだね・・・。いつか俺も胸像でいいから模像を作らないと。




若冲の描く憤怒 〜紫陽花双鶏図〜


以前から取り上げている若冲だけど今回の展覧会は酷かった。。2009年の東博以来の動植綵絵に加えて鯨と象、それにプライスコレクションまで加われば、これだけ混雑しても当然と言うべきか。ネットでは運営側に文句を言う人が多いけど、個人的にはもっと根本的。若冲がこれだけメジャーになったのに動植綵絵が常設されてないのが一番の問題。署名集めて皇室に嘆願書出すべき。皇居三の丸に新館を作るか、他の美術館に半永久的に貸し出すしかないよ。この混雑はそれだけの画家になった証左。

月曜日に会社休んで開館前の9:20に行ったのに、その時点で3時間の列。。待ってる途中で60歳代と思しき女性が倒れて救急車で運ばれた。館内も滅茶苦茶混んでて、特設ショップコーナーの会計が40分待ち。2009年の時は土曜日で1時間待ちだったから、今回は平日&開館前で大丈夫だろうと甘く考えてた。。

若冲展は過去に数度行ったので、今回初めて見た絵は10%ぐらいなんだけど、若冲の絵は年に一回は見る価値があると思ってる。動植綵絵がずらりと並んだ前で、絵の数よりも人の数が少ないぐらいの静謐な空間はもう有りえないんだね。それを期待して行ったけど、純粋に甘かった。2006年の時のような圧倒的な感動は、あれだけの混雑の中では感じられないと思う。今後、若冲を初めて見る人に対して、それがすごく可哀相で・・・・この先の人生で、あれだけの感動を受ける画家とめぐり合うことはあるのだろうか? 

動植綵絵の一つ一つも凄いのだが、それらを全部並べると言葉では形容しがたい空間になるんだよね。今回の展示は円形の部屋だったから、TV番組を見たときは凄く期待してた。実際は混んでるだけでなく、絵とガラスの間の距離が広くてちょっとショックだったが。。


 



若冲の守破"離" − 石峯寺/石峰寺の石仏群


関西地方に一度も住んだことがなくても、京都観光は8回目。これだけ通った観光地は京都だけ。金閣寺・清水寺、嵐山といった有名所、枯山水のための龍安寺・南禅寺、半跏思惟像のための広隆寺、お茶と日本精神のための高山寺。今回は有名すぎて後回しにしていた東寺、伏見稲荷に寄りつつも、一番のメインは若冲の最期の寺として有名な石峯寺/石峰寺。正式名称が常用漢字じゃないと、Web検索時代には辛いね。Wikiは正式漢字で、お寺の正式サイトは峰だから。

TV番組で若冲特集を見て以来、いつか石峯寺に行こうと思っていた。さすが黄檗宗。細部にいたるまで中国的な建築デザイン。若冲自体が伝統的な日本画からはみ出ているから、個人的にはマッチしていると感じる。この門も手すりの卍も良い。

石峰寺には晩年の有名な絵があるけど、一番の見所は間違いなく石仏群。現在は写真禁止なので、正式サイトか禁止前に撮影された写真を見てもらうしかない。裏山としては想像以上に広いし、五百羅漢というには狭い。仏像のデザインとも交じり合って凄く不思議な空間になっている。

ある線を超せる人は、普通の人には無い業を抱えている。
画家もそう。次に生まれ変わっても同じく画家になるぐらいの業。
殆どの著名な画家の絵を見ていると、来世も画家になると思わせる業を感じる。
けど、この石仏群を見ていると、「若冲は生まれ変わったら次は画家を選ばないだろう」と感じた。
それが、若冲の守破


この事実を体感できたのが一番の収穫でした。

結局、これだけ若冲を追っかけても、彼の心の奥にある狂気の源は分からなかった。あそこまでの禁欲生活をしないとコントロールできないものなのに。その狂気の片鱗はこの先でも見つからないかもしれない。 けど、この石仏の笑顔は、そいういう拘り方を溶かす力がある。この表情こそが若冲の到達地点ならば、来世は画家になる必要がない。この体感は、若冲を突き詰めた人が行けば自然に感じると思うよ。


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守破離という言葉は有名になっているけど、この言葉が生まれた由来についてネットに情報が無い。だから
こんな解説になる。大量に読んできた本の記憶だから原典を明示できないけど、もともとは古代中国の弓の名人の話。独自の流派を立てるのは"破"であって、"離"ではない。本当の離は、その存在からもFly Awayすること。

細部まで覚えているわけではないが、その名人は弓を極めて、一本の矢で複数の鳥を打ち落とすようになっただけでなく、最後は矢がなくても念だけで射落とせるようになった。そして、最期は弓という存在も射落とすという行為も忘れて死んで行った。これこそが真の離。この由来を「超能力なんて有りえない。最期はボケただけだろ」という人とは同じ空気を吸えないね(笑。 少なくとも、離が自己流派という浅い解釈だけは辞めたほうがいい。この石峰寺にくれば真の離が体感できる。京都に行ってよかった。

 



若冲の画集決定版 〜生誕300年記念図録〜

大混雑の会場では注文のみだった展覧会の図録が届いた。全部見て色々と思うところがあった。

 

今ならまだ買える。運営側も反省の意味を込めて、展覧会に行けなかった人でも購入できる状態にしているのかな。権利関係者も「少しの間ならしょうがないか」と思っていそう。7月には買えなくなる気もする。若冲に興味があっても大混雑の展覧会を遠慮した人はすぐに買ってもいい。これだけ多くの若冲の絵が、このサイズで揃っていて、この値段。表紙は鶴だが、絵のページの最初が鳳凰の瞳

 

この時点で感激モノ。昔の画集は白い羽を拡大しててかなりショックだった。どれだけ人を掻き分けて絵の前で数分間見詰めていても、あれだけ人が多かったら新たな気づきは少ない。この画集には動植綵絵だけでなく旭日鳳凰図(こちらも顔のアップがついてる!)、岡田美術館像の孔雀鳳凰図、相国寺の水墨画の鳳凰之図があるから、ゆっくり見比べれる。その点もオススメする理由。

 

 

 

 

画集を全部見た結論として、若冲の水墨画で一番良いのは鷲図だと思う。こちらで拡大画像を見てもらえば分かるかな。知名度で言えば前回話題にした石峰寺の虎図だろうけど、瞳で言えば間違いなくこの鷲。若冲ファンとしては普段の手帳も鳳凰と雪中錦鶏図をカラーコピーしてラミネートして穴あけて閉じて自作しているけど、次に作り直す時はこの鷲でもいいかも、と思うぐらいに好きになった。若冲のぶっとび具合を表現するなら間違いなく緑松の白雪なんだけどね。

 

 

 

「若冲は仏の世界を実現するために絵を描いた」 渋谷陽一

P210の寄稿が一番面白い。ロッキン・オンは兄貴が揃えていて僕は読んでなかったけど、さすがに渋谷陽一の名前ぐらいは知っている。音楽畑からの視点で書いたレビューは想像以上に興味深い。

 

展示室の正面に釈迦三尊像があり、左右に動植綵絵が並んでいる、その空間というのは、僕たち音楽に関わる者の言葉で言うならば、まるでコンサートホールのような、あるいは若冲の画家としての特性に基づいて言うならば、とても宗教的な空間になっていました。

《略》 ものすごく感動的なライブに行って、その音が鳴っている空間で我を忘れて興奮している、それと同じ状態を、この静かな、ただ単に何幅かの絵が並んでいる空間で体験できているというのは驚きでした。それは本当に生涯的な体験と言ってもいいものでした。僕はそこで一時間以上もの間、閉館時間になって追い出されるまで、ずっと立ちつくていました。

《略》 あくまでもひとつの空間を宗教的に密度の濃いものに築き上げるには何が必要なのか、そのための絵というのは何なのか、という発想で描かれたものに思えるのです。

《略》 そしてその空間によって感動が導かれ、お釈迦様が世界をしっかり司ってくれると我々は幸せになるんだ、ということをどんなお説教よりも一瞬のうちに人々が体験できる 釈迦三尊像と動植綵絵はそのための装置であり、ヨーロッパにおける大聖堂に掛かれた天井画と同じ宗教的な性格を持っているのだと思います。日本にもすぐれた仏教美術というのはたくさんありますが、こうした形で、何枚かの絵画によって、ひとつの異空間を創りあげるという試みと、それが三十三幅という数多くの絵によって実現されている完成度の高さにおいて、この若冲の釈迦三尊像と動植綵絵というのは、無二のものであると思います。

 

この解説は若冲を発掘した辻氏の文章よりも感動した。僕にとっての音楽評論家No1は鈴木哲章氏だけども、ロックにおいてNo1批評家だけのことはある。何よりもヨーロッパの大聖堂との比較が素晴らしい。

 

ただ、数点気になる部分が。

やっぱり宗教にも造詣が深くないと若冲のフルスケールは見切れないね。釈迦入滅の絵は多数の人が描いても、それを野菜でアナロジーした果蔬涅槃図の存在は、若冲が単純な「信仰厚い仏教信者」では無い事を示している。青果商&ユーモアの文脈で捉えがちなこの絵だけど、石峰寺の石仏群の中にも釈迦の入滅を表現した作品があって、その両方を見ると単なるユーモアでは無いと実感した。そもそも仏教について掘り下げるなら中村元と山折哲雄と最近なら魚川祐司がスタートラインだから。

 

ここからは僕の本当に極端な仮説で、真面目な若冲研究家の方々には怒られてしまうかもしれませんが、美術業界とは関係のない、一介の音楽評論家として乱暴なことを言わせていただければ、僕は若冲はゲイであったと思っています。 《略》 若冲にとって世界というのは、やはりどこかに不条理なものを潜ませていて、自分自身のまま生きることを抑圧する何かがあり、幸せに自己実現することがなかなかできない。それが世界なんだ、という思いをずっと持っていたように僕には思えます。 《略》 若冲が敬虔な仏教徒になり、宗教的なテーマのもとに絵を描こうとした理由であり、、、

 

外野だからこそ気づく事があるし、美術史的・技法的な理解なんて真の意味からすれば末節。渋谷陽一ぐらいのネームバリューになって初めてこれだけ書けるならば、「部外者は黙れ」みたいな風潮はクソだね。もっと皆が感じたことを好き勝手に書けばいいし、それこそが文化としての厚みを生む。

 

若冲がゲイだなんて、ある意味当然じゃん。江戸後期だから、一生妻を娶らないとしても女遊びをしていればそういう文章は絶対に残る。個人的には女性経験が零だった可能性も高いと思っていた。けど、単純に性愛の対象が異性→同性では無い。それだけならあの絵画群は生まれない。そもそも今の時代と違うから、普通の同性愛者ならばそれを示す文章が残っていると思う。酒も芸事にも興味を示さず、傍目からは淡々と生活しているように見えたということは、ポイントになるのは欲望の生まれる場所であり、欲望の対象なんて末節の話。だからゲイだろうとヘテロだろうと、どっちでもいいんだよ。

 

 

不条理が世界に潜んでいたのでなく、若冲の中に潜んでいたということ

それこそが「狂気」。 最初に「奇想」と表現したから本質が見えなくなった。鳳凰の瞳を見比べれば、それぞれの抱える感情が分かる。澄み切っているのはあの絵だけ。それ以外の鳳凰の瞳には迷いであったり、憤りであったり、もっと生の感情が詰まっている。若冲が描きたかったのは動植綵絵であり、それを釈迦三尊像とセットにすることで寺に収めれる絵画群になった。釈迦三尊像とセットでなければ、寺は大事に保管してくれないし、定期的にも公開してくれない。もちろん権力者や金持ちが動植綵絵を死蔵することにも耐え切れなかったのだろう。ウチの説のポイントは釈迦三尊像の元絵が存在すること。本当に釈迦三尊像がメインであれば、自己が思う釈迦を零から描く。幾ら元絵に感動したとしても、一番大事な自己表現を模写にはしない。そして若冲オリジナルの釈迦の表現は石峰寺の石仏だから。

 

若冲は奇想でもないし、敬虔な仏教徒でもない。

 

 

「世界が美しいからそれを絵にしました」というレベルではない、もっと深い絶望と、もっと深い理想主義がその背景にあるからこそ、若冲の絵は僕らの心を打つし、時代を超えた感動を与えるのではないでしょうか

文章の最後をこの言葉で締める渋谷氏は、薄々気づいているのかもね。ぜひ己の批評家人生をかけて、若冲に一番近いロックシンガーを教えて欲しい。宗教というジャンルは、突き詰めて絶対化する人と、突き詰めて相対化できる人がいる。99.9%は絶対化してしまう魔力こそが宗教だけど、若冲は相対化できた。これはある意味、独自の宗教を作れるレベル。もちろん宗教を作る気なんて全く無かったのだろう。大切なのは悩みに対する啓示。ある線以上突き詰めると、言葉で表現することが滑稽になる。だからこそ、宗教でなく芸術作品による救いこそが必要になるのであり、その特徴は同じ悩みを抱えていない人は存在を気づく事さえできない。 それが言葉が無くても立脚できる絵画というジャンル。

 

澄み切った狂気がもたらす調和のある世界観こそが動植綵絵

 

意味の意味を突き詰めたら、人は狂気の縁にいける。96年に若冲の絵を見ることが出来たならば、半分以上はその場で解決したと思える。それぐらいにあの瞳は素晴らしい。2006年に初めて見てからこの10年間で2回しか見られない。これこそが不条理。もし常設されていたなら、年間パスポートも買って月に一回は通う。それが可能だったなら、この10年間を3年に縮めれたと思う。今回の画集ならば月1ぐらいの頻度で眺める。最近、ZOZO Townの創業者の絵画購入が話題になっているけど、目標は此処だね。やっと自分が何をすべきか分かった。若冲の真の価値が分からない人が動植綵絵を持つ必要は無い。釈迦三尊像が真ん中に必要?そんなワケはない。皇室所蔵? 若冲の思いは国民が広く見れることじゃないのかな。せめて今回の展覧会は巡回展にすべきだったと思うよ。鷹図は惜しいけど、動植綵絵だけでもいいから全国を回って欲しい。美術界の人達は動植綵絵にそれだけの価値があると思って無いのだろうね。これだけメジャーになった今であっても、若冲の真意は伝わってないと思える。

 




不動明王紀行


不動明王を追いかけようと決めて3年。関東、関西の主要な不動明王には殆ど行った。今日は会社を午後半休して浄楽寺の御開帳。2013年当時はあくまで本に載っている写真での判断だったが、実際の仏像を見てまわって今は確信となった。不動明王の最高傑作は間違いなくこの浄楽寺の不動明王です。

浄楽寺に行ったのは今回で3回目だけど、この3年間で説明が変わった。以前の説明文の写真は撮っていないけど、この不動明王が「頼朝の守り本尊だった」という大事な情報を見落とすワケない。以前の説明では「北条時政が建てた伊豆の願成就院に対抗して当地の領主だった和田義盛が建てた」としか書いてなかったような?? もしこの不動明王が頼朝のものであったるならば、最高傑作である有力な証拠。

なワケはない。最古の証明は出来ても、最高傑作の証明なんてできないし、それは鑑賞する個々人が自己の判断で決めればいい。

今日、この仏像を10分以上眺めていたら、隣で上品な女性が「いいわね〜」と話をしてた。普通の人はちらっと見て終わりだが、その場で立ってずっと眺めていて、口の牙について感想を述べ始めたのでついつい、「分かりにくいけど、この仏像は牙があると思いますよ」と話しかけてしまった。そのあと会話が盛り上がったけど、その方も「憂いがあらわれているこの仏像が一番ね」と言っていた。そう、単に怒るだけならアホでもできる。言っちゃ悪いけど、殆どの不動明王は単に怒っているだけ。もちろん怒る事が仕事なのだからそれが当然なんだけど。


「この仏像にそっくりの仏像を正月に高島屋で買ったの」と言われた時はびっくりしたけど、隣にいた男性が「母が衝動買いしたんですよ。黒檀の仏像、50万円で」と言った時は、もっとびっくりした。イスムは手が出る範囲の値段だが表情がパス。50万円は絶対に出ないが、その仏像はぜひ見てみたい。「次回のご開帳にも来なくちゃ」と言っていたから、伝わる人には伝わるんだろう。

 

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ということで、他の不動明王の感想に行きたいと思います。

まず絶対に必須なのが京都の東寺の不動明王。今年のGWに行ったけど、現地のお堂の光の関係から、この本に記載されている/出回っている写真よりも陰影感はあった。現地の講堂はさすが東寺と思わせる空間。けど、不動明王がその空間に貢献しているとはあまり思えない。足を引っ張っているとまでは言わないが、他の仏像の方がよっぽど記憶に残る。

個人的に期待大だった奈良の不退寺。上記本・出回っている写真を見て分かるぐらいオンリーワンの表情だが、現物は台座も含めて上の方に置いてあるので、この俯き加減の表情を下から覗き込む。だから余計に悩みが深く見える。かなりいいです。写真よりも現物の方が上。ただ、残念ながらお寺全体の波動が低いと感じた。ああいうニュースになるのも納得。波動うんぬんに関しては美術的な評価基準でなくパワースポット的な評価基準ですが。。

ちなみに波動で言うと、びっくりしたのが奈良の大安寺。聖徳太子開基だし、過去は東大寺、興福寺と並ぶ大寺だったというが、今は忘れられた存在となっている。なんかのパンフレットで見て気になって奈良旅行の最後に立ち寄ったけど、ついてびっくり。やっぱり多くの人が行く場所は観光地化していて、波動は下がるね。いくら夕日でちょうど良く太陽光が入り込むとはいえ、ここまで綺麗に写るとは思わなかった。たまたま一枚とかじゃないんだよね。写真毎に色が変わるのも凄い。

九品仏のために行った浄瑠璃寺。不動明王のレベルも高いな、と思っていたら、この本にも載っていたし自分も過去に★つけてた。すっかり忘れてました。。感情的には怒りだけの不動明王だけど、深みが違う。伝・康円(運慶の孫)作だけのことはある。ちなみに奈良と京都の県境にも近い場所にある浄瑠璃寺は有りえない波動の高さ。さすが「平安貴族の理想郷」。国宝の五重塔が素晴らしく、気合入れて写真撮っている人も多かった。ついつい入れ子で撮ってしまった。せっかく奈良と京都に1日ずつ観光してたけど、京都は若冲の墓、奈良は中宮寺の半跏思惟像にも行ったので、不動明王の話題はここまで。ちなみに中宮寺は良かった。個人的には広隆寺よりも感動した。その理由は半年経っても上手く説明できないだが。

ということで、不動明王紀行の続きは次回で。
 




不動明王紀行2


関東の三大不動明王の一つ大山寺。この仏像、玉眼が特徴的で、現物は泣き出しそうに見える。写真では右を見てのとおり、逆さに見てもとことん怒っているのにね。これだけ写真と実物の表情が違う不動明王も珍しい、というよりも差の大きさはNo1。ある種の深みといってもいいレベル。あの本でも「関東編」の最初に取り上げられているのも納得。

ただ、御開帳してる時でも、いつもガラス越しに見るハメになるのはやめて欲しいのだが。。本堂の左に2つの不動明王のセット(こんがら/せいたか童子付)があるのだけど、どれもレベルが高い。あれにはびっくりした。残りの二つも平安・鎌倉時代の仏像のようにみえる。普通のお寺なら、十分に本尊になれるレベル。複数の不動明王がいる寺も多いけど、合計のレベルの高さでは特筆モノでは。


二つ目が高幡不動。確かにあのサイズの大きさは圧倒的。石掘りではない不動明王としては日本最大なのかな?  ただ、写真からみた感覚と実物を前にしての感覚が一致しすぎて現物を見ても新たな気づきが少ないように感じる。建物の奥に展示コーナーがあるけど、そこでの仏画等の絵の方が印象に残っている。あまりに顔が大きいと、どうしても細かい表情に気づけなくなるのかな? 普通は大きなモノほど細部も良く観察できるのだけど、、表情は逆なのかもしれないと思い始めている。

3つ目は成田不動山だけど、これって本尊は見れないから。そういう意味ではこれ以上、何も言えない。もちろん目黒不動尊とかにも言っているけど、こちらも本尊は小さすぎて/距離がありすぎて見えない。だから主要といってもこの程度で全然、断言できるレベルでは無いのだけど、、、せめていつか関東三十六不動は全部行きたいと思っています。

ちなみに不動明王を含む五大明王としては、日光の中禅寺湖のほとりにある中禅寺・立木観音が凄かった。日光で一番古いお寺というだけのことはある。分かりやすい日光東照宮よりも上じゃないか。立木観音自体も東寺の宝物殿にある千手観音と同じぐらいの気品がある。旧国宝の現在重文だけど、浄楽寺もそうだけど、戦後に国宝を選びなおした人は眼が節穴では? 中禅寺の五大明王は重文ですらないけど、重文になって当然ぐらいのレベルの高さだと感じる。

 




イケメン仏像 〜目黒の矜羯羅童子〜


京都・東寺で何が一番凄いって、イケメン仏像最高峰の帝釈天。お土産コーナーはそればっかり。よっぽど仏女からの支持を受けているのだろう。今回は私が不動明王巡りで見つけた、世間では無名だけど知ってて損はないイケメン仏像のご紹介。

 

それが目黒不動尊にある、この矜羯羅童子(こんがらどうじ)です。不動明王の従属として15歳ぐらいの少年との事だが、これまでに散々のこんがら・せいたか童子を見てきたが,

この仏像だけはイケメン。何よりも顔つきがオラオラ系。そこら辺は性的に淡白にも思える東寺の帝釈天との違い。

この仏像、目黒不動尊の建物の中でなく、外に野ざらし。かつ、中央の不動明王と見比べると明らかに近年の作。この石の白さは昭和以降の作品でしょう。全くの無名。けど、これだけ見てきた私が断言します。日本人的な顔とちょっと違う雰囲気だが、これだけイケメンな童子は激稀。同じタッチながら、髪型はファンキーでちょっと憂いがあるせいたか童子もなかなかのもの。

 

この仏像をデザインした人は、もしかしたらまだ存命かもしれない。ならば絶対に有名になってもいい。残念ながら、真ん中の不動明王は全然惹かれない。そこら辺の街の交差点にある仏像レベルのようで(言い過ぎ?)、従属の2名だけが飛びぬけて素晴らしい。

こういう、将来もっと有名になる作品を早い段階で取り上げること。これがやっぱり醍醐味かもしれんと、最近思い始めている。ちなみにうちのシグマは単焦点でズームがないので(笑、この荒さでごめんなさい。きっと一年経たずして、ネットに写真が溢れると思うので、楽しみにしてます♪
 




東京にある若冲の石像 〜椿山荘〜


この前、図書館でマニアックな本を借りて読んでたら、びっくりしたことが二つ。
・上野に大仏がある
・東京に若冲の石像がある


上野の大仏は顔しか残ってないから、これまで何度も上野に行っても気づかないワケだ。上野の中では訪れる人と場の清浄さのバランスが良いせいか波動が高い

もっとびっくりしたのが明治の頃に石峰寺の石仏の一部を移設したという椿山荘の庭園。ネットにほとんど情報がなく、本にはあの地域としか書いてなかったから、手前の江戸川公園を散々探してた。普通に椿山荘の中にありました。15体くらいの羅漢像。釈迦像は無かったので石峰寺と比べると見劣りしますが、さすがに若冲の石仏のためだけに京都に行くのはお金と時間が、、、と思っている関東在住の若冲ファンは行く価値があると思う。椿山荘も若冲の絵を集めてロビーとかに飾ると、もっと格があがると思うな。

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もともとは東京都美術館のゴッホ&ゴーギャン展を見に行ったのだけど、ついでに寄った上野大仏が良かったので、急遽、椿山荘も行く気になった。目の前には東京カテドラル関口教会もあって丹下健三の建築を楽しめる。代々木競技場と並ぶ彼の典型的な建築物。さすがに椿山荘でなく、教会の目の前のカフェに行ったけど、この珈琲はかなりレベル高かったです。値段も600円だったけどね。最後は路面電車で池袋に出て、前から行きたかった十割蕎麦の嵯峨谷に寄って帰った。東京で以前から気になってた場所を全部まわった満足な一日。ちなみに展覧会でのゴーギャンの肘掛け椅子は実物を見ると気づく。椅子の上の蝋燭はゴーギャンを暗示し、奥のガス灯はゴッホ自身を示しているね、あの絵は。

 

 




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