「日本を降りる若者たち」 下川裕治

発売当初(2007)に話題になっていた本です。
私は今年(2010)にタイにダイビング旅行に行った時、現地にいた日本人ガイドさんが同い年で意気投合して、色々と話も聞いて、だから日本に帰ってきてから図書館で借りて読みました。

「外こもり」って言葉はこの本が生み出したんだっけ。
日本で数ヶ月まとめてかせいで、残りはバンコクで過ごすという生活は、あの頃のテレビにも取り上げられていた。タイに行った時はバンコクには寄らずにプーケットから船上生活でダイビング三昧だったので、バンコクがどんな雰囲気かは分からない。けど、プーケットであっても屋台の店は美味しくて安かった。「タイは歴史的に東南アジアで唯一植民地にならず、政情も比較的安定していたから、周辺国が戦争になるたびに人(料理人)が逃げてきて、だから東南アジア各国の料理が手軽に食べれる」と以前に聞いた。確かに冷房さえあれば生活がしやすい国なんだろうね。

この本では、「タイの女性達は旦那が働いている職場さえ知らない。なぜなら旦那は給料を入れないから。だから奥さん達が手に職をつけて家族を養う」って書いてあった。そういう生活は日本にいたら想像できないけど、映画:寅さんを見ていると、あの時代の日本は終身雇用が珍しく、たとえ職が無い状態でも家族・親戚を頼ればとりあえず食べることが出来たという事が分かる。

貧しくて政治があてにならない国ほど、親戚同士の助け合いが増えるのは世界共通なのかもね。けど、新婚旅行でメキシコに行って、現地にいた日本人ガイドさんと会話した時、「メキシコの人との結婚は考えないんですか」「うーん、日本人は勤勉で稼ぐと思われていて、この国では親戚中からあてにされるから、大変なんですよ」と言ってたから。どんな生活様式にも正負の面があるって事を、生の言葉で聞かされるのは1つの良い経験だね。

この本に書いてあるように、「日本での生活・人生設計が型にはめられすぎて、そこからの脱線に容赦が無く、だからこそ息苦しい」という意見は良く分かる。
「一日の出費を500円(宿代込み)などと決めながら、物価の安い国を半年、一年と歩いていく旅のスタイルである。若者はなぜ、そんな修行僧のような旅に出たのかといえば、その背後には、先進国に生まれ育った若者が抱き始めた閉塞感があった。このまま社会に出て、父親のようにがむしゃらに働いて自分の人生は充足するのだろうか・・・・という疑問であった。生きるだけで精一杯の時代をすぎ、いくつかの選択肢が目の前に提示されると、若者は急に不安になってしまうものらしい。幸せな人生探しという隘路に迷い込み、それを突き詰めていくと、出口がみつからなくなってしまうということだろうか

この本は「日本を降りた若者たち」に対して優しく、かつ冷静な視点で書いてる。著者自身が新聞記者をしながらも、取材半分・本気半分の外こもりをしていたからこそ、書ける視点。本って、最初の数ページをざっと読んで、そこで感じるものが無ければ、棚に戻してもいいと思う。私はこの部分にかなり納得したから全部読んだけど、非常にためになった本でした。

外こもりやバックパーカに興味が無くても、会社を辞めたくなったら、その前に読む方が良いと思う。やっぱり社会人を8年ぐらい続けていると、自分が教えてた新人達が入社3年目とか5年目とかで辞めていく事がある。そんな彼らと話す機会が無いからこそ、ここに書いておく気になった。辞める前にこの本を読んで欲しい。それだけの価値がある本だと思う。「会社を降りること」と「日本を降りること」の間には大きな差があるけれど、会社を降りて、そして、タイに流れ着いた人たちの軌跡。

そこから浮かび上がるのは、本当の意味において、社会人はどんな態度で会社や社会と接していかなくちゃいけないか? 
この本は、最初は外こもりする人たちを丹念に優しく追っていくのだけど、本の最後で、こう述べている。

「日本で頑張れた人はタイでも頑張れる。タイで頑張れた人は日本でも頑張れる。タイで頑張れた人のなかには、タイでの経験を生かして日本社会に復帰して企業した人も少なくない」

頑張るという言葉に疲れた人たちにこの結論は厳しい。けれど、これが事実なんだろうね。真理は人を小馬鹿にしたようなオヤジに聞かされるのでなく、こういう本で体感した方が良いと思うよ。

著者自身も結論がこうなった事がイヤだったのだろうね。
本の最後で、
「結局、日本人は頑張るという言葉を巡って人生が展開される、そうも思える。いや、日本人というより、資本主義の世の中ではどこの同じなのかもしれない<中略>突き詰めると、近代がどういう時代であったのか、そして、近代資本主義がもたらしさ豊かさに対する問いかけなのかもしれない。」
と近代資本主義まで話を広げて終わらせている。

人類は基本的な衣食住のために頑張る時代が長く続いたから、今みたな文化的?な生活のために頑張るというのは、ある意味、目標としてあやふやかつ絶対でもない。文化的という意味が子供部屋の数だとすれば、確かにあまりに小市民すぎるけど、それが日本の生活の中での、分かりやすいバロメータなのかもしれない。

個人的に最終的に思ったのは、「逃げちゃダメ」ってこと。頑張るとかじゃなく、気持ちのどこかで逃げる要素があったら、次も上手く行かない。もちろん会社を辞めてリフレッシュするのも大事だと思うし、別に会社にしがみつく必要も無いと思う。けど、この世には、次に繋がる負けがあるハズ。

「逃げちゃダメ」っていうのは、冷静に判断すれば厳しいと思う。本人としては「精一杯の結果」と思いたいけど、他人から見たら「逃げ」って判断される事も多いだろう。だからこそ、「次に繋がる負け」

次に繋がる負けってのは、今と未来が割合として5:5ぐらいだと喝破する姿勢なのだろう。今がどれだけ悪くても、その失敗を将来に繋げれればいいのだから、物事の意味は、今の形だけでは決まらない。もちろん、場合によっては1:9もあるかもしれない。けど、0:10は有りえない。それは心が折れたから0になったのだ。ギリギリの地点での「1」は何? それが一番大事だと思う。


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個人的には、この1こそがSoulだと思うし、だからR&B-Soulを聴き込んでいる。そんな意味では、最後は音楽に繋がるけど、この内容はあちらのTOPには置けないよね(笑




HPで紹介していた本

Blog2を立ち上げたので、これまでHP上で紹介していた本へのLinkを張っておきます。こちらにリストがありますが、特にお勧めの本は紹介つきで。

読書力
趣味が読書と言える人は、読むのがお勧め。この本の言う通り、言葉を磨く事が感覚を磨く事に繋がるから。

あなたと読む恋の歌百首
和歌に興味が無くても、この本はお勧めです。あまり詩は読まないタイプだけど、和歌みたいに短い中の芸術には惹かれる。現在の一般的な恋愛ではメール上でのやり取りのウエイトが上がってきているからこそ、読む価値があると思ってます。

質問力 コミュニケーション力向上第1弾
コミュニケーション力を上げようと思ったら、相手の話を引き出すテクニックが何よりも大事になる。自分から面白い話をしようと思っているうちは二流です。一流は相手に話させる。それも8:2ぐらいの割合で。どんな人でも、大切にしている事があるし、親しい人とだけ話す内容がある。そんな部分も聞けるようになれば、会話で迷う事はありません。そのためには質問力です。

なぜか会話のうまい人たち コミュニケーション力向上第2弾
会話がうまい人ってのは、会話のフェーズを知っている。そしてそれぞれのフェーズで必要なことを知っている。このフェーズ理解ができた時点で、コミュニケーション力は2倍には上がると思う。特に、初対面の何気ない会話が苦手な人にこそ、この本を読んで欲しいです。

ウケる技術 コミュニケーション力向上第3弾
この本に書いてある技術はレベルが高い。苦手な人は読んでも困惑しか残らないと思う。けど、1〜3のステップを踏めば、きっと楽しめると思います。

ココシャネル 伝記・人生第1弾
この本を読んだ当初は、まさか映画にまでなるとは思わなかった。シャネルのバックや服を買うよりも、彼女の人生を追体験した方が得るものは大きい。

iモード以前 伝記・人生第2弾
就職戦線の過ごし方、社会人初期の過ごし方を学ぶ本としてはピカ1だと思います。

もてない男 伝記・人生第3弾
自分自身をもてないと思う男性は全員にお勧め。程よい被害者根性に共感できると思います。アラサー女性とかアラホー女性とか、話題になっている現在だけど、その年代で婚活している女性にもお勧めだと思う。

35歳以上の独身女性でイイ女。うちの会社にもいる。誰が見ても「イイ女」で35歳以上。皆さんの会社でも該当する女性がいると思う。そういう時代なんだよね。けど、そんなタイプな女性が「私が結婚してないように、この世には自分に合ったレベルの結婚してないイイ男がいるハズ」と思ってしまうと、永遠のボタンの掛け違いが始まると思う。だって、その思考は間違いだから。

「イイ女より、イイ男を作る方が難しい」
これがこの世の真理だと思ってます。そりゃそうでしょう。イイ女もイイ男も適度な恋愛経験が必須だから。そして男がSEXする方が難しいから。女性はその気になれば、(たとえ相手が遊びであっても)することはできる。その時点で、イイ男・女になれる候補の絶対数が違う。個人的には、1:5ぐらいの割合だと思うな。もちろんSEXすればいいって話じゃない。けど童貞でイイ男って有りえない。100歩譲っても、それはイイ人であって、イイ男じゃない。

もちろん昔は「素人童貞」とかの言葉もあった。けど、最近は、そういうタイプの男性自体が減っている気もする。毎年、新人教育で飲み会に参加してると痛感するよ。そもそも秋葉原事件でも、裾野の会社の同僚は彼をそういう店に誘ったんだって? いい先輩だよねぇ。けど、これを「いい先輩」と分類する風潮がなくなって来ていると思う。フクシが「魔法使い」にならずに結婚したのはどちらでもいいんだけど、そういう言葉が流行る時点で時代は変わってるよ。そこに気づかないと。

当然ながら、イイ男の必須条件には生活力もある。誰に聞いてもイイ女とイイ男に求められる年収は男性の方が厳しいでしょう。浮気したがるのも男の方が強いだろうし、イイ男は不倫はしないだろうし、そのラインも考慮すると、イイ男とイイ女の人数差って1:10ぐらいはあるんじゃないかと思います。

その上で、30歳を越した独身のイイ男が断然少ない。正確な統計データがある訳じゃないけど、周囲を見ると良く感じる。同性から見てもイイ男なんて、90%は30歳までで結婚してます。そりゃそうでしょう。本当にイイ男なら周囲がほっておかない。流石に「大学の最後の年に青春18切符で日本横断しようと計画してたら、今の奥さんがその旅行についてきてさ」とまで聞いた時は、あんぐりしたけどね。確かに彼は大学卒業後1年で会計士試験に受かった位に頭が良くて、今まで会った男性の中でもMAXレベルの爽やかな男だったけど、さすがにその女性の決断には脱帽してしまった。けど、本当にイイ男なら、女性はそれ位するんだね。そこら辺が分かってないと「負け犬の遠吠え」状態になると思ったりも。遊びたがりのモテルタイプの男もそう。まともな男なら30歳過ぎて女遊びなんてしないって。それは単なる病気です。そういうタイプの友達も皆、30歳前に結婚してたよ。というよりも30歳以降の女遊びはオネーチャンの店とかになって経済力勝負になる面も大きいのかもね。

だから、35歳の独身のイイ女に見合う、同じ年齢の独身のイイ男の割合って1:100ぐらいになる気がする。もちろん、もうちょっと正確な数字の割り出しはできると思うけど、確実に1:30はあるんじゃないかと思ってます。

という事で、何でこんなに書いてしまったのか自分でも謎だけど、そこら辺も踏まえて、「持てない男」を読んで楽しんで欲しいと思ってます。



「ダメな自分を救う本」 石井裕之

「こんなベタな本を読んでいるんですか?」と言われそうだけど、本は雑食なんで何でも読みます。特にこういう本は本当に落ち込んでいる時はドンピシャ過ぎて読めないから。落ち込む前に読んでおいた方がいいです(笑

流石にベストセラーになっただけあってイイこと書いてます。逆に作者は最近、本を量産しすぎな気もする。けど、この本はその中でも一番お薦めです。右の画像をクリックしてアマゾンのコメントを読んでもらえば分かると思うけど、この本には大きく二点のポイントがある。

「潜在意識は否定形を扱えない」
「スリッパをそろえること」

スリッパの例は皆が絶賛するぐらいにいい。ついつい出来もしない目標を新年に掲げてしまう人はぜひ見て欲しい。けど、個人的には潜在意識についての話の方がお薦め。ポジティブ・シンキングの大事さは誰でも言うけど、それを理論的に説明したのは、この本が始めてじゃないかな。

確かに私の研究テーマのAIであっても、否定形の取り扱いは大事。その点から言えば、「潜在意識は否定形を扱えない」のでなく、「否定形で言われると潜在意識が制限されて、その真価を発揮できない」と言うべきだと思うけどネ。それもこの本を読んで気づいたから、感謝してます。

そもそも大前提として「自立する」のと、「自分をダメだと思う」のはかなりイコールだと思うのだけど、それは同意されるのかな。エヴァンゲリオンもそう。95年のテレビの最後の「シンジを皆が囲んで拍手してる」構図を見ながら、「それって月に一回はとことん自分自身に落ち込む人生だよ。それを勧めるのか・・・」と思ってたから。

この本は最初に、「自分をダメだと思うは貴方は本当にダメではありません。たとえばゴキブリ。ゴキブリは自分自身をダメだと思いますか? そんなの思いませんよね。自分自身をダメだと思うのは理想がある人の捉え方なのです」という内容の言葉から始まる。凄く優しいよね。

以前に読んだ「性格とは口ぐせの事です」と喝破してた斉藤孝の本も良かった。やっぱりこれも事実なのだろう。けど、個人的にはポジティブ・シンキングは嫌い。反省は反省としてちゃんとすべきだと思うし、ポジティブ・シンキングしか出来ない人は、本当の意味でポジティブなのか?と思うから。

「潜在意識に否定形を入れない」というのは正しいと思う。これは単なるポジティブ・シンキングでは無い。この違いこそが大事だと作者も言ってたけど、そこを詳しく書いて無いのが不満。もうちょっと、その点を掘り下げて欲しかった。けど、凄くいい本ですよ。

これ以上の考察はこちらで。






「朝、会社に行きたくなる技術」 梅森 浩一

「こんなベタな本を読んでいるんですか?」と言われそうだけど、本は雑食なんで何でも読みます。特にこういう本は本当に会社に行きたくない朝に読んでも手遅れだから。そうなる前に読んでおいた方がいいです(笑

日曜日のサザエさんを見終わった時、「あー、明日から会社だ・・・」とは誰しも思ったことがある感情だろう。社会人になる前にバイト等で働く→お金を貰う経験をしていても、やっぱり会社が持つ圧迫感は違う。

モッタイぶったタイトルよりも、こういうベタでストレートなタイトルの方に惹かれるから、見つけた時に思わず手にとってしまった。ペラペラ読んでたみたら、文章の軽快なテンポが心地よい。一時間ぐらいで読めるぐらいの量なのに、中身がかなり良いのもお薦めです。

この本の何が一番いいかって、「朝、会社に行きたくない」と思っている人=会社での仕事にストレスを感じている人の原因を3つに分類している、その軸なんだよね。

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この本は様々例を取り上げて、「サクっと診断」ってノリで、この3つに分類してる。それが凄くいい。やっぱり振り返っても、この3つしか無いよ。もちろん「お客がダメ」ってのもあるけど、それは突き詰めると真因にはならないと思います。

仮に「お客がダメ」だとしても、そんな見込み薄のお客にアプローチするしかない、戦略性の欠如した会社の方針がダメだと思う。もちろん見込みがあっても、人間的にイヤな客もいる。けど、それでも自分を評価する人⇒上司を巻き込めば、そこで失敗しても「まあ、あのお客相手ならしょうがないよ」と判断してもらえるから。そんな意味において、やっぱりこの3つしか原因は無いと思う。

その上で、大事なのはこのバランスです。
個人的には、新人の時ほどの割合が大きいと思う。担当した新人達のその後を見ててもそう。下手に学歴がある人ほど、が原因であることが分かってない。この本は最初に,筬△領磴鮓せた上で、上手にを出している。だから、ついつい「あ、そうか、俺自身の態度が原因か」って伝わると思う。こんなステップを踏んでくれている点が作者の優しさだね。なるべくならば、新人のうちの、周囲がお客さん扱いしてくれてる間に、この本を読んでおくのを勧めます。

今流行りのブラック企業じゃないけど、やっぱり原因が,了もある。
この本はそこら辺もしっかり診断してくれるんだよね。「そういう会社なら、さっさと貴方が見切りをつけるべきです」ってな診断結果もあって、気持ちが救われるだろう。個人的にも「これなら転職すべきだろう」と思ったときに、そういう回答が次ページに書いてあってかなり同意できた。

ということで、この本を勧めた理由は十二分に伝わったと思うので、この先は私が個人的に思っている事です。



社会人になってもうすぐ10年目。なぜか人材開発部門に配属になって、業務の50%ぐらいは1,2年目の新人への教育に携わっている立場から言うと、「会社に対してストレスを感じてしまう人のタイプ」って明確にある。

その一番のポイントは、「人間各々に良い所とダメな所があるように、会社各々にも良い所とダメな所がある」っていう事実を認識しているかどうかなんだよね。

理想の会社なんて理想の人間と同じぐらいありえないから。会社に対して人よりも文句を多く言う人ほど、「君自身にダメな点は無いの?」と聞くと、質問自体を全否定するか、固まっちゃうんだよね。

不完全な人間が集まって出来たものが完全になる訳ないんだよ。

それがシンプルなこの世の事実です。結婚だってそう。完全な夫婦なんて見た事も聞いた事もない。お互いが好きで始まる関係であっても、お互いの悪い面が出てきて、結局離婚してしまう事だってある。単にビジネス上の目的だけで集まった人間同士なんだから、集団として見ればダメな所の方が多くて当たり前なんだよね。

とりあえず働く事が出来て、働いた分だけお給料をもらえることが、最初の幸せじゃん。
「福利厚生とか考えると、給料の3倍ぐらい会社に貢献して、始めて会社は回っていける」というのは新人の一番最初に聞いてるはずなのに、「新人教育に費やした費用を考えると、本人が3年間ぐらい働いて、始めてペイできる」とも聞いてるハズなのに、そこら辺がごっそり抜け落ちている人がいるのが・・・。

ダメな部分があるのはしょうがない。人間にも会社にもある。けど、ダメな所を直そうとしている人はそれだけで魅力的だと思うよ。同じようにダメな所を直そうとしている会社も、それだけで勤める価値があると思ってます。


入社3-5年目の不満って知ってるかな。
仕事も覚えて、徹夜も経験して、周囲の仕事内容も分かった頃に、「俺って、この会社で損してるんじゃないか?」と思ってしまう気持ち。「○○の部署の人は仕事も楽そうだし、給料も多いようだし・・・」とかの愚痴が出てくる頃です。新人の頃の不満が「組織に対する根本的な誤解」とか「本人がダメ」なのに気づいてないのが多いのに対して、こちらの不満はなまじ正しいからこそ、どう答えるかが難しいんだよね。

「隣の芝生は青く見えるもんだよ」で納得してくれる位の"出来ている人"ならば問題ないんだけど、「あー僕も人材開発に異動したいなぁ。若井さん見ていると、楽そうだもん」とか言われた日には「オイオイ・・・」と思いつつ答えに悩みます。まあそんな自分も講座後のアンケートでけちょんけちょんに書かれると、「あーー、俺もアンケート評価がない公立の教育機関(小中高大)に行きたいな」と思わない事も無い(笑 

けど、講師2年目からはそこまで酷いアンケート結果は無いから、逆にアンケートが楽しみな事の方が多い。流石に「今度、恋愛相談に来ますね」とまで書かれて、「お前、何やっているんだ?」って課長から小言を言われるのは困るんだけど(笑 そんな現状を踏まえたの上で、真面目に答えます。

「この世に完全かつ平等な配分方法は無い」
共産主義への結果が出た時点で、これはこの世の真理になっている。それを会社にも応用して欲しいです。平等な配分をお題目にしながら、結局、官僚ばっかりがイイ思いをしてた旧ソ連を見ててもそう。最近は名古屋の河村市長が有名になっているけど、自分達の給料を自分達で決めている人はやっぱり腐敗するし、それは人間の性だと思ってます。だから個人的には市議会議員の給料は市に住んでいる人達の平均給料を元に算出すべきだと思ってるんだけど。

そんななんなで、会社においても利益の分配でゆがみが出るのは当然です。だからこそ、「現場で苦労して成長している人が、昇進していくような仕組みになっている」かが大事だと思う。後輩にはそう答えています。

最後のにひとつだけ。
この本のサブタイトルにも書いてある通り、ストレスをコントロールを出来る人が伸びる人。ストレスがゼロってことは有り得ないし、適度なストレス=チャレンジを経験しないと人は成長できない。ただ、ストレスの量は本人の容量を考慮してくれない事も多いから、なるべくストレスに強い人になっている方が良いと思う。ストレスに強くなるには仕事以外に打ち込める事を見つける事だと思います。仕事の周辺分野で(完全に仕事とイコールじゃない場所で)、打ち込めることを見つけると、最終的には仕事にも良い影響を与えるんじゃないかな。個人的には、人材育成という意味において、Blog1も2も最終的には仕事で役立っている気がしてます。





「直観でわかる数学」 畑村洋太郎


「頭の良さの本質とは何か?」これが私が思うAI(人工知能)の2大テーマのひとつです。もうひとつは「感情の根源は何か?」です。そう思って研究をしていた10年前の院生だったけど、テーマが大きすぎて破綻して、今では普通に社会人生活を送っている(笑 けど、今でも休日はこのテーマをライフワークで追っかけています。 

「頭の良さの本質とは何か?」の現在の私の暫定解が「抽象概念の操作」のレベルになる。

一番抽象概念を使うのは数学科の人です。だから、理系の人は密かに数学家が一番頭が良いと思ってて、文系ってのは高校時代に数学に付いていけなくなった人が行く所だと思ってる面があるのは否定できません。

この本はものすごく良いです。ハッキリ言って、文系出身者は全員に読んで欲しいそれだけの価値がある本です。理系出身者でも対数とか複素関数とかがイマイチ腹から納得できてない人は読んで欲しい。本を読んだだけで頭が良くなると言えるのは、この本と長沼さんの本だけです。著者の畑村さんも長めの前書きで長沼さんの本を薦めているしね。

この本のイメージを初めて意識したのは、19歳で大学に入学した直後のことだった。数学の講義を聴いてもチンプンカンプンでさっぱり分からなかった。<略>
なるほど、東大に入れただけあって、分からないながら問題は解ける。しかし、どうも胸のつかえが下りない。なんだかモヤモヤするのである。<略>
自分には問題を解く技術(スキル)はある。しかし、数学の本質がわかっていない。そう気づいたら、数学の本質をガッシリわしづかみできる本が欲しいと思うようになった。しかし、そんな本はどう探しても見つからない。結局、自分の頭だけで考えていくしかないと観念した。
※私の知るかぎり、長沼伸一郎著の本だけがそれに近いものである
<略>
なんとか自分なりにその本質がわかったと心底思えるようになったのは、定年を間近にひかえた還暦の年である。これだけ苦労して考えたことも、私がお陀仏になればそれっきり消えてしまう。いつか定年になって時間が取れるようになったら、絶対本にしてやろうと思い続け、、、

この前書きで買い決定でしょう。私も山ほどの本を読んでいますが、このコンセプトに該当するのは、長沼氏と畑村氏の本だけです。数学家の志賀氏の本もいい線に行っているが、もうちょっとラディカルに数学の世界から出て書いて欲しいなぁ。世の人が求めているのは定理や数式じゃない。その奥の概念だから。ただ、「数の大航海」という対数の誕生と広がりを書いた本はかなり面白い。純粋に読み物として読めるし、対数の必要性が歴史的経緯から、腹の底から理解できると思う。


その時々の生産量が社会全体の活動の伸びに比例している工作機械業界は「微分型産業」と呼ばれる。一方、それまでの生産量に比例して商売の大きさが決まる保守や修理業は「積分型産業」と呼ばれる。
いやー、この分類は始めてみたけど、本質をついてるね。センスがある人は微分と積分を概念から上手に使いこなす。以前にも書いたけど、「彼がしているのは言葉の微分だ」と表現できる人は、文系でも最高級だと勝手に思ってます。そんなセンスは、この本で身につくんじゃないかな。

第一章の最初の言葉も面白い。
サイン・コサインと聞くと、高校時代の友達が「サイン・コサイン大キライ」と言っていたのを思い出す。
ってナイスな始まり方。やっぱりこういう本を読むべきで、こういう本が増えると世の中は良くなるよね。ということで、己が進むべき方向が分かっている人で、この本を必要としている人は、ここまでの紹介で必ずこの本を読むと思うので、紹介はここまでで(笑


ちなみに本当に突き詰めるならば「抽象とは何か?」自体を突き詰める必要がある。その結論はまた別の機会で。「感情の根源」の結論もそう。4つです。喜怒哀楽の4つじゃないけど、4つです。これについては、私のライフワークの到達点の一つなので時期が来るまで書きませんが(笑

 



「物理数学の直感的方法」 長沼伸一郎

この本こそが私のバイブルです。[勉強]と[概念]と[真の頭の良さ]に関するバイブルです。同じ時期に発売された「ノルウェイの森」よりも売れた事があるというのはダテじゃない。

何よりもアート
。偉大な数学者は数式にアートを感じるというけれど、そんなの全く感じた事は無いけれど(汗、この本を読むと誰でもアートが伝わると思う。そんな意味では映画にもなった「博士が愛した数式」に近いかもね。あの本の独特の静寂感と優しさも良いけど、高度な概念を分かりやすく説明するという点で、この本以上はありません。

初めて読んだ二十歳の頃は感動とショックで涙が出そうになったけど、その気持ちは今でも続いている。この本以上に頭を良くしてくれる本は無い。最近は分かりやすい説明として、色々とテレビに出ている人もいるけれど、この本以上の切れ味は無いし、この本ほど難しい題材を取り扱っているワケじゃないと感じる。

別に時事ニュースなんてどっちでもいいんだよ。ちょっとネットを調べればすぐに背景とか分かるから。それよりも高度な数学の抽象概念。ネットで探しても探しても数式の山に迷い込むだけだし、自分自身の頭で考えても絶対に分からない。(少なくとも自分はそうだった) だからこそこの本です。微分積分から始って、虚数iとオイラーの等式、複素積分、解析力学、何よりもマックスウェルの方程式、そんな迷宮が、この本のおかげで全ての霧が晴れた。

このタイトルと表紙の絵だと、文系の人には手を出しにくいと思う。実際、数式が多いから、文系の人は本を見て判断するのを薦めます。畑村さんの本は逆に文系の人にお薦めで、理系だったらあの本は簡単すぎるかもね。そんなデキル理系の人にこそ、この本を勧めます。この本こそ数学の難しい部分を分かりやすく書いてくれてるから。

個人的には、この本を書いただけで人間国宝に認めるべきだと思う。それだけのレベルです。今後、日本がBRICsに追いつかれないように発展するためには、こういう本を使って国民全員の抽象概念に関するレベルを上げるしか無いんじゃないか?とまで思っています。「最先端の世界をもったいぶらずに率直に分かりやすく説明すること」すなわち「知識の高速道路」を作る事。 ネット社会になって色んな事が調べやすくなったけど、 「高速道路」とまで言えるレベルは少ない。最近は脳科学なら池谷裕二氏がこの事を意識してくれているけど、国全体で見ればまだまだ足らない。もっともっとこういう分野を育てていかなくちゃ。税金はそういう事に使って欲しいと、納税者の一人としては思います。

もちろん周囲にも勧めてます。私の周りは「微分積分ぐらいはちゃんと分かってるよ」「行列と固有値ぐらい当然だろ」と言うたけど(笑、このオイラーの等式やマックスウェルの方程式の部分は感激するから。このレベルを自分自身の頭で考えて分かるのは100年に一人ぐらいだし、日本におけるその一人が長沼さんだと思ってます。

会社の社内講師として、一応、教育業界に属している身として、講師の価値って突き詰めると一つしかない。「どれだけ難しいことを、どれだけ分かりやすく教えれるか?」 その点において、この人が真のカリスマ。教育業界に属しているなら、一度は読む価値があるし、中高の数学の先生の必須読書でしょう。法律作ってもいいぐらい。この本をちゃんと読んで授業をしてくれれば、それだけで国民の数学のレベルが倍になると思うな。

第二版で追加された作用マトリックスと固有値が1+k△の時の分類は非常に面白い。二乗成分をスイッチ演算子で表現するのもCoolだし、系における流域面積の議論も素晴らしい。こういう内容をぜひ社会学系に応用して欲しいが、これはこの本を若い頃に読みこなしたデキル文系の人にお願いすべき内容かもね。

経済学の学生向けに、超基本的な所から偏微分方程式までを一気に理解できる、平易で噛み砕いた内容の本を書けば、大ベストセラーになると思う。微分積分ぐらいなら巷にあるけど、偏微分方程式をその概念まで分かりやすく表現できるのは長沼氏ぐらいだと思う。けど、根本的にこういう方向性がキライなのかも。。売りに走らない態度も好きだけど、もうちょっと現世的な成功を求めても良いかも・・・と思う時がある。





「のうだま やる気の秘密」 上大岡トメ&池谷裕二

日本で一番勢いがある脳研究者:池谷裕二氏の本の中でもいちばんチャライ本です(笑 「単純な脳、複雑な私」が一番お薦めなのだけど、この本の紹介はまた今度。今日は脳科学の中で「やる気」にフォーカスした、イラスト豊富なこの本をっご紹介します。

本のしょっぱなから「計画を作るのは好きな私。けどいつも三日坊主。そんな時、池谷さんの本で「脳はあきっぽくできていて三日坊主は当然である」を読んで・・・→もしかして「続けるコツ」ってあるのかも??」
という流れで始るから、凄く読みやすい本です。
逆さに見ても平易に書いてあって、コンビニに置いておけるレベルになっているのが素晴らしい。他の本と比べると新事実は少ないのだが、やる気の源=「淡蒼球」という部位はこの本で初めて知った。

「玉を追うといえば里見八犬伝しかりドラゴンボールしかり犬夜叉しかり。なんだか冒険のにおいがプンプンしてワクワクします。それも淡く蒼い色となれば、ますます神秘的!」

と書いてある通り、凄く読みやすい本です。30分ぐらいの気軽さで読める。「せっかく元旦に決めた計画が、ぜんぜん達成できないんだよね」という子供や恋人にちょっとしたプレゼントするのに相応しいのが素晴らしい。池谷氏の他の本は脳に興味ない人にはちょっと重いからね。

私自身もこの淡蒼球(たんそうきゅう)という名前はカッコいいと思う。淡い蒼か。「蒼天(そうてん)の蒼(あお)ですよね」と言われると、「おおっセンスあるなぁ」と思う。最近の北斗の拳で皆知ってるかな? いつかモンゴルで本当の蒼天を見てみたいというもの。

「しかしこの淡蒼球、自分の意思で動かす事ができないところが難点」ということで、
・体を動かせ
・いつもと違うことをしろ
・ごほうびをあげろ
・なりきれ
の4つを勧めてます。あれ、ネタバレ?

ということで、興味がある人は読んでみてください。


ここからは私の個人的な体験談をふまえつつ「やる気」について説明します。

三日坊主・・・よくありますねぇ。人生が三日坊主の気もします。元旦の計画なんて守った事もなければ、受験で過去問が終わった事も無い。だめですね、それが習慣になってしまうのは。。学生時代は時間だけはあったから、三日坊主でも嫌々でも、長い時間の中でチマチマやればそれなりに続いた面があった。けど社会人になって真面目に英語をやろうと思って、自分自身のダメさ加減がトコトン イヤになった。

その時、一番参考になったのは池谷氏の本です(沢山読んでいるので、本の名前は忘れた)
何が参考になったって、「最初の10分間はやる気は出ないのが当然」という事実。それを私なりに要約すると「やる気に満ちた朝をなんてのは10%ぐらいしかない。トコトンやりたくない朝が30%で、残りはぐずぐずした朝だ」という事実につきる。

5年ぐらい前かな、朝、早く起きてTOEICの勉強をしようと決めた。楽天創業者の三木谷氏はハードな銀行員時代に出社前の朝1時間の英語コースに通って英語を鍛え、会社からハーバードに留学して・・・とか読んだし、学生時代を色々と反省すると、やっぱり英語から逃げていたのが一番のダメさだったので。

けど、人口20万の都市に朝からやってる英会話教室なんてない(笑 特に私の働いている場所が丘の上で周りは茶畑しかない。だから、朝、会社に行って勉強する事にした。どのみち朝は時間外勤務にならないし、特に会社としても問題無い。家でやるより会社の方がまだ真面目に取り組むと思ったので。

けど、それでも続かないんだよね。やらないときの罰則が無いから。身銭切って英会話教室に通ってるワケじゃないからねぇ。かといって自分で作った罰則なんて、自分で作った計画と同じぐらいにすぐ破る(笑

だからもっと違うアプローチが必要なんですね。
「最初の10分間はやる気は出ないのが当然」という脳科学の事実に加え、他の本も参考にして、やっと分かった。「朝、いつもより早く出社する」というのは重い。そんなやる気は凡人には生まれない。だから、「朝、早く起きて、顔を洗って、歯磨きして、ベランダに出てハーブに水遣りをする」これを5〜10分かけて実施して、それでもまだ寝たかったら、寝ればいい。

こう決めてから、不思議と前よりも続くようになった。やっぱり洗顔と歯磨きは眠気を飛ばすし、ベランダに出て外の空気を吸うのも大事。こんな風に行動をすると、脳にやっとスイッチが入る。

ということで、私が言えるのはこれだけです。

けど、結局、TOEICは会社の海外赴任のボーダー:750点に10点足らず、海外には東大卒の同期が行く事になりました。。やっぱり、俺の人生は甘いなぁ。。残業時間は彼の半分以下だったのにね。。HPやブログやってるせいかも?こんだけの軽い文章も50分かかるらねぇ。HPの長いレビューなんて2時間かかることもある。。まあ、それは自分で決めたことなので、そのせいにしてはいけません(笑




「若者殺しの時代」 堀井憲一郎

この本は色々な場所で論評されているし、皆さんの意見にはかなり同意している。論評から育った年代がうかがえるの楽しい点。バブルというのはそれだけ日本においてエポックメイキングな事だったんだろう。

クリスマスが恋人たちのものになったのは1983年からだ。そしてそれは同時に、若者から金をまきあげようと、日本の社会が動きだす時期でもある。「若 者」というカテゴリーを社会が認め、そこに資本を投じ、その資本を回収するために「若者はこうすべきだ」という情報を流し、若い人の行動を誘導しはじめる 時期なのである。若い人たちにとって、大きな曲がり角が1983年にあった(こちらから引用)

堀井憲一郎氏によると、「損得」で考えた場合、戦後から昭和の終わりころまでの日本社会では、「若者であることが得な時代」が続いていたのに、いつの間にか状況が変わり、現在では「若者であることは別に得ではない」時代になってしまったといいます。もちろん、厳密に考えていくと、何をもって「損得」の基準にするのかという話になってしまいますが、とりあえずそういう問題は抜きにして、何となく直感的に判断するなら、私もそんな気がしています。(こちらから引用)

“80年代に女の子が恋愛のレートをあげて、結果としてみんな不幸になった”
堀井氏は、「80年代に女の子はお姫様になった」と指摘。お姫様は王子様が現れて、自分のために完璧なクリスマスイブを用意してくれると期待する。高級フレンチにブランドワイン、食後は一流ホテルのバーに生バンド、当然お部屋が予約してあり翌朝はルームサービス。プレゼントはティファニーの・・。最初は(それでやらせてもらえるならと)この流れについていこうとした男性。でも数年ほど頑張った後、90年代半ばから男性はついてこられなくなる。当然です。給与もあがらないのに続かない。(こちらから引用)

個人的には「漫画への言及が多すぎる」に同意するけど、作者本人が漫画研究会出身ならば当然かもね。もうちょっと学生のアルバイト代とかのデータが欲しかったけど、それは細かい点です。根本的に良い本だから。その上で思うことは、「若者をターゲットにした」というより単純に日本が豊かになって、遊ぶお金のためにアルバイトする学生が増えた結果じゃないのかな。「大人たちの陰謀」というよりも、そういう消費層が出てきたからアプローチしたんだと思う。「若者が踊らされた」というより「若者の可処分所得が増えてきたから、売りつけるようになった」の順序。もちろんこの両者はお互いに影響しあってスパイラルになると思うけど。

逆に今は「就職活動の交通費(地方から東京に何度か通う)ために、まずバイトから始めなくちゃいけない」現実もあるとの事だから、それだけ日本が貧しくなったのだろう。昔の就職活動は全部企業もちだったと聞いたことがある。だから、最後に「若者を狙って絡めとる社会から逃げろ」と言っている著者のアドバイスは必要なくなってきている現実もあるのでは。絡めとるモノ自体が減っていると思う。

ここら辺までが一般的な論点。その上で個人的な感想です。
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語り口が村上春樹に似ている。喩えをひとつ見てもそう思う。村上春樹の元ファンとしては、ちょっと気になってしまった(笑 その上で、この作者:堀井憲一郎の視線は、今回の本のテーマを横においても読む価値があります。

あんなせこいペテン師は叩けばいくらだってほこりが出る。というか、ほこりを全部はたいたら、本人がなくなっちゃうよ、というタイプの人間だ。あちらこちらで小さく騙してきたせこいペテンが次々と明るみにでて、栗良平は、感動の童話作家から小ずるいペテン師へとなりさがってしまった。そんなの、どっちも本人が持ってる資質で、どっちに光を当てるかだけだろうとおもうんだが、世間はそうは見てくれないのだ。「せこいペテン師にだって、世間を感動させる物語が作れるなんて、それこそいい話じゃないか」と僕は思ったが、誰もそんな擁護はしなかった
一杯のかけそばは確かに覚えてる。小学生ぐらいだった。この後日談があったのすら知らない年頃に聞いたのは確か。このコメントは非常に本質を突いているし、優しいと思うな。
やはり爆発的に売れるのは、内容よりもタイトルなのだ
と言っているのも納得。もちろんタイトルだけじゃダメだけど、「タイトルの時点で読む気にさせないとリーチが短くなって、どれだけ中身が良くても社会現象までは行かない」というのは正しいのだろう。

ディテールには説得力があるが、前後のディテールが矛盾している。ペテンの基本だ。大きな枠組みを信じさせて、あとは説得力のある小さい話を継ぎ足していけば、人は信じるのだ。矛盾なんか、気にしなくていいのである。細かいことは気にするな。それが目の前の人を説得する基本である。文章にしたとたん、一挙にウソがばれてしまう。<中略>ヘタな落語家は理屈で解決しようとして余計な説明を加えるが、うまい噺家は押し出しと迫力とテンポによって、つまりはペテンの力によって、矛盾を矛盾のまま納得させてしまう。栗良平にも、そういううまい噺家と同じ資質があった
これも完全同意。最近は会社の中でもコミュニケーション力とか色々言われているけど、この文章を噛み締める所から始めた方がいい。宗教の経典だってそう。矛盾があるし、結局、人間自体が矛盾を抱えて生きているのだから、矛盾を矛盾のまま納得させるのが本当のプロの世界。

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クリスマスの変遷の話は非常に面白いのでぜひ本を買って読んでください。クリスマスにはこちらに書いたように色々と思うことは多いけど、そこら辺はパスで。クリスマスを話題にした中で一番気に入ったのは以下の文章。
昔の雑誌を介して怒られるのは理不尽なのだが、怒っている内容は正しい。女性に怒られるときは、いつだってそうだ。入口は間違っているんだけど、指し示しているポイントがおそろしいほど正確なのだ。何も言い返せない
作者はいい恋愛をしてきたんだね。こう痛感している男は幸せだと思うよ。

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ディズニーランド:女の子の希望を優先する世界
ここら辺からがぜん楽しくなってくる。そもそも男でディズニーを好きなのは30%いるのかな。女性でディズニーが合わないという人は、今まで周囲を見渡して3%未満だね。結果としてよく聞くのが「毎年ディズニーランドに行く彼女にしょうがなく付き合う彼」の構成だから。

そもそもディズニーランドはウォルトディズニーというおじさんの頭の中に存在していたものだ。自分の頭の中の世界が大好きだったウォルトは、その世界を具現化させるために細心の注意を払った。悪意と混沌と征服欲を分かりにくく底にしずめ、表面をきれいにコーティングした。<中略>ディズニーランドは「あるおじさんの妄想的世界の中にすんなり入れる人」しか楽しめないのだ。もちろん、すんなり入れる男の子もいるだろう。でも、ふつう、男は他の男の妄想世界が苦手なのだ。自分の妄想の方が正しいと思ってるため、人のフィクションを受け入れにくい。女性はそんなややこしい観念に興味が無い。楽しければいい。意味なんか求めない。男はすぐに自分が納得できる意味をさがす。でもディズニーには納得できる意味は用意されていない。
刺激的な言葉を使っているが、言っていることは非常に本質的。妄想→空想。悪意と混沌と征服欲→何度も人が来てくれる場所を作るためのマーケティングセンス、と読み替えればディズニー好きの女性も納得するでしょう。下線部は面白い視点だけど、ちょっと違うと思う。フィクションがイヤなら男性向けの小説だろうが何だろうが売れないのだから。フィクションがイヤなのでなく、女性と子供を狙った世界観がイヤなのだ。男が最初に拒否したのか、ウォルトが最初に拒否したのか謎だけど、少なくとも男性はディズニーランドに求められてないと、個人的に感じる。それはあの4頭身ぐらいのミッキー達のせい? 個人的にはラピュタの巨神兵があるジブリ美術館は好き。もしラピュタやナウシカの主人公達が4頭身ぐらいだったら、、、やっぱりパスだったかも。ジブリの中では比較的低い等身のトトロ(トトロ自体と妹ね)はやはり子供向けだと感じるしね。

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女の子の機嫌をうまくとらないと、相手にしてもらえなくなった。女の子は勝手にお姫様におさまってしまった。遊び場の賭け金を、女の子が上げたのだ。場が高くなると、結局、ギャンブラー本人の首をしめるのだが、女の子はそんなことは気にしなかった。女の子がつりあげた掛け金は、90年代になって、まわりまわって性商品をオープンにしてしまう。<中略>金がない若い男はわりを食う。90年代は女の性商品がオープンになり、若い男は性に対して二極化してゆく。二極化というのは、「ただでできる男」と「ただでできない男」の差がとても大きく広がっていくってことである<中略>何でもない男はただではやらせてもらえなくなり、何でもない女性は自分のどこを売ればいいのか分からなくなった。
この議論こそがこの本のコア部分であり、この内容を同意できる人は楽しめる本だし、同意できない人は無理して読まない方がいいと思う。その上で、根本的に考えたい。

「恋愛は男から動く必要がある」
昔は当然だった。今はこれに疑問をもつ若い男性も多いみたい。自分自身も昔は納得してなかった。「より好きな方が動けばいい」とシンプルに思っていたから。けど、30歳を越して分かるのはSEX→妊娠に関するリスクの差。やっぱり女性の方がリスクは大きいし、大きい方が及び腰になるのは当然だし、恋愛とSEXを完全に切り離すのは難しいし、結局、恋愛から男が動く必要がある。これが一般回答。

一般回答ってことは、応用編があるってこと。
以前にも書いたけど、「とことん好き。けどするんだったら、その後、家財道具もって押しかけるわ」これが一番です。ここまでストレートに言ったら失敗するけど、根本的にはこの態度で、あとはどれだけ状況に合わせてオブラートにするか?の違いしかない。「浮気したらあんたを殺して私も死ぬわ」と男性に思い込ませれば、それでOK。それでも浮気されたら宣言した通りにするか、素直に諦めるか、どちらか選べばいいんじゃないかな。ここまで言っても浮気されるならいつかはダメになってたし、早めに気づけてよかったと思うしね。そういう意味で物事の順序とラインさえ間違えなければ、惚れた方から動いた方が良いと思う。そこら辺はこの傑作本を読めば体得できると思うけど。

「ただでできる男」
若いうちにモテルのはかっこいいかスポーツができるぐらいだね。25歳を越すと将来性(卑近に言えば働いている会社)とかも考慮になる。男の中で差が広がったのは、シンプルに昔は婚前性交が少なかったから、モテル人でもSEXまではなかなか無理だっただけじゃないかな。単純に自由にすると勝ち負けがはっきりするのは経済現象と同じというべきか。
その上で、もうちょっと掘り下げたい。

本当に80年代の女性は高級ホテルならば良かったの?
女性は「私のためにこれだけ頑張ってくれた」という結果を見たいのであって、本当に高級ホテルならOKならば、金持ちのオヤジでも良いのだから。若者がバイト等で頑張れば10万円くらいを一月で稼げる時代になって、その頑張りに対して女性はOKを出したのだと思うのだけど、どうですか? 根本的には女性は今も昔も「お前だけをとことん好きだ」と言われたい(ストカーとか陰湿な方法じゃなくて)のであって、その表現方法が社会と共に変わっているだけの気がする。あの頃、男も女も老いも若きもバブルに踊ったのは事実だろうけど。

ただ、「美男・美女」に関しては確実にレートが上がったと思ってます。
それは、一家に一台のテレビから、一部屋に一台のテレビに変わったのが一番大きいと思う。人間は毎日見慣れたものが基準となるから、自分の部屋でいつもアイドルばっかり見てたら、どうしてもそれと比べ始める。けど、あれだけの美男・美女なんて街には1000人に1人もいないから、TVが無ければ一ヶ月に1人も見ないワケじゃん。映画があった時代であっても映画を毎日見る人はいないでしょう。トレンディードラマの流行よりも、それを部屋で1人で見れる状況の方が大きいと思う。一家に一台のテレビの頃は、いくら少年少女がアイドル見たくても、親がホームドラマや寅さんとかを見て、それで中和されていたと思う。ここら辺が個人的な推論結果。

そして今はネット等で昔よりも美男美女へのリーチも広がった。それと同時に整形も流行しすぎて、最近はアイドルみるたびに整形率を考えるぐらいの雰囲気になっている。結果、ちょっと顔のパーツが崩れてる方がなんか安心してしまう時代(それがAKB48?)になりつつある気がしてる。ネットに溢れる情報の中にはアイドルの裏情報もあるし、人々がアイドルに幻想を抱く期間も短くなっているしね。「こんだけ可愛いんだからウンコしてないはず」とか思ってる人って流石にもういないでしょ。

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宮沢りえのヌードは僕らの世代も衝撃的だったからよく覚えている。この本でも
ある種の破壊行為でもあっった。時代の何かがおかしかったのだろう。宮沢りえも、まともな状態じゃなかったんだと思う。いくつもの手順や、序列を無視したヌードである。トップアイドルが人気絶頂期に脱ぐ、という意味が分からなかった。いまでもわからない。何かを壊したということしか、分からない。これ以降、地震でコンビニエンスストアの棚の商品が落ちるときのように、無秩序にヘアヌード写真集が出続けた。

斜体にした部分が村上春樹の喩えに似てると感じる部分。こんな部分が合計10個ぐらいあって、今まで読んできた本の中で、村上春樹自身以外では一番多いんだよね。下線部分の問題意識はあの頃もそして今でも分かる。中学の頃、鈴木保奈美の写真集でブラから乳首がちょっと見え隠れすることを同級生が熱く語ってた。これが一般的な風景だった。それを完全に破壊したのは確か。

作者はコンビニ地震と言っているが、その後のヘアヌードでも印象に残っているのは菅野美穂ぐらいじゃないかな。今で喩えて言えば松下奈緒か綾瀬はるかぐらいのレベルだと思う。エリカ様やのりピーじゃ衝撃にはならないでしょう。けど、あれだけニュースになったけど、実際に写真集を買った人は自分も含めて周囲にいないし、だから中身を見たこともない。BookOffで安く売っていたらついつい買うかもしれないけど、実際に行っても探したこともない。なんでだろうね?そこら辺の微妙な感覚こそが《性》であり、隠しすぎても見えすぎてもダメなんだろうね。

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ルーズソックスについては思うことがある。
僕らの一年下の学年から急に流行りだした。94年か95年だ。同級生の女の子が、「私はよく意味が分からない」とルーズソックスに戸惑っていたのが、今でも記憶の片隅にある。
携帯(というよりピッチの時代からかな)もそうだね。
携帯電話以前では、もっと留保できるエリアが広かった。たまたまその日に逢えなかったからだろう、と勝手に自分を納得させられた。ゆるやかだった。<中略>いつもどこでも、すべてのところに繋がる可能性があるというのは、身も蓋もなさすぎる。あまりに直接的すぎて、携帯電話はじつは人と人とのコミュニケーションにはさほど適してないのだ。そのため、今や携帯電話は電話でなく、メールのやりとりが主体になってしまっている
飲み会でケータイの番号を交換して、1,2通メールのやりとりをして、ちょっと勇気をだして直接電話して。昔はこんなに楽じゃなかった。連絡をとる=相手の親と話すだったから。それが無くなったのは画期的だったよね。逆に「相手からの返事を待つうちにイヤになって携帯の電源をOFFした」のが身も蓋も無い距離感の苦しさ。昔は「電波が届かない所にいて」と後から言い訳できたけど、今は無理だろうね。ここでもひとつ猶予が無くなってる。

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最後に、著者の最後のテーマを考える。
「今の世界はあまりにマーケティングに絡めとられている。そんな外野の声は無視する方が良い。けど、最初の人たちはニートと言われて捕まってしまった。逃げるならば、伝統文化も一つの手だ」(要約)
ここら辺の議論は
この書評が面白かった。

その上で、個人的な意見を書いてみる。
なぜか大学時代は古武術にハマってやりこんでいたから。一般的なスノボ&サーフィンの真逆をしてたなぁ。けど、別に深い意味も無いよ。単に
個人的に面白そうに見えただけだし、実際に始めてみたら非常に楽しかったから。そんな意味では、別に深く考える必要も無いと思うな。

「どれだけ周囲から外れても、自分自身が楽しいと思えるものをトコトンやってみれば?」

これだけです。これだけ情報社会が発達すると、逆にどんな事を選んでも同好の士が見つかると思うしね。人にあれこれ言われて決める人は、どの時代でもやっぱり流されると思うし、それはそれでひとつの選択だし、誰かがああだこうだ言う必要も無いと思うんだけど。ただ、ボーダレス社会はどんどん進展していくし、「人類全員を平均したらフィリピンぐらいの生活レベルになる」って昔から言われていたし、世界はそちらに向かって動いている。バブル以降、今後ともずっと日本は貧しくなっていくのはしょうがないし、チャンスがある時にやりたい事にチャンレンジすればいいんじゃないでしょうか?

社会を破壊するとか、社会から逃げ出すとかそういう発想を、もう今の若い人はしてないと思う。だから著者のようにそれを薦めるのは効果が無い気がするな。イギリスでも中東でもデモ→暴動が起きているけど、日本では起こらないと思うし、表面的な平等主義は根が深い。社会階層化がもっとはっきりしていれば(イギリスはそうだし)、まだ若者も動きやすいと思うんだけどね。


こちらからの孫引用になってしまうけど、「不平等社会日本―さよなら総中流 (中公新書)」佐藤俊樹氏は本質をついていると思う。この本も読まねば。その上で、ちきりん氏は「ゆるく生きよう」というテーマで「天井感を受け入れる」ことを薦めているように思える。けど、個人的な結論は以前にBlogにも書いたように

そもそも大前提として「自立する」のと、「自分をダメだと思う」のはかなりイコールだと思うのだけど、それは同意されるのかな。エヴァンゲリオンもそう。95年のテレビの最後の「シンジを皆が囲んで拍手してる」構図を見ながら、「それって月に一回はとことん自分自身に落ち込む人生だよ。それを勧めるのか・・・」と思ってたから。

こんだけですね。「ダメな自分でも好きと思えること」を探すだけなんだと思う。西洋だって長い時間をかけて自立した個人という社会モデルを作り上げてきた。非西洋では一番最初に資本主義で結果を出した日本(戦争でこてんぱにされ、核と在留米軍で去勢され、それ自体は受け入れている今の日本)が追いついていないのはしょうがないじゃん。自分が何処までも伸びていくと信じきるのも辛いけど、自分で自分に天井を作るのも辛いよね。

好きなことをやる。別にそれを職業にする必要もないと思う。振り返って満足できて、今でも手ごたえが持続していれば十分だと思う。その後、どんな職業についたのであれ、何かをやりこんだ経験は、絶対に生きるから。


10年ぶりに古武術の同期と新宿で会った。
彼が卒業後もずっと流派を続けていてくれたことが、うれしかった。
僕自身は卒業と同時に止めてしまったけど、あの時、古武術をやってたことは、その後の自分に凄くためになっている。

あの当時は「なんでお前そんなことやってるの?」と言ってた知り合いほど、
「今でも続けている?」とちょっと憧れ交じりに聞かれて、苦笑してしまった。
あの頃、彼らのスノボ&サーフィン&ナンパには、こちらが憧れていたんだけどね。
そんな彼らを正サイド、自分自身を逆サイドと規定していたけど
今の18-22才にこの区別は存在しているのだろうか?
会社で若い新人の飲み会に行くたびに、よく思う。
 



好きな事を仕事にする

「 好きなことでお金を稼ぐ」と「趣味を仕事にするな」の二つの考え方があって、10代の頃からどちらが正しいか分からなかった。誰だって好きな事をしてお金を稼げればハッピーだけど、大半の人が「世の中そんなに甘くない」と25歳前後で痛感するんじゃないかな。「仕事にすると色々と泥臭い事も必須になるので、純粋に楽しみたいなら趣味のレベルにしておいた方が良い」というのは一つの考え方として納得できるのも確か。

最近、本話題について非常に参考になるNET上の評論と、文庫本を読んだので、それを紹介しつつ考えてみたいと思います。

■How To Do What You Love:好きなことをするには
 (日本語訳はこちら
ポール・グレアムの文章の中でも非常に好きな文章の一つです。まずは本文か訳文を読んでください。

9歳か10歳の頃だったか、父が私にこう言ったことがある。
大きくなったら何でもなりたいものになれるんだよ、それを楽しめるなら、と。
あまりにも変わった話だったから、私はそれを正確に覚えている。乾いた水を使え、とでも言われたようなものだった。父の言葉の意味について私もいろいろ考えたが、まさか父が、働くことが文字通り、遊んでいるときに楽しいのと同じ意味で、楽しいことであり得る、と言おうとしていたのだとは思いもしなかった。そのことを理解するには年月を要した。
いい父親だねぇ。こういう物事(ギャンブル、お酒等)に対する態度をどれだけ受け継げるかが、家庭の真の意義なんだろう。

しかし実際はほとんど誰もが、いつ何時であれ、難問に取り組むぐらいならカリブ海を漂流していたり、セックスをしたり、美味しいものを食べたりしていた方がいいと思うことだろう。「自分が好きなことをする」ということに関する法則は、ある程度の長さの時間を前提としている。それは「今この瞬間に一番幸せになれることをする」という意味ではなく、たとえば1週間とか1ヶ月といったような、すこし長めの期間で見て一番幸せになれるようなことをする、という意味だ。
「好きなこと」を考える上で一番大事なのは、ポール・グレアムが言うとおり、期間なんだよね。一ヶ月間ずっとセックスだけしろと言われたら、99%の男は発狂するんじゃないかな。レジャーもそう。世界中を観光したいとは思うけど、一生遊ぶだけのお金が手に入ったとしても、多分、観光だけで終わる人生はなんかイヤだと思う。

人々が自分のしていることが本当に好きかどうかは、彼らがたとえお金を貰わなかったとしてもそれをやっただろうか、と訊いてみればわかる顧問弁護士たちの中に、今やっている仕事を余暇にタダでやれと言われて、しかも生計を立てるために昼間はウェイターの仕事までしながらやる奴がどれだけいるだろうか。
この部分こそが最高です。アメリカにおける弁護士の位置づけ(いわゆるハイエナ扱い)が出てるので日本の文脈で解釈すると意味が分からなくなる部分もあるが、彼のいいたいことは良く分かる。他のl部分でも
・最初から好きな仕事につけることは稀でピンポン玉のような変遷をすることが多い
・今の目の前の仕事にまずはベストをつくすこと 怠惰の癖をつけるな
・常に何かを生み出すように心がけること
凄く大切なことが凄くたくさん書いてあると思う。こういう文章を中・高校生で読ませなくちゃいけないんだよね。単なる偉人の伝記よりも伝わると思う。

その上で、才能があり、若い頃から結果をたたき出してきて、けれど最終的にプロになれなかった男の軌跡が書いてある「将棋の子」をオススメしたい。この本はこのポール・グレアムの文章と合わせて読むとより感慨深い。

奨励会という言葉を知っている人ならば今すぐにでも買って読む価値があるのは間違いない。奨励会という言葉を知らなくて、将棋のルールも知らない人であれば、この本の中で親しみがあるのは羽生名人ぐらいかもしれない。私自身は昔から将棋をしてて今でもNHKの将棋番組を見てるから、この本は非常に感慨深く読むことができた。

この本に登場する人物達の根本的な立ち場所を作っているのが年齢制限。
満21歳(2002年度以前の奨励会試験合格者においては満23歳)の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を迎える三段リーグ終了までに四段に昇段できなかった者は退会となる。Wikipediaから引用
どんな世界であってもプロになるには若い頃から結果を出し続ける必要がある。その上で、本当にそれで生活していけるだけのお金を稼げるようになる手前に一つの大きな壁があるのはどの分野も共通かもしれない。誰だって30歳過ぎてからプロスポーツ選手になれないように、年齢の壁というのも暗黙の前提としてどの分野にも存在している。けれど、ここまで明確な線引きがあるのは珍しいんじゃないかな。


年齢制限の厳しさは一言で言ってしまえば「体中が総毛立つような焦燥感」ということになる。21歳の誕生日までに初段。それをクリアできなければ、もの心ついたときから目指し、信じてきたただひとつの道を閉ざされてしまうことになる。17〜18歳の育ち盛りの青年が自分の誕生日を恐れるようになる。ひとつ歳をとることは、すなわち与えられたわずかな寿命を確実に食いつぶすことを意味する。17〜18歳といえば加速度的に世界が広がり、自分の中にさまざまな可能性を見出していく年頃だ。学校という閉ざされた環境の中にしかなかったはずの自分の場所や存在理由が、もっと広い社会の中にもあることを知り、胸をときめかす年齢のはずである。
しかし、奨励会会員たちは違う。
歳とともに確実に自分達の可能性はしぼんでいく。可能性という風船を膨らまし続けるには、徹底的に自分を追い込み、その結果身近になりつつある社会からどんどん遠ざかっていかなくてはならないのだ。
ある意味では人間の生理に反した環境といえるかもしれない。それが、奨励会の厳しさであり悲劇性でもある。
非常にヘビーな状況だけど、だからこそ真のプロを養成する機関なのかもね。

27
,28歳と誕生日が経過するにつれ、関口はいいようのない焦りを感じ始めた。自分は本当に棋士になれるのだろうか?その疑問が体のどこかに宿った瞬間から、それは癌細胞のように関口の精神を蝕んでいった。29歳を過ぎたころ、苦しみは飽和点に達しようとしていた。自分が夢を捨てさせられる日は刻一刻と迫っていた。
奨励会をやめたその先には、どす黒いコールタールの海が広がっている。そこに一人放り出された俺は、もがき苦しみながらその海を泳ぎ始めなくてはならないのではないか。恐怖と焦りばかりがつのり、三段リーグの成績は一向に上がらない。もうすぐ30歳になる自分がもし、この世界から放り出されたら、いったいどんなことをして生活すればいいのだろうか。10代後半か30歳に至るまで、将棋しかしてこなかった自分に、何か他にできることはあるのだろうか?
そんな強迫観念に胃はきりきりと締めつけられ、髪の毛はどんどん白くなっていく。将棋に勝つことしか解決法はないのだが、その肝心の将棋に手が伸びない。
やがて精神は限界点を超えた。誰にも会いたくない、将棋連盟には行きたくない、将棋に関わる話は一切聞きたくない。関口はアパートに引きこもり、朝から晩まで、何もせずに一人っきりで過ごした。
<中略>
これ以上、出口があるのかどうかもわからない井戸だけを見つめていたら、やがて自分は完全に壊れて取り返しがつかなくなってしまう。将棋どころか、自分という人間が終了してしまう。
関口はアパートの畳の上で膝を丸めて考えた。暗闇の中をさまよい歩いているような精神状態で考えた。「南にいこう」
思いついたのはかろうじてそれだけだった。旅をしろと兄貴はいった。それならば、南へ、どこか暖かい場所へ行こう。そうすれば、今自分が抱えている、この巨大な氷の塊は溶けていくかもしれない。
この文章を読んだ時点で、この本を読むべき人は買うと思う。

奨励会を退会して半年以上がたっていたが、成田はそのことをサダ子に告げることができないでいた。幾ばくもない余生を送る母が、それだけを夢見てそれだけを生きがいに生き抜いているというのに、どうして自分がそれを断ちきることができるというのだろう。「今日は?」と聞くサダ子に成田はいつも「一勝一敗」と嘘をついていた。二勝と言って喜ばすことも、二敗といって落胆させることも成田にはできないことだった。
<中略>
「お母さん」という成田の目にみるみる涙が溢れていった。
「どうした、英二」
「お母さん、ごめんなさい」
成田は泣きじゃくり、もう言葉にならないような声でこう言った。
「ごめんなさい。僕、僕・・・・」
「どうしたの?」
「僕、奨励会」
「うん?」
「奨励会、退会したんです」
青白い月の光が母と子に降り注いでいた。
その光の中で成田は号泣した。断たれた自分の夢、それを最愛の母に言えなかった苦しみ、故郷を捨て自分のために馴れない土地に出て支えてくれた母、癌の苦しみに耐えながらぐちもこぼさずに自分を励まし続けてくれた母、手を引いていつも小学生の自分を北海道将棋会館へと連れていってくれた母、雨の日も雪の日も一言も文句も言わずに。
サダ子に申し訳ない、そう思って成田は必死に嗚咽をこらえた。しかしこらえようとすればするほど、それは心の奥底からこみあげてきてどうすることもできなかった。
<中略>
「そう」と静かにサダ子は言った。
「そうだったの。お母さんはいいのよ、そんなこと全然平気。それで英二が英二でなくなるわけじゃないんだから」

中学生か高校生の頃、まだ自分自身に色々な可能性があると思えた時期にこの本を読みたかった。偉人の人生も大事だけれどプロになれなかった人生も同じかそれ以上に大事だと思える。
幼少期から周囲に天才扱いされ、高校選手権優勝という実力があっても、プロになれないことがある。そして、この本の終盤に書いてあるように、非常に困難な生活状態になってしまうこともある。けれど、誰一人として奨励会で頑張った事を後悔してない。後悔しないように生きようとして、どんな状況になっても後悔してない。もがきながらも。

あの頃、そういう事実こそが一番必要だったと、やっと30歳を過ぎて気づく。ポイントポイントで全力でぶつかれず、力を全て出し切らないのがCoolな態度だと勘違いして、限界を見る勇気が無い事を可能性だと思い込んでいた。後悔できるうちはまだ本気の勝負じゃない。後悔できないぐらいにやりこんで、失敗しても後悔しないように生きる。確かにそれこそが正しい生き方だと思う。そういう、ドン底での強さを味わいたいのなら、この本が一番じゃないかな。

第23回講談社ノンフィクション賞受賞作だけど、それ以上の価値があるのは間違いないと思います。




男なら『勇午』

最近、ひょんなことから麻生太郎の漫画10選たるものを知りました。その中でも「外交を語るなら勇午を読め」と薦めてると知った。
なお麻生大臣はこの他にも、講談社のイブニング誌で連載中でアニメ化もされた、世界をまたにかけて活躍していくネゴシエイター(交渉人)の姿を描いた【勇午】を指し、「『勇午』を読んでない人は外交なんて語っちゃダメ」と論じたという。
こんなマイナーな漫画を絶賛する人がいることに感激して、ついつい書いてしまってます。

麻生太郎氏が総理大臣の頃は漢字が読めないだの色々と言われていたけど、彼が漫画に対して本気だったのは日本国民全員が知るところ。この10選はそんな彼の気合がわかる内容になっている。個人的にも漫画は人並み以上?に読んできたつもりなので、このセンスの良さに彼の本気度を見た気がする。

その中でも勇午の良さ。

・絵が綺麗。特に異国の女性の描き方。
・主人公がストイック
・世界を相手に活躍してる
こういう漫画こそ若い頃に読むべきだと思う。喧嘩とか武力とかじゃなくて、思考の深さと拷問に耐えられる意志の強さで苦境を跳ね返す生き方こそがかっこいい。主人公の勇午が日本で座禅をしてる時の描写が好きで好きでたまらなく。

10選の中では『風の大地』も個人的にオススメです。ゴルフ漫画の最高傑作とも言われるのはダテじゃない。主人公のストイックさとエロの少なさがいいね。『蒼天航路』も一押し。三国志といえば横山光輝だけれども、蒼天航路の方が曹操の凄さをフル・スケールで描いているから。

残りの7つは麻生太郎氏の政治家としての職分が伺えるので、個人的にはちょっと合わない。政治家ならば「サンクチュアリ」を入れて欲しかったけどね。ただ、「勇午」「風の大地」「蒼天航路」には本気のセンスを感じた。

個人的にオススメの漫画と言えば何度もHPに書いてた「龍-RON-」でしょう。「JIN-仁-」がドラマで大ヒットしている村上もとか氏だけど、個人的には昭和の戦争を真正面から描いた本作の方こそ、今の日本人に訴えるものが大きいと思ってる。剣道漫画の傑作『六三四の剣』も村上もとか氏の作品としって、一ヶ月前に改めて漫画喫茶で全巻読んできた。やっぱりいい漫画だね。ファミコンでも六三四の剣ってゲームがあって遊んでたのは遠い昔だなぁ。

戦争漫画のジャンルでは「はだしのげん」は別格としてちばてつや氏の「紫電改のタカ」も推します。小学生の頃にこの漫画を読めたのは幸せだった。


最近は「土竜の唄」も読んでます。それ以外にオススメの漫画といえば、、、う〜ん、思いついたらまた追加します。とりあえず今日のところは勇午で。





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