発達障害とスタートアップ=マイルドなカルト

サイトで見たときから気になってた借金玉さん。なんと最近、著書がアマゾン読み放題になってるじゃないですか。さっき見つけていま読んでます。ひさびさの胸アツ。いいわー、これ。1%でも発達障害ある人は全員読んでいい。


というよりも、戦前は今の数倍は個人事業主がいたのだから、その中のある程度の割合の人は今日のような会社勤めが合わなかったと思う。こういう病気はそもそも病気なのか、できる人の方が異常ではないのか?、単に生まれた時代や社会とのミスマッチでしかない。とも思ってる。


僕はジョブスではない

と気づく大切さ。確かにジョブスも特異な性格。凸凹の凹がなくなったのはアップル追放されてネクスト立ち上げて、アップルに復帰出来てからでしょ。だから他の発達障害の人が凹を埋めれるようになるのが30才であっても当然だと思うし、埋める作業の一つとして借金玉さんはこの本を書いたのだろう。


その気持ちもスゲーわかる。音楽レビューサイト作ったら、それなりに定期的に読む人が来てくれて、その中の誰かがYahoo!に推薦してくれた。今となっては想像つかないと思うけど、Googleが広まる前はYahoo!に登録されることがステータス。喩えるなら、お姉さんが勝手に写真送っていつのまにかジャニーズのオーディション受かってたレベル(笑)


この出来事があったから、まともな社会人になれた。なかったら本当、途中で失敗してたと思う。望外な良いことがあったら、初めて自分の欠点と真に向き合える。自己評価マイナスの時に欠点に向きあうって、経験上不可能。



そしていま、再び思考をスタートアップにしていかなくちゃいけない。ピーターテイルは言った。スタートアップはマイルドなカルトに近いと。あの当日は生活自体がマイルドなカルトだった。興味あることだけ日夜気にせずトコトンやってたから。


借金玉さんは発達障害の人が普通の社会人生活を送るための方法論を書いた。それの逆も必要なのでは? 普通の社会人生活を送れる人がマイルドなカルトぐらいに突き詰めるための方法論。



あたまの片隅でそんなことを考えながら、本読んでます。

勝手に自分は両方できると思ってる。そこら辺の根拠ない自信が発達障害傾向なんだけど(笑)

ほんと?、逆はデキたことないよね? けどこの本読んでたらヒントがみえてきそうな予感。




15の夜にGEB:ゲーテル・エッシャー・バッハ

ホフスタッター(著者)はこの本(GEB)をどんな人たちに読んでもらいたいかという質問に、

「わたしが15歳の頃に興味を持っていたような事柄に関心のある、15歳の頭のいい連中」


おいおい。。15でこの本を理解できたらペイジとブリン(Google創業者)を越せるだろ・・・

 

圧倒的な名著です。20年前、僕が20の頃から名著の誉れ高かった。これを15で読むには幸運も必要。この本が転がっているような家に育った子供にとっては日本の大学受験なんて歯磨きぐらいの難易度かもね。本の名前のとおりこれだけ複数の領域(数学・絵画・音楽)にまたがる内容だから、文系とか理系とかそんな乱暴な分類に己を規定する人は絶対に手をとらない。

 

Deep Learning狂騒曲を冷静に見れず、「G検定とりたい」とか思っている人達はどっちでもいい。ちょっとでも調べれば、ニューロコンピューティングには二つの超えるべき山があり、Deep Learningはそのひとつにしか答えてないことは分かるから。それについて書いてない時点で、巷のDeep Learning関連本は問題外。松尾先生もまずここから書くべきじゃない? 期待値コントロールとか言う前に。Deep Learningの創始者のヒントン先生は、最近チャンクと言っているんだって? 直感的に狙いは正しいと思う。けど、チャンク構造にマッピングすることと、記号が立ち上がってくることの間は、かなりの距離があると思うけど。

 

この本は20の頃に買った。学生に5500円は高かったが・・・。自力でこの本の存在を知り、そして買っただけでも褒めて欲しいという思いもちょっとあるぐらい。読んだ。何ヶ月かけたかも忘れた。そして本棚に仕舞い、、、、10年に一度ぐらい読み返していた。気づいたら、著者がこの本を書いた年齢(34歳!)を超していた。げげげげ。落ち込むわー。それに、未だに全部理解できないんですけど。。

 

と思っていたら、昨日の仕事関連で行ったカラオケで「15の夜」を歌っているのを聴いた。曲を全部通して聴いたのは初めてかも。15歳前後のときヤンキーしてたA(前回の記事の登場人物)が教室で鼻歌してた記憶しかない。「盗んだバイクで走り出す」なんて、ほんとそっち寄りの少年の心わしづかみ。Aも同じ様なことやってた記憶。もし、あの時、僕がこの本を手にしていたら、今頃はベンチャー作って成功してたのだろうか。

 

と、夢想してしまった。。

それぐらい15歳という時は、何かのターニングポイントなのかもね。アメリカでも日本でも。

 

----

落ち込んでもしょうがない。

この本を完全に理解して、その先に行かないと先は無い。Deep Learningにおけるテンソルとか数学理論なんていいわ。そりゃ理解できてないけど、理解する必要性すら感じない。どっちが山の頂上に近いか。そしたら間違いなくこの本。この本の先に道は続いている。

 

やっと分かった。

 

・意識があるから自己言及できるのか

・自己言及できるから意識が生まれるのか

 

自己言及の具体化としてGとEとB。それらの相似性。けど、この本のコアはここ。そして、まだ本は最後の90Pあるけど、これがこの本を超すための視点なんだと、やっとわかってきた。。

 

同時という答えもあれば、スパイラルという答えもある。けど、スパイラルであったとしても、基点はどっち? この本にもちょっとだけ書いてあった。自己言及の前に自己の範囲の確定だろ。そっちが先。物理的には自明だと皆が思ってる。

 

違うんだって。自分が持っている道具は自己になるんだよ。たとえば車とか。だからこそ、事故を起すような老人から車を取り上げるのが難しいんだって。もうひとつ。なぜ自己言及するか。食物連鎖の上にも下にも自己言及は必要ない。そんなのする前に食うか食われる。したら結果が良くなるワケでも無くて単なる無駄。結局、自己言及は同種間におけるSEXと闘いのため? やっぱり自己言及の必要性も追いかけないと。

 

 

 

尾崎豊の「15の夜」に惹かれる15歳の少年がこれからも沢山いることと同じぐらい、GEBに惹かれる15歳の少年も沢山いるだろう。同じ少年が両方に同時に惹かれることは、金メダルとノーベル賞を両方取るぐらい難しいとは思うけど。15の夜を褒めるネットの情報と同じぐらい、GEBを褒めるネットの情報も必要。それが、産業立国として日本が世界で戦う基盤になる。

 

 

 

とおもって、まずはここまで。

 




ラブストーリーとしての3億円事件

「3億円事件の犯人は私」小説投稿サイトに掲載された告白文が話題

    ・小説投稿サイトに掲載された「告白文」が、ネット上で話題を呼んでいる
     ・3億円事件の実行犯を名乗る人物が、事件の「真相」を告白するという内容
     ・ネットでは、「本当に本人なのかな」と期待をかける声も上がっている

というニュースをみて、気になってついつい深夜1時までかけて読んでしまった。一気に読ませるという意味でもナイス。

 

こちらです。純粋に読み物として面白いよ。

だから、これについて感想を書きたくなった。そもそもこれが本当の話なのか創作なのか、ラブストーリーとしてのポイントはどこか。そんな諸々。

 

・最愛の妻、京子が交通事故で死んだからこそ、事実を伝える気になったという心の動きは納得
 ・省吾が自殺した理由が三角関係、というのも腑に落ちる
 ・事件が起きたとき、三神は犯人が誰かわかるハズ
   ⇒三神は主人公を庇って警察には言わなかった?

・ここまで密接に交流していれば警察が省吾の交友範囲を洗うなかで、主人公も見つかるのでは?アリバイはどうしたの?
   ⇒京子が省吾から白田に乗り換えただけであり、省吾と白田は知り合いでなく、

   省吾は京子と犯行をする予定だった。この場合、省吾の自殺と、真犯人が捕まらないことが両立するから。

・本当に三神は実在するのか。小説上の登場人物ではないのか。三神がいなくても全ては成り立つ。三神の存在自体が文学的装飾かも。

 

ここら辺が冷静に分析した時のスタンスです。以前にも3億円事件はwikipediaで読んだ事がある。自殺した青年(省吾)こそがキーマンだと誰でも分かる。この小説は省吾の自殺の理由が恋愛(三角関係)になっていて、それが面白い。恋愛小説で三角関係はありがちだけど、その描き方。どこまで腑に落ちるか。これだけ本を読んでも小説は全然読まない。特に恋愛小説は。村上春樹以外の小説は全く読まない。今回、これだけ読んでしまったのは、妙に似てると思う。主人公(白田)の立ち位置が特に。

 

\い涼罎砲麓膺邑のような、「相手が別の人と付き合いだして初めて好きだったことがわかる」タイプの人が一定数いる
   ⇒人が本気で動くきっかけ、そもそも自己の本気に気づくトリガーは多様であり、相手を失う(相手が他の人と付き合う)形でないと気づけない人もいる

付き合うのに相応しい人と、結婚するのに相応しい人は別。ヒロインにとって省吾は前者であり、主人公は後者。
主人公が抱える自己への想い・焦燥感はある種
の共感を生む。一言でいえば「天井の低い部屋で住む感覚」

ぞ霰をかける対象(人・もの)に出会ったことがないか、情熱をかける勇気がないか。誰もがいつか自身の天井を突き破る必要がある。

 

何のとりえも無い人生。小学校〜高校までにクラスで賞賛されたことがない。そういう感覚。それをずっと「天井の低い部屋」だと思っていた。高さ1mの部屋で常に背を丸めてる。現実には中二階か屋根裏の物置ぐらいしかこんな場所はない。人が住むには異常すぎる空間。けど、精神的にはこういう空間に住んでる人は多い。小学校のころは何一つ得意が無かったから、体感として良く分かる。

 

,發修Α「好きという自覚」は誰もが自然にできるワケでもない。そもそも「好きになる」という事自体が手探り。小中学校のころなんて、特に独自の価値観もないから、なんとなく人気者をなんとなく好きになっているだけの状態の人も多い。分かりやすいのが高校時代の同級生。高1のころに同じクラスだったけど「中学時代に16人から告白された」という伝説を持ってた。凄いイケメンではなかった。高1のクラス文集では「カッコいい男性」のTOP3ではなかったような(3位タイかも)。もちろん最終的にSonyに入社したぐらいだからデキルのは間違いないけど、大学は地方国立大だったような。「凄い仲良し」でもなかったから、突っ込んで話したことはない。けど、中学時代に16人から告白されたことについて、ブームみたいなモノとして冷静に理解してたのは確か。それぐらいの人間的魅力は当然あった。結局、彼は高校時代に彼女を作ったんだっけ?近くの女子高に通う娘と付き合ったという記憶が、この文章を書きながら思い出し始めている。

 

個人的な体験でもそう。中1の頃に良く遊んでいた友達Aが、クラスの女子Yを好きと言った。そしたら、なんか妙にそのうち僕もその娘を気になるようになって、1年後に別の友達Cに聞かれたときにYの名前を言った。そしたら、今度、そいつもそのうちYを好きになって、付き合い始めた。CとYが付き合っているのを中3の卒業旅行で知ったAはその晩に泣いてた。その泣いてたAを見て、涙が出ない自分自身が妙にショックだった。そもそも第一印象はすごい美人ではなかった。だから僕がAから聞いたときは「へー」ぐらいだった。Cが僕の発言を聞いたときも「へー」だった。けど、一旦そういう視点で見ると良い点が見えてくるというか・・・。最終的にそれぞれ別の高校に進学したけど、高校時代にその娘はめちゃくちゃモテてた。練習試合に行った時に向うの選手と雑談してたら「えー○中出身。じゃあYさん知ってる?」から始まって、今は20人近くから告白されてると教えてもらった。

 

二十歳のころはたまに考えていた。本当にYのことを好きだったのは誰なのか。Cじゃないことは知ってる。Cとは幼馴染だし、二十歳の頃に飲んでるときも「Yの妹の方が美人」とか言ってたぐらいだから。僕じゃないのも分かる。それは中3のあの夜に痛感した。結局、Aなんだよ。そしてAがいなかったら、高校卒業までにYさんは告白されても1人ぐらいのレベルだったんだと。

 

そういう意味では、ある種のライン以上の顔の作りであるかぎり、モテル/モテナイは最初はちょっとした偶然から始まって、ウイナー・テイク・オール?収穫逓増?なループが発生しやすい、と思ってる。クラス文集で常にクラス1位になるような男女は別。あくまでも3位〜10位ぐらいの人達。その人達に顔の作りの差なんて無いのだと。

 

 

この小説の白眉は三神さんに告白されたときの主人公の言葉

 

「うん。三神さんが僕のことを好きでいてくれてるって初めて知った時、正直言うとどうして良いか分からなかった。

 だけど……。それと同時に、僕は生きてても良い人間なんだなって思えたんだ」

「おいおい、それは大げさじゃねえか?」

 呆れるように省吾は言いました。

 

 構わず私は続けます。

「今まで何かを成し遂げたり、誇れるものがあるわけじゃない僕だけど……。

 でもそれで良いんだって思えた。三神さんに好きになって貰えてる間は、僕は大丈夫なんだと思う」

 

 それは……、事実でした。

 三神と付き合っている時の私は、以前よりずっと自信が付いていたのです。

 その自信の根拠は彼女からの好意——誰もが羨み、目指し、憧れる人からの愛心は私に強烈な生への自負を与えてくれたのでした。

 ——まるで自分が、三神のような特優の人間になったかのように。

 

この文章を、村上春樹は書いたことがない。このコアをわざと書かずに周辺をとことん言葉にしている感覚。やっとコアを言葉にした文章を見つけた。これだけで、僕は満足です。だから、この小説が真実かどうかはどっちでもいい。「キスした瞬間に、自分のことを好きじゃないと気づいた」場面も凄く良い。本気で好きならば、キスしたら相手の本気は分かる。それがKiss Testだから。個人的には、京子じゃなくて三神と最終的に一緒になってほしかった。3億円の決行をやめて三神のところに行って欲しかった。どんな恋愛小説でも全員がハッピーになることはない。誰かがハッピーになって、誰かが深い傷を抱えて、終わる。

 

もし、この小説が全て真実ならば、三神は誰が犯人か絶対に分かるし、それを警察に言わなかった時点で、京子を選んだ主人公さえも庇った切なさがある。そして60歳を過ぎて、京子が交通事故で死んで、事件を告白する気になった主人公。ここには確かな主人公の気持ちがある。この交わることの無い二つの想いの存在がこの世の真の切なさ。

 

そこまでが描けているならば、作品として一流といっていいのだと思う。これが、うちのサイトの結論。

AとCとYのこと。そして天井の低い部屋にいる感覚。僕は天井を突き破ったというよりも床が抜けただけだが、そこで四苦八苦してたらある種の個性なんていつのまにか勝手にできてた。そんな部分はずっと書く気がなかったのにね。引っ張り出された感覚。

 




ラズパイNASでレグザと繋げる

2011年にLANDISKのハッキングに失敗して7年間。家のレグザもHDDが一度死んで復旧できず、撮り貯めておいた山岳TVやファーストガンダムを全部無くした。ガンダムはDVDレンタルでもいいけど、山岳TV番組は数年後に再放送とか無いからさ。。それ以来、かなり丁寧に運用していて、先日HDDが満杯になったのでラズパイを買ってNASにしてデータを移動させた。思った以上に時間掛かった。結構大変。。色んな方のサイトを参考にしたので、御礼の意味を込めてメモしておきます。

 

 

■Sambaとレグザの連結

今のラズパイはSamba4が入ってる。けど、これとレグザ(37Z7000)の相性が悪すぎる。ネットには色々と設定方法が書いてあるけど、全てが上手く行っても転送途中にいきなりコネクションが切れる。エラーも出ない。意味不明。やっとわかったのは、当時のレグザはSMB1での接続。なので下位互換が不十分という結論。最終的には以下の設定になりました。

---------------------------------------------------- 

[global]
dos charset = CP932
unix charset = UTF-8
workgroup = WORKGROUP
wins support = no
dns proxy = no
server role = standalone server
map to guest =  Bad User
unix extensions = no
#nullpasswords = yes
wide links = yes
guest account = nobody
ntlm auth = yes
#interface 192.168.10.0/24 eth0

max protocol = NT1
ntlm auth = yes

#log level = 2
debug timestamp  = yes

 

keep alive = 300

deadtime = 5

 

load printers = no
printing = bsd
printcap name = /dev/null

 

[smb]
        path = /media/samba

        force user = root

        browseable = yes

 

        read only = no
        guest ok = no
        writable = yes
        #public = yes

---------------------------------------------------- 

太字は探せば出てくる大事な情報。けど、最終的には赤の行が無いと1時間番組を移動中にコネクションが切れる。。普通のLinux上でSamba動かせばいいのかもしれないけど、ラズパイは100MのLANだから。ネットではわざと以前のVersionのSambaをインストールしている人もいるみたいだけど、この設定をすればSmaba4でも普通に動く。

 

 

■レグザで必須のファイル

ある程度、保存したい番組(グレートトラバースとか)を移動させたあとにハマった。誰だよ、3つのファイル(dtv,meta,rat)があればOKって言ってる奴は。。ちゃんと探すと「.toshiba〜〜〜」が必須な事が分かる。結局、この人が一番正しい。このファイル、ログしかないと思って消したのが命取り。。この中の did.binとalkf配下のalc0000000.bin が必須。ここに復号?のキーが格納されているっぽい。フォルダつくってファイルを整理できるけど、ルート直下の.toshiba(ドット東芝)フォルダが必要だから。

 

気づいた時には一度消して、新しい.toshibaが出来ていた。単に消したファイルならリカバリソフトで復元できるけど、上書きファイルというか、一度消した上で新しい同名ファイルができているど、全然復元できない。昨日の夜からずっとこの対策中。。せっかくJoJoの第4部を撮り貯めていたのに。。グレートトラバースも。。かなりショック。

 

 




北岳含む白峰三山が東京:川崎で見える場所

以前に家から北岳が見えると書いたけど、深田久弥の『日本百名山』を読んだら、普通に書いてあった。ずっと知らなかった。。

「六郷川鉄橋を渡るあたりで、もしキリッと空気の澄んだ日であると、眼を北の空へやることをわすれなかった。そして彼方の青空に、純白の山が三つ並んでいるのを見逃さなかった」(新潮文庫P416)

戦前から有名なんだね。深田久弥の先輩にあたる木暮理太郎の『望岳都東京』にも書いてあるのか。こちらは青空文庫で読めるのでLink張っておきます。「見える」とはいっても、富士山みたいに目立つわけでなく、こんな感じで手前の東京・山梨国境の山々と同じぐらいの高さ。だから、ちゃんと知らないと全く気づかない。

 

北岳と六郷土手駅を線で結んで見ると、確かに家はその線から100m以内だから。ここに引越した時は富士山しか登った事無かったから、全く知らなかった。北岳に2回ぐらい登ってから、冬の晴れたある日、ベランダから「あれ?」と思ったのが最初。ポイントは間ノ岳から農鳥岳までの稜線だよね。ちょっと角度が急だから。

 

とりあえず線を羽田空港まで延ばしてみたけど、対岸の千葉でも見えるのかな?さすがにその距離になると肉眼では見えないかもね。 僕は毎朝起きたら部屋から富士山と白峰三山を見るのが日課。とはいっても富士山が年に30%。白峰三山は年に5%ぐらいしか見えないのだけど。。極稀に富士山は見えないのに、白峰三山だけ見える特別な空がある。そんな感じです。

 

東京と山梨の県境の平野部分が狭いから、東京の殆どの場所では北岳は見えない。この線のとおり、どちらかというと川崎市の方が見える場所が多い。けど、前に新宿から高速バスで箱根の金時山に行ったとき、用賀を過ぎたあたりで白峰三山が見えた気がしたんだけど。。高速道路の、それも高速バスの車窓からなので、それなりに高い建物じゃないとだめだと思うけど。興味ある方は二子玉川の高いビルからぜひトライしてみてください。

 

 




佐藤航陽 - 『お金2.0』

これが佐藤航陽の実力か。。びびった。

魚川さんのことは素直に認めれた。けど、ICTスタートアップの会社の方がコアに近い分だけ、エゴが邪魔する。40歳を超したら、どれだけ年下で尊敬できる人を見つけるか、だけなんだね。

 

数年前に田原総一郎が気合いれて日本のベンチャー企業をインタビューしてた。ホリエモン〜Gree、ドワンゴ、メルカリに続くベンチャー群の社長たち。その中で一番凄かったのが佐藤航陽。それ以来、ずっと気にしてたけど、ここまでとはね。。

 

佐藤さんと同じレベルの経験を重ねてここまでの結論に到達した人は日本に10人もいないだろう。それぐらいに凄い。精神面での新しい時代は魚川さんが作るけど、生の経済は佐藤さんが作る。

 

間違いない。

この前の坂爪真吾氏もそうだけど、、ほんと面白くなっているね。この3人の本を読めば、狭い世界で悩むのが超アホらしくなるよ。それだけのレベル。




山に登り、山で死ぬ。高さでなくルートで競う時代の危険さ

 

まさか会社でも聞かれるとは。それだけ栗城氏は有名だったのだろう。「死んじゃいましたよね」「え、ホント。あの栗城が?」とついつい仕事中の雑談時なのに、声のサイズが一回り大きくなってしまった。もしかして登山家としては一番有名なのかも。実績から野口氏や竹内氏の方がメジャーであって欲しいが。。。雑談している相手は感情理解力が高いから、「え、なんかありました?」と聞かれてしまった。

 

 

「栗城はねぇ、登山をガチでやってる人から見ると微妙な位置づけなんだよね」「え、そうんなんですか」

 なぜ微妙なのか説明するのは難しい。だから家に帰って探して、この記事を見つけたときは嬉しかった。

 

「登山をショービジネス化した」

といのは本当に素晴らしい一言要約。もちろんイモトもそうだけど、誰もイモトを登山家とは思わない。けど、栗城氏は登山家だから。無酸素登頂の意味をちゃんと調べれは、すぐに彼の謳い文句に「?」がつくことは分かるけど、登山に興味が無い人は調べないよね。もちろん00年代からの急激なICT機器の発展に合わせて、登山をダイレクトに届けたのは凄く価値がある。上の世代はこういうことに生理的拒否反応をする人も多いから。

 

別にショービジネス化が悪いことじゃないし、(山でゴミ捨てしないとかのルールさえ守れば)どんな人だって山に登っていいんだし、外野がとやかくいう話じゃない。それを分かっているからこそ登山界は基本的にスルーしてきた。その中で、あえて批判覚悟で踏み込んだ森山さんは素晴らしい。

 

やっと残雪期に富士山に登ったレベルの私ですが、ここからもう一歩考えたい。

 

 

「なぜ山に登るか? そこに山があるからだ

と言ったのは私も調べないと分からないけど、この台詞は凄く有名。けど、山に登ればそれだけで前人未到のチャレンジになった時代じゃない。だからこそ、時期とルートを選ぶ事で前人未到になる。けど、それ自体がかなりヤバイよね。わざわざ危険な道を選ぶのだから。歩道があるのにわざわざ車道の真ん中あるくようなもの。まだ速度で競う方が危険度は少ない。それはすなわち山岳レースになるけど。

 

 

「エベレストなんてイモトもなすびも登ったのに」と別の人から言われた。そりゃルート毎の難易度の違いなんて普通はわかんないよね。僕だってエレベストのルートの難易度の違いなんて調べないと分からない。けど、行けば体感で分かる。富士山だって西側は結構ハード(登山道無いレベル)。日本2位の北岳もバットレスはやばい。そのバットレスを横目に登る 大樺沢 →八本歯のコースは好きだけど。

 

 

人工の厳しさと、自然が作った厳しさは違う。

車道の真ん中を歩く事に意味はないけど、自然が作った岩壁を攻略するのには意味があると思う。けど、僕はその気持ちまでは無い。

 

酸素濃度

富士山ですら10人連れて行ったら3,4人は高山病になる。8合目から登れなくなる人も1,2名は出る。何度か後輩を連れて行って、ポイントが5,6合名の休憩タイミングだと分かった。けど、8000m級はこんなもんじゃない。そこを酸素ボンベ無しで行くのはありえない。ある意味、素もぐりに近い。

 

時期は違う。とことん拘る。


時期の難易度には興味零だけど、冬の晴天は別物。澄み切った空気感と突き抜ける見晴らしの良さ。自己の内面まで同じ透明感で満たされる感覚は何ものにも代え難いから。

 

 

 

本当の山の高さって何?

今は海面から測る。けど、地球の中心部から測る場合もある。その時、最高峰はエベレストでなくチンボラソ。そして、これまでの登山経験からも、麓からの高さが一番相応しい基準。そしたら問答無用でデナリ。日本なら駿河湾からの高さになる富士山。麓の定義も実は難しいけど、頂上から裸眼で見える範囲で一番低い場所かな、一応。

 

「周りに高い山がひとつもない」というのも結構大事。西日本には2000mを超す山はないけど、だからといって日本アルプスの2500mぐらいの山よりは四国最高峰の石鎚山とかの方が格が上だと思う。

 

登山が趣味の人の中でも、途中まで車で行く人もいれば、麓から登ろうとする人もいる。

個人的には「使える道具は使えばいいじゃん。いけるとこまで車やロープーウェイで行けばいい」という気分。もちろん歴史がある登山道は別。富士山の1合目の馬返しから3合目まで登って、その価値がよく分かったよ。

 

 

高い所からの見晴らしならば、登る必要ないじゃん

という意見もある。飛行機の窓からの眺め。確かに良い。けど、あれは窓が小さすぎる。TVを見るのと大して変わらん。そしてあくまで別空間だから、頂上の空気じゃない。じゃあヘリコプターで頂上に下ろしてもらったら?

 

ここら辺まで来ると結構迷う。値段が高いなら金額的に無理だけど、「1万円で頂上までひとっとび」とか言われたら??

 

結局、「何かに向かって困難を乗り越える経験」だけなんだろうね。それが上に向かって歩く登山になっているだけ。そういうシンプルな部分から、随分と遠くに来てしまった人の存在。

 

10年以上前かな、栗城氏がデナリに登るために色々と苦労重ねて、、、という文章を読んだ記憶がある。あの頃が一番、彼にとって充実していたのかも。スポンサーがついても、分かりやすい基準を求めるし、分かりやすい基準が減っている登山だからこそ、デナリの先で道が分かれるような気がしてる。

 

僕はなんといっても山野井さんを尊敬してます。生き方を含めて。あの人には今からでもいいから8000m峰制覇をして欲しい。けど山野井さんには簡単すぎるんだろうね。セブンサミット(7大陸最高峰)の価値が減っている今、山岳グランドスラムまで言われても何かが飽和状態になっている気もするから。

 




言語哲学の地平線 〜意志とはなにか〜

この本:『中動態の世界 〜意志と責任の考古学〜』國分功一郎著は久々にきた。昨年のウォーフと同じレベルの胸アツ。かつ一気に全部読むと消化不良になるのでとりあえず、半分で休息。頭のクールダウンのためにBlogUP。

 

言語学と哲学が交わる地平線にAIをもってくる事

それが次のブレイクスルーになる。

 

メンタルとは、言葉を使わない思考を自己がコントロールできなくなった時

これがいまのうちの達成地点。この仮説にどれだけ納得してくれるかだよね、一緒にやれるかどうかは…。

会社にいると、メンタル強い→超ポジティブ→ゴリラみたいな脳 ってな風潮も感じるけど(笑、そんなワケない。ポイントは如何に言葉にならない思考をコントロールできるかなんだよ。

 

 

そもそも「言葉を使わない思考」というものが存在するのか議論なんだけど。言葉を使わないものは全て感情に分類したいけど、ある種のイメージはある。けど、単なるイメージの羅列は思考ではない。イメージの羅列といえば、一番馴染みがあるのは「夢」だけど、あれは単なる脳の短期記憶→長期記憶に向けた情報整理というのが、現在の一番の仮説だったハズ。じゃあ、夢って思考? 逆に「無意味な羅列に無理やり意味を見出そうとするのが夢」という仮説の方が個人的にはスキ。

 

AIにおける生・死や、AIが感情もてるかとか、そんな色々考える前に、

 

まず、意志っすよ旦那

って気分。意志が自明すぎるのが現代社会の特徴で、そういや数年前にここら辺を考えてて、弁護士やってる兄貴にメールしたっけ。今探すと出てこないけど、もうちょっと法体系というか刑法も意志の問題に踏み込んだ方が良くない?と。

 

別人格が万引きと認定 刑事責任能力を限定的とする異例の判決

    窃盗罪に問われた30代女性の裁判で、極めて異例の司法判断が下された
     東京高裁が、解離性同一性障害により女性とは別人格が犯行に及んだと認定
     刑事責任能力を限定的とする判決は、同種事例に影響を与える可能性がある

 

結局、意志なんだよ。生死はいい。まだ真面目に取り扱わない方がいい。感情もいい。山場は意志なんだって。

 

先週も日曜にさくっと登ってきたけど、今週も行ってきます。この仮説の検証にもなるからね。

最近、こんなのばっかだけど、体感時間は加速しているからイイ感じ! そろそろ波来たかも(笑

 




Googleの嫌がらせ。。

ふざけんな!

前々から違和感あったけど、今回はほんとブチ切れ。P2S2R&Bで検索したら、なんでこうなっちゃうの??あまりに切れたから魚拓としてここに貼っておく。

 

あのさーどんなAIつかったらこんなレコメンドになるんだよ。点数ランキングを出してくれるのは素晴らしい。けど、勉強方法ってetc配下だろ。リンク階層構造ぐらい解析しろよ。「魅惑のブス」の中に音楽に関連する単語はどこまで入っているんだよ・・・。お前真面目に仕事してるか? Regret&Babyってさ、Blogからもってくるならもうちょっとマシな記事があるだろ。いっぺん、アルゴリズムを説明に来い。

 

 

Google I/O 2018で発表された10個のコト:AIがもう、凄すぎる

なんてテキトーに持ち上げるから勘違いするんだよ。Google Homeにお願いすればAIが電話して予約してくれるなんて、予約される店側になってみろよ。単語つなげただけのAIに電話されるなんて、イタ電よりちょいマシなレベル。って、もしかして決まった事しか言えないAIの方が電話先でごちゃごちゃ言う人間よりもストレスレスでやり取りできるかも。

 

 

---

人間は、感情的に反応する場合、それ相応の理由がある。

眼の前で怒り狂う人を見ながら、じっとその理由を探す。

すると大体、相手はもっと怒るけど。

 

どうせビジネスなんて腕力は使えないし、できるMAXが首切るぐらいなら、そんなのは経済的な面だけ。とりあえず1年分の年収を貯金しておけば、何とかはなる。相手が感情的になればなるほど、こちらは冷静になること。それを無意識でできるのが、あの幼年時代の唯一の利点。普通は「仕事をしている大人の方が大変」という。それ、ほんと?ある種の場所では子供の方が大変なんだよ。そりゃ家のローンとか抱えているなら経済的な打撃はでかい。けどさ、いいじゃん。子供部屋の有無よりも家族の笑顔が増える方が本当は大事じゃないの? 「大きなお家が欲しい」「パパのメンタル的にローン抱えて仕事はキツイんだよ。大きなお家よりパパの笑顔の方が大事だよね」って腹割って話してみるだけで、ストレス耐性上がる。社会人になって経済面で独立して、そこで苦労して、やっと子供の世界の腕力よりもお金の方が怖いことを知るんだけどね。

 

 

僕はいつだってGoogleには愛憎半ば。それはしょうがない。根本的に狙っている究極目標が同じだから。そのレベルでは自らの感情をコントロールできているつもりだけど、ウチの音楽サイトにまでGoogleが出来損ないのAIでちょっかい出してくると、コントロールが聞かなくなる。やっと10分たって落ち着いてきた。。ふぅ。

 

----

大学院卒業時にGoogleに入社できなかったのはいい。当時、日本法人は採用なんてしてなかった。理想は米本社かもしれないけど、そのためにはアメリカの大学卒業。指導教官は見込みがある学生はスタンフォードに紹介してやると言ってたけどさ。どうせ教授の恩師のマッカーシーの弟子でしょ。AIを論理的に作るなんて当時から失敗してたのに、それを認めてない人の下で研究するワケ無い。

 

過去にIFは無いけども、あのまま親がアメリカで働いていたら、父親の先輩のお子さんのようにスタンフォード卒業して、同級生達でベンチャー立ち上げてGoogleに買収されて、そのままGoogleで働く道もあったのかもしれない。そこまでデキルとも思えないけど、アメリカで過ごす幼年時代を夢想するとどちらが良かったのか分からない。60年代前半にテキサスのど田舎で1年間。日本人が物凄く珍しく、交換留学生で日本人の女子高校生が来た事自体が地元の新聞の記事になったという。その当時の経験から、「わたしはこの国で子供をマイノリティーとして育てなくない」という母親の一言で日本に帰国が決まった。

 

まったくかすりもしないなら考えないのに、色々チャンスがあったからこそ、考えちゃうことはある。

 

 2005年頃かな、Googleの日本法人が採用開始。けど、確かTOEICが700以上。当時、僕はやっと600。。もうちょっと新人時代に真面目に英語をやっておくべきだったね。2008年にはもうGoogleに行きたいとは思わなくなった。それぐらいにはやりたい方向で積み重なったから。それでもまだ怒るというのは、、弱さか。ちくしょう。色々とまだ残ってる。組織で動くという意味もそう。なによりも3月に読んだ本が通奏低音のように響いてる。

 

『スタートアップとは君が世界を変えれると君自身が説得できた人達の集まりだ』

3人でいいんだよ。俺を入れて3人で。それがいつまで経ってもできない。だからこんなしょーもないことでこんなに怒っちゃうんだ。それを認めないと。頭では分かってる。けど、そのレベル。

 

 

----

まだGoogleが無い時代、「リンクはTOPページのみ」というルールを掲げるサイトも多かった。検索エンジンの機能向上とともにウヤムヤになったけど。公開している限り、どこにどうリンクを張られても別にそれは文句を言う話じゃない。けど、このサイトはこうです、って概要っぽく勝手にまとめられると、ちょっとムカつく。純粋にウチのサイトのページビューが基準ならまだ分かる。「勉強方法」は確かにマッチ棒問題を載せてるからアクセス多いのかも。「魅惑のブス」もぶっ飛んだ名著を紹介してる。けど、Regret&Babyが検索で多いなんて有りえんだろ。

 

中途半端なAIはやめてくれ。

純粋に人を傷つける。

 

まるでデキの悪いAI搭載した自動運転車に公道で轢かれた気分だよ。え、言いすぎ? 傷つくのオカシイ?まあしょうがない。Googleとはそういう関係だから。最初から完璧なんてありえないからこそ変更権限は渡すべき。シンプルに言えばこれだけ。Googleはそれがない。それがムカつく。他山の石とせねば。前回もちょっとあったけど、こちらもファイル名変えて対応できた。今回はそれができない。。

 

 

Googleなんてほっとけばいい。100年たってもウチのサイトの自動翻訳なんてできないから。確かに音声アシストの類似音声から単語判定は素晴らしい。3単語前までは解析しないと出来ないレベル。アルゴリズムは70年代から進歩ないけど、これだけの的確さとスピードは純粋に賞賛できる。けど、意味の意味から逃げて大量文章の統計データだけじゃ、これ以上、自動翻訳は進歩しないよ。それはおたくが一番知ってるんじゃないの。意味の意味を突き詰める恐ろしさ。言語をつかって言語を分析する事自体、「木製のストーブで薪を燃やす」というレベルだから。

 

とりあえず、週末は山と巨石に遊びに行ってきます。

Google本社の人もたまにはセドナにでも行ってきたら?人間は興味の範囲の30%ぐらいしから理論化できないし、プログラムで表現できるのは更にその中の30%だから。そしたら最初の範囲にはセドナも入るのが正しい。あそこら辺の岩(モニュメントバレー)が太古の世界樹の化石という説が載ってるこの前のムーは面白かった。一読に値する。グランゾート世代としては胸アツ。アメリカの代表的な巨石があそこなら、日本はこっちなので。

 




答えを求めて残雪期の富士山へ

雪と氷の世界の先にある静けさと、富士大神の正体


冬の富士山は世界有数の難易度という。逆に夏の富士山は楽で有名。今までずっと澄み切った富士山にトライすべく経験を重ねてきたけど、今回5月2日に登って来てレベル感が分かった。残念なことに5/5に同じ登山口から登った人は滑落して死亡。富士山登山については玉石混合の情報がネットに溢れているから、本当のところで何が大切なのか、それを明確にしたい

 

  1. なだらかで岩場も少ない登山道。夏は高山病さえクリアすれば困難なポイントは少ない
  2. 冬の富士山が困難なのは強風。独立峰で海岸から一気に3700mまであがる地形から風が強くなる。9月末の時点で吹き飛ばされるレベル
  3. どんな山だろうと、アイスバーンの上に20cm雪が積もったら、アイゼンしていても滑る


シンプルに言えばこれだけ。夏の富士山で失敗するのが1の高山病。10人中4人くらいは頭痛で断念。これまでの10回の登山の経験上、大事なのは5,6合目の速度。8合目で頭が痛くなったら酸素缶使うぐらいじゃ登頂はホボ無理。いかに5,6合目を休憩をコマメにするか。極論、7分登って3分休憩ぐらいでいい。2は秋・冬の富士山を越す雲の早さを見れば一目瞭然。北条早雲の名前は富士山の雲が早く流れることから命名されたという。静岡に住んでいるとき秋に富士山5合目ハイキングに行ったけど、あまりの暴風で中腹にある宝永山山頂に行くのに匍匐前進だったから。風で飛ばされても両側はなだらかな傾斜だから怪我は無い。逆にアトラクションとして最高。下手に富士急ハイランドに行くよりもよっぽど楽しい。家に帰ってからも耳や鼻から富士山特有の黒い砂が出てきた。それぐらいのレベルの風。あの風で氷は有りえん。スケート場をノーマルタイヤのバイクで走るレベル。

 

そして3。雪だけだったり氷だけならアイゼンで大丈夫だけど、3だったらどんな山でも絶対に滑る。僕が下山してから麓は雨だったので5合目以上は雪だったのだろう。行った時点で完全にアイスバーンだったから、そこから20cmぐらい積もったんだろうね。そういうときは登頂を諦めて帰らないと。春の嵐が終わった4月中旬以降、GW前にスカイラインが開通して5合目まで車に行けるようになるので、雪山経験がある人にとってこの時期の富士山はそこまで大変じゃない。実際に登山中に15人ぐらいと会ったし、頂上の剣が峰で珈琲&ラーメン作っている間に8人ぐらいと入れ替わりで雑談したから。流石に明け方、シュラフマットつけて降りてくる人が2名いたのにはびっくり。確かにこの時期の富士山にテントで一泊するのはありかも。

 

 

 

ここまでが基本的な登山の話。

ここからがパワースポットとしての富士山。

 

愛鷹山と足柄山に登ったので、4月に足和田山に行ってきました。富士の三足とも言われるけど、足和田山はかなりマイナー。真面目にこの3つを登った人なんて100人もいないのでは? けど、wikipediaの記事を見て、この3つには直感でMUSTを感じた。足和田山の頂上の波動の高さは結構すごい。位山レベルだね。

 

富士山の浅間神社で一番古いのは山宮浅間宮。ここには祭神が富士大神→浅間大神→コノハナサクヤヒメと変遷したことが書いてる。富士山にコノハナサクヤヒメを結びつけたのは江戸時代からと結論が出ているのだから、問題は富士大神の真の姿。御姉様に仁義を切るために大室山雲見浅間神社に前々日から行った。登山だけが趣味の人はここら辺は無関心だし、興味有る人はこの時期の富士山には流石に登らない。両方やらないと見えてこない世界がある。

 

 

興味深かったのが雲見浅間神社。思った以上の急な山道。一番上についたらカップルと年配の男性が1人。雑談してたら娘さんが彼氏を地元に連れてきて、お父さんが張り切って案内していることが分かった。近くで旅行関係の仕事をしているらしく、先日、伊豆西海岸のパワースポットとして安室奈美恵を此処につれて来たといっていた。さすがセドナに行くだけのことはあるね。確かにパワースポットとしての富士山を語る上で雲見浅間神社を知らなければ純粋に問題外だから。

 

雲見浅間神社の山の頂上から富士山が見えた。数年前に行ったときは富士山が見えなかったけど、今回は山宮浅間神社の遥拝所からも富士山が綺麗に見れた。そういうことの積み重ね。家で座禅で心を整流できない器の人間は、これぐらいをしないと見えない世界がある。そして、どれだけバカと言われてもいいから、最初の疑問を大切にすること。初心者の素直な疑問こそが実は一番大切。

 

浅間山は他にちゃんとあるじゃん。なんで富士山の神社は浅間神社なの?それも8合目以上は県境未定で全てこの神社の土地というじゃん。浅間神社は浅間山、富士山は富士神社のほうが良くない?

誰だって最初に聞いた時は驚くし、こう思うと思うよ

 

 

結論として、浅間という単語は噴火・溶岩を意味するんだと。富士山の噴火で麓が莫大な被害をこうむったからこそ浅間神社とした。じゃあ、富士大神は何かというと、今の神体系がやってくる前の地元の神さまでしょう。そのご神体はこの龍だよ。まさか笠雲の中がこんな状態だとはね。「笠雲は雨」とよく言われるけど、笠雲につつまれた富士山は雲の中から見ると霧だと思っていた。まさかドームとは。。今回は見事に白いドームにつつまれて不思議な空間。その先端に泳ぐ龍雲の見事さ。以前の2010年に登った時も龍雲と出会った。あの頃は、この価値がまったく分かってなかったね、俺は。



一歩前に進めると、ひとつ扉が開く。道を究めるにはこの繰り返ししかない。

 

情報としては登る前からあるハズなのに、その情報にアクセスできるのは何故か登ったあと。最初に家でネットを調べてるときはなぜか見つからない。下山後に改めててネットで調べて面白いサイトを見つけた。このサイトが日本でTOPでしょう。ここまで古文書等をちゃんと引用しているのはそういう専攻だったんじゃないかな。そのレベル。特に興味深い点は下記。

  • 頂上の火口の底は標高で言えば8合目。火口の底に浅間大神がいる。だから8合目以上が神聖な場所
  • 徳川幕府が8合目以上を富士宮の浅間神社の社有地と認めた
  • 干支で庚申の年は富士山のご縁。もともと伝説では琵琶湖と富士山は考霊天皇5年の庚申の年に同時に1日で出来たという伝説があるから。ちなみに次は2040。
  • 登山と下山で登山口を変えるのは「山を裂く」といわれ、良いものとはされなかった。
  • 表富士は静岡側。山梨側もそれは認めていた。江戸時代になり江戸に近い山梨県側の登山口が栄えた
  • 北条早雲や武田信虎も登った。昭和天皇は皇太子時代に登頂。8合目まで馬。秩父宮も皇太子徳仁も登頂。
  • 1000円札や昔の5000円札の富士山は本栖湖からの眺め
  • 末代、角行、村上光清、食行身禄が富士山登山としては大切。さすがに役行者は伝説レベルか。
  • 山頂にコノシロ池がある。。雪解けから7月中旬までしか見えないらしい。。

 

真面目に登山をしてれば誰でもびっくりする。それが日本6位で山脈名にまでなっている赤石岳の中腹に大聖寺平という御岳の遥拝所があること。御岳は日本14位なのに赤石岳の中腹から御岳に祈りを捧げるってことは、御岳のほうが上。結局、単純な標高が山の格を決めるわけではない。古くからの価値観では火山の方が上。御岳は火山としては日本2位だから。そして御岳がこれだけ霊山扱いなのは、日本で一番高い湖があるのも理由。けど、まさか富士山の頂上に池があるとはね。。今回で11回目だけど、一回も見た事が無い。次に行くとしたら、この池のためだね。

 




| 1/17PAGES | >>

categories

links

recent comment

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

みんなのブログポータル JUGEM