コミュニティデザイン、その前に。

佐渡島庸平『We Are Lonely, But Not Alone』


今日は20年ぶりに本の断捨離をしてた。10冊以上買ったTOEIC対策本はいい。『君はコクリコ・・・』とか持っていたかったけど、読み返すことは無いと思うから。円地文子の『私も燃えている』は結局、読まなかった。いつか読もうと思って買う本はいつになっても読まない。やっぱり読みたい直前で買うのが一番やね。今回、50冊近く捨てるから、今後は電子書籍にしないとなぁ、、、と思いつつ、、

 

2018年の本が読み放題になる。時代の先端で考察している本は5年後とかに読み放題になっても価値が下がっているから非常に嬉しい。いや、この本は本質的なことを掘り下げてるから、価値は下がらないと思う。それぐらいに感動した。

 

パレートの法則で説明される、2割の主要な顧客が8割の売上を支えるというものがある。ほとんどの産業がこの仕組みで動いている。レストラン、飲料、アパレル、アミューズメント施設などなど。しかし、世の中の広告のほとんどは、この仕組みを無視している。たまにしか買ってくれない顧客、もしくは全く買ってくれない顧客のために広告宣伝はされている。《略》同じことを出版でやろうとすると、どうすればいいのか?『ドラゴン桜』を好きな人が何冊も買うことは無い。『ドラゴン桜』のコミック売上の8割を、熱心なファン2割が占める、といことは絶対に起きない。では、CDでそれを起すためにどうすればいいかと考えて、握手券をつけるというアイディアで大成功したのが、AKB48だ。CDの売り方としては珍しかったが、ビジネスの手法としては、実は王道中の王道だった。

 

おそらく本全体では、本好きの2割が8割の売上を支えている。しかし、作家においては、ファンの2割が、8割の収入を支える仕組みになっていない。それを実現するのが、僕のやりたいことだ。

 


■ファンコミュニティをデザインする
ファンクラブだと運用者はメディア型で、出す情報をコントロールしていく。ファンコミュニティーだと、ほぼすべての情報をオープンにして、ファンの人たちが自発的に動けるようにファシリテーションをしていく。

コミュニティは、無数にある。僕らは、無意識にそのコミュニティに参加している。だから、そのコミュニティをコミュニティたらしめている要素を言語化できていない。

 

人が亡くなったとき、初七日、四十九日といった法要を行う。これは、コミュニティを維持する上では、非常に重要な行為だ。初めの7日間に、やらないといけないことがたくさんあり、悲しみに浸る余裕が無い。悲しみに浸りすぎることなく時間を過ごすことで、少しは癒える。その後、49日経って、日常に戻れているかどうかを確認するために、親しい人が集まる。

法要は、死者のためではなく、生き残った人が鬱にならずに社会復帰できるように繊細な設計がなされた行事だ。だが法要を、生き残った人のために行うと行ったら、「私は大丈夫」といって行わずに、周りから気づかれずに体調を崩す人がいる。それを避けるため、また心理的な抵抗感をへらすために、死者の魂がこの世に彷徨っているのを鎮めるために法要が必要である、という優しい嘘がストーリーとして作られる。


■熱狂を生み出してもいいのか?
一枚目のドミノはたった一人の熱狂だと書いた。《略》僕の熱狂に伝染してくれた人は手伝いにきてくれる。しかし僕のそばにいればいるほど、その熱狂は長続きしない。自分が、僕ほどの熱狂を持って関われていないことに、無力感を覚えてしまうのだ。かといって僕が自分の熱狂を押し殺すのは、本末転倒だ。熱狂とは、太陽みたいなもの。遠くまでその熱を伝えることができる熱狂は、身近な人を焼き殺してしまう。それも仕方がないことだと割り切っていた。元来のマスコミを使ってヒットを出そうと思えば、必ず熱狂している人が中心にいなければいけなかった。

 

《略》しかし、コミュニティの中で熱狂している人が脱落する様子を見て、何か仕組みが違う、熱狂は善だけではないかもしれないと感じ始めた。

《略》
熱狂→拡大→熱狂を繰り返すと、どこかで破綻する。そうではなくて、安心安全の確保→熱狂→拡大→安心・安全の確保を繰り返すのが重要だ。大事なのが内容よりも順番だと気づいたとき、コミュニティマネージャーの仕事は、かぎりなく編集の仕事に似ていて、編集者ができることだと思った。
編集とはどんな仕事か? 究極的にシンプルにいうと「集めて・削って・並べ替えて・補足する」この4つの作業を延々と繰り返して、情報を伝えやすくする行為だ。

 

■あとがき
コミュニティについて考えると、外と中という概念にたどり着く。すると、免疫学がまるでコミュニティについての話に聞こえてくる。「唾は口の中にあるときは、汚いと思わないからいくらでも飲み込める。でも、一度口の外に出ると、飲み込む事が急に汚く感じる。コップにだした唾をもう一度飲み込むことはなかなかできない」人のこの生理的な反応は非常に不思議だ。唾を、人に置き換えてもおそらく成立する。同コミュニティ内での振る舞いであれば許容できたものが、外のコミュニティになった途端、許せなくなったりする。

 

 

個人的には「空気に触れる」ことだと思う。唾が汚くなると感じるのは。空気は呼吸のために必須ながらも一番最初の外界。空気に触れて変化するものは多い。珈琲もそう。精米した米もそう。1年前にやっと他の酸化も真面目に考えるようになってフォーサをかった。結構いいです。実家にもプレゼントしたから。

 

 

ぶっちゃけ、今日はコミュニティの遥か手前の「助ける」の定義で一日が終わった。。

 

「助ける」って具体的な動詞じゃないんだよ。黙ってみてる事が助けることになる場合もあるから。うちらが動詞だと思っているし、そう習う単語(=英語でも動詞扱いの単語)の中で、現状の整理と理解では30%前後が具体的な動作を示してない。「探す」もそう。見て回ることもあれば、聞いて回ることもあるから。「助ける」の定義を具体的な動詞でやろうとして、これまでのAIは失敗していたと思ってる。それを論理型でやろうとしてもっとドツボにはまっていたと。

 

相手から「ありがとう」といわれたら助けたことになるし、「ありがとう」といいたくなったら助けられたことになる。これが一番正しい定義。人間はこうやって生きている。だからAIが難しいのだ。僕が学生のころはこういう説明を誰もしてなかった。今はミラーニューロンが広まったおかげで、それと絡めてAIの困難性を説明する。けど、助けるとありがとうの関係はミラーニューロンだけじゃ説明できない。

 

とりあえず、助けるの定義については、暫定解は作った。これがどこまで使用強度があるのか、それは分からん。最終的にはありがとうに落とし込めないから、どこかでズレは残ってる。今の時点で完全なものは作れない。そう諦めて、夕方からこの本を読んでた。

 

「コミュニティーの基本は助け合い」だよね。

それがこの本の一番最初の議論である自由と安心の両立の難しさなんだよね。

なんか無理やり関連づけてますが、、、コミュニティーを真面目に取り扱う地点まで到達する日は、かなり先だと痛感したなぁ。




仕事の根源とは

職業がら「仕事とは何か」は考えている。そりゃ毎年4月に新入社員向けの講座をするから。いつも紹介してるのは.檗璽襯哀譽▲爐 「他人には仕事に見えて、自分にはそう見えないものが、自分にとって最適な仕事だ」 と為末大の「努力は夢中に勝てない」けど、甘かったね。

 

,六纏の存在を前提にした議論

△鰐潅罎砲覆辰燭海箸膿べていける保証はない

 

以前に改マズローを考えた。あれでOKだと思っていたのに、理論化が進むと穴が見つかる。「仕事」はマズローのどこにマッチングされるのか? 答えは一意に決まらない。だから仕事はマズローのモデルでは扱えない。現代人のほとんどは仕事で時間を費やすのに。

 

「対価」を貰えるのが仕事だ

この定義も良く聞く。もちろん対価はお金じゃなくてもいい。お金が無いぐらい古代の仕事の対価は食事だったり、もしかしたら逆向きに仕事を提供したのかもしれない。それは十分に想定できる。

 

最古の職業は売春婦

なぜか知らないけどこの内容は流布している。「聖職者・占い師」という説もあるみたいだが。

じゃあ、最古の仕事はなんだろう??

これも「売春」だと説明するサイトがあるけど、違うでしょ。仕事と職業を混同してる。

 

「その仕事だけをして生活できたら職業」

という定義に反対する人はいないだろう。だから職業よりも仕事が古い。ここまで考えた上で、最古の仕事に戻る。これって滅茶苦茶困難。けど、答えは一つに収束すると思う。仕事の定義は違う。皆が合意する定義はない。けど、最古の仕事は一つなのだ。なぜってミトコンドリアは仕事してない。人間は仕事してる。サルは? だからやっぱりどこかの時点で発生してる。

 

ここが明確にわかれば、婚活が仕事化する理由も説明可能になる。

 

続きは3月末で。

 

 

 

 




本音には本音で返す大事さ

以前にこちらにも書いた引きこもりの長男を父親が殺害した件、裁判で新たな事実が色々でてるね。長女が自殺というのもびっくりしたが、今日のニュースのリビングで号泣には驚いた。

 

44歳の長男を刺殺したとして、殺人罪に問われた元農林水産事務次官の熊沢英昭被告(76)の裁判員裁判の判決公判で16日(2019年12月)、東京地裁は熊沢被告に懲役6年を言い渡した。

   裁判では、殺害された英一郎さんが中学生のころから壮絶な家庭内暴力を繰り返していたこと、被告の妻が息子の暴力が原因で29年前からうつ病を患っていたこと、被告の長女が5年前に自殺していたことなど、崩壊した家族の状況が明らかになった。

 

「長男は3歳児に戻って泣いていた」と専門家

   英一郎さんは事件の1週間前、一人暮らしの自宅から実家に帰ってきた。その翌日、リビングで母親を前に「お父さんはいいよね。東大を出てなんでも自由になって。(僕の)44年はなんだったんだ」と言い、床に突っ伏して号泣した。その直後、リビングに入ってきた被告が「(一人暮らしの家の)ゴミを片付けないとな」と話しかけた。

   すると、英一郎さんは「お前らエリートは俺をばかにしている!」と激高、熊沢被告の髪をわしづかみにしてサイドテーブルにたたきつけた。熊沢被告はこの時の気持ちについて、「体に震えがくるほどの恐怖心を覚えた。殺されると思った」と話した。

   引きこもりの実態に詳しい、東洋大学の小島貴子准教授はこのエピソードに着目。「私は被告の状況よりも、英一郎さんがリビングで号泣したことに心を痛めました。引きこもりには色々な形がありますが、彼がリビングにいたということは、自分の存在を家族の前に出していたということ。『44歳にもなって親の期待に何一つ応えていない自分ってなんだったのか』と泣く姿を、両親に見せたというところを感情的に拾ってあげたい」と話す。

   「英一郎さんがこの時に欲しかったのは、『本当につらいよな』という共感の言葉と、泣いている息子に心の底から寄り添うこと。3歳の子どもは『見て、見て、聞いて、聞いて』という自我の発露があり、それを親がすくっていると安心して色んなことに挑戦する。この状態は、3歳児に戻って、自分のつらさを家のリビングで出せたということ。

 

妹自殺の時点で息子側がダメだと思ってたけど、この内容をみて考えを改める。これは父親側がクソ。きっとこれまでに1,2回は号泣に近いような本音を出した時があったんだと思う。せっかく息子が本音でしゃべっているのに父親側は本音でしゃべってない。そのくせ正しいことを言う。

 

本音じゃないのに正しい発言が一番酷い。

この元高級官僚はここがまったく分からないのだろう。学校じゃ教えないレベルの話。

 

『お前が本音でしゃべっているのに俺は本音でしゃべれない』

せめてこれだけは言えばいいのにね。その勇気すらない。だから「ゴミを片付けないと」という。逃げてるし、ごまかしてる。けどその発言内容自体は正しい。だから酷い。

 

本音でしゃべれば

「お前がこんなんだから俺まで不幸だ」とか、「妹の自殺もお母さんの鬱も全部おまえのせいだ」とかになるだろうね。そこまでいえばどうなるか想像できるから言えない。そこは同意。どっちが悪いか言い合っても水掛け論。お互いが悪い。親子ってそういうもの。それは心の奥底ではお互い分かってるからこそギリギリの最低ラインで家族として形になってた。相手を非難するのはその最低ラインを壊すこと。

 

息子側が己の人生に号泣したのは、相手への非難ではない。

『おれだって泣きたい。お母さんだって泣きたい。死んだ○○だって泣きたい。みんな泣きたい。それが家族だ』

も返答の一つだとは思う。けど、こういうのは頭で問答集として覚えるもんじゃない。そんなことやったら余計に高学歴アホ。大事なのは本音には本音で返すこと。それが出来ないなら、出来ないと素直にいう事。学校では「嘘つくな」とは教えてても、「本音じゃないのに正しい発言が一番酷い」までは教えない。

 

もちろん本音の正しさを教えてくれる先生は零ではない。少なくとも僕の中学三年のときの岩田勝人先生は教えてくれた。勝人先生が僕の恩師。あの時の先生の態度をやっと僕は言葉にできた、と思う。

 




五本指靴:Five Fingers

指先は脳、足裏は内臓

 

「え、なんですかそれ??五本指の靴下で会社きちゃったんですか?」

目立たないように全部黒色の商品にしたのに、、、、あわててヒモだけ黄色に変えて比較のために写真を撮った。

 

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以前からずっと気になっていた五本指靴。会社が夏にドレスコードフリーになって、かつお盆に駅で試着してた。だからついに決断。さすがに会社に履いてくにはちょっと勇気いるね。

 

2005年にイタリアの靴底メーカ:ビブラム(Vibram)社が発売、未だ他社の追随のないオンリーワンの商品。室内トレーニング用からランニング、登山、普段履きなど様々な種類がある。 もともとはアフリカの裸足で走っている人たちを分析し、今の靴が「かかと」にクッションをつけることで、動物本来の走り方(つま先着地)でないことによる問題点の認識から生まれたらしい。

 

5本指にして、つま先着地で歩くことで、足裏の刺激が良くなり、足裏にツボが密集している内臓への効果もあるとか。5本指靴下を愛用する人にはお勧め。今ではAmazonでも買えますが日本ではこちらのお店が詳しい。 今回、登山用(V trek)と普段用(V Alpha)を買って二つを履き比べましたが、靴底の厚さやクッションの違いが大きく、普段履きならば普段用の方が良いです。 最初の一週間ぐらいは短い時間だけ履くか、もしくは靴の中敷を入れた方が良いと思うが、慣れてきたら健康になるには薄いほうがいいですね。

 

ちなみにビブラムはもともと登山用の靴底を発明した有名メーカー、2万円以上の登山靴は全てビブラムと言えるほど。PCにおけるインテル、自転車におけるシマノのようなブランド。この靴は創業者の孫が作ったらしく、継続的なイノベーションはブランド維持にも大切だと痛感。 なお、もっとマニアな人は極限まではだしに近づけるので、ワラーチというサンダルを自作してるらしい

 

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毎日履くならば数個かってローテーションした方が良いが、さすがにこの値段の靴を何個も買えないので、サブとして中国製もかった。5本指は特許があるのか同じものは無いが、この靴はつま先が広いデザインで、足指をMAXに広げれることが可能。(もちろん靴下は五本指にする必要) 値段は1/5で、効果は1/2ぐらいだと思うなので、検討しても良いと思う。いまや類似メーカーが沢山ありますが、私が買ったのはこちら

 

 




戦略とは何か、どうやって鍛えるか

「捨てる勝負を見極めること」


やっと前よりも理解が進んだと思える。そしたら長沼さんはこの本で戦略について「重心を見つけること」と対談してた。これって同じ意味だね。当然ながらトータルとしては勝たなくちゃいけない。全ての試合に必勝ならば戦略もクソも無い。けどその発想はメンタル直行だし、そもそも対戦相手に全勝できるレベルの能力差なんて現実では在りえない。それだけでなく、捨てる勝負でも最初から態度に出したら相手も手を抜く。こちらが捨てる勝負に相手は全力を出して、その上で勝って喜んで調子に乗る状況にもってく。油断こそがスキを生むから。そうやって相手の感情までコントロールしてこそ、トータルとして勝てる。

 

戦略を学ぶ上では囲碁が一番。それは20年前にも書いたけど、時代は変わった。以前の囲碁ソフトは弱すぎたから。2007年からのDeep Learningでやっと消費者向けの囲碁ソフトもちょうど良い強さになってる。以前にオススメ勉強法を書いたけど、やっと自分の中で一番オススメのステップが見つかった。

 

 屮泪襯撻院廚良勝法を探してマスターすること

小学校のいつだったかなぁ、自力で必勝法を見つけたんだよね。もちろん相手も知っていれば引き分け。このGoogleのゲームは素晴らしい。難易度を中にすると必勝法を知っていれば絶対に勝てる。難易度高だと引き分け。これが入口として一番良い。

 

◆嵌入り娘」をクリアすること

これもそう。小学校のころ学童にあった。夏休みに延々とやって1回だけ解けた。けど、二度目ができず20歳を越した。いまはスマフォのアプリである。特にこのソフトは簡単な問題からステップアップ式になっているのが素晴らしい。下手なスマフォのパズルゲームするぐらいならこれが一番。小さい子へのプレゼントとしても木製の本作品が一番だと思ってます。

 

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昔は9路盤がスタートだった。けど、今は6や7路盤もあるんだね。素晴らしい。まるで動物将棋のような入口の幅広さ。

このサイトはルールの説明といい絶賛もの。ここでルールを覚えて5路盤から始めればいい。最初からガチンコ勝負。戦略要素はゼロだけど、囲碁の基本的な動きのマスターとしては一番です。次が7路盤。そしてやっと9路盤だけど、ちょっと重いので、9路盤からソフトを変えた方が良い。色々と試してこの「みんなの囲碁Deep Learning」が一番オススメ。このソフトで9路盤をマスターしたら、次は13路盤。9路盤でも若干の戦略要素はあるけど、戦略の醍醐味は13路盤から。

 

いま私はそれで遊んでます。本当の囲碁は19路盤ですが、勝負が長くなるのとAIの弱さが出やすいので、スマフォのソフトで遊ぶなら13路盤が一番だと思ってます。もちろん将棋でも良いのだけど、戦略要素は囲碁の方が多いし、将棋は20年前でもソフトを最強にしたら一般人は勝てない。唯一勝ってたのは中学生の頃に県の代表として天童市の全国大会にいった同級生だけだったから。やっぱりコンピューター最強に勝ってこそストレス発散になる。1万円ぐらいだしてソフトを買って家のPCにインストールするほどのモチベーションは無い。スマフォで空き時間にチマチマやるぐらいで良い。ならば今が一番良い難易度になっている気がする。

 

そうそう詰碁も適度にやった方が良いです。オススメは「詰碁プロ」ってandroidのソフトかな。

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こういう分野にまったく縁が無かった人でも、今からでも遅くない。そしてぜひ子供には薦めて欲しい。遺伝も育った環境も同じレベルで作用。遺伝は変更できなくても、育つ環境は変えれる。下手に塾とか中学受験とかさせるよりも、この 銑のステップの方がオススメです。俺は色々と重なってこういうジャンルでは非常に良い環境で育ったと思っているので、ぜひそれは皆さんと共有したいと思ってます。殆ど無料になったこと。これも素晴らしいことなんだろうね。

 




ゲームにはまる休日、、それもレトロゲーム。。

前回はあんな偉そうなこと書いてたのに、この三連休はとことんゲームで遊んでしまた。。まるまる一日半。日曜の15時から月曜の23時まで。さすがに日曜夜はチャーハン作った。今日の夜はファミレス。週末は珈琲焙煎とか必須作業あるのに全部無視。それぐらいに光栄の『水滸伝 天明の誓い』は傑作。隠れ名作になっているのも同意。中学一年以来ほぼ30年ぶり。もうちょっとでクリアの瞬間にいきなりマップ外から金が攻めてきて、画面の左上の国からドンドン黄色で塗りつぶされる。ダダダダダという効果音とともに。闘うこともできなく強制的にゲームオーバー。あれは一つのトラウマ。そんなことになるなんて全然知らなかったからショックでかかったなぁ。

 

 

 

二十歳以降も一度はあそびたかったけど、なかなか手に入らない。デスクトップであそぶほどの複雑なゲームじゃない。通勤中とかの隙間時間にチマチマやりたい。やっとAndroidでファミコンエミュレータを動かして遊べるようになった。なのに一気に遊ぶ。この一日半、嫁の視線が厳しいのなんのって。確かに逆の立場なら同じ冷ややかな視線で眺めるよね。。

 

子供のときは親に禁止され、大人になると配偶者から冷たい視線

これがゲームというのも。

 

♀ゲームやるぐらいなら、仕事しっかりやってよ

♂やってるよ。休日は自由だろ。最低限の家事もしてる。

♀それはそうだけど、やり過ぎじゃない?大丈夫?

♀そもそも仕事も家事も最低限であとはゲームって、人生的にどうなのよ。そんなんより仕事で独自アレンジに挑戦するとかの方がよっぽど楽しいんじゃなくて。

♂仕事で独自アレンジなんてそんな楽じゃないから。やろうとしても上に止められること多いし、、

♀そこを乗り越えるのか男でしょ

 

こんなリアルな会話はない。なくてもお互いの言いたいことはほぼ分かる。結婚して10年以上したらそんなもんだよね。せっかく台風一過で日曜日はこんな感じに富士山も白峰三山もみえたのに、ベランダにハンモックだしても景色みずに延々ゲームしてたら蚊にかまれた。。 

 

水滸伝の良さはリンク先の記事と被るから書かない。だだ、今の歴史シュミレーションゲームの複雑さとは対極のゲームデザインだけはうちのHHAIの参考になると思う。時間はとりもどせない以上、この先は糧にしないと。。

 

 

 




自由と成長

これまでも断片的には色々と書いてきたけど、やっと整理&統合できてきた。

 

この世の一番の価値は成長への支援

この世の一番の悪は 成長への強制

 

そして支援と強制は紙一重。提供側の都合と論理ですぐに支援→強制になる。悪いことの強制は本人も気づきやすい。けど、良いことの強制はなかなか気づかない。支援か強制なのかを決めるのは受け手側。これが大原則なのに、提供側が勝手に決め付けて思い込む。そんなエゴの落とし穴。

 

どんな家であっても、どんな親であっても、幼い子供にはゲームやテレビの時間を制限する。ほっておいたら学校や塾の宿題を横に置いてゲームやテレビしかしない。スマホが広まり昔よりもゲームにハマる人が増えている。これはやっぱりインタラクティブ性や自由度の多さ。なぜ子供はゲームで遊び、親は規制するのか。当たり前のようで、、突き詰めると難しい。

 

この答えこそが、この世が存在する理由。

もちろん「成長」の大前提として「生きている」がある。だから生命を奪うのは論外。相手の成長のために殺すというめちゃくちゃな理由づけしてサリン撒いたオウム真理教は論外二乗。

 

 

人類の発展の歴史は、自由に価値をおく。

いま話題のパワハラ、セクハラも立場を利用した強制。けど、親は子供に強制する。大人になったら他人に害を与えない限り自由を認める。けど、売春などはお互いの合意であってもほとんどの国が禁止する。結婚は推奨し売春は制限する。当たり前のようで、その理由はちゃんと説明できない。援助交際とか昔から色々と議論になった。「魂が傷つく/それで伝わるなら誰も苦労しない」と。

 

けど、これって子供がゲームにはまるのを親が規制するのと同じ。

シンプルに捉えたら同じなのだと、やっと気づいた。

 

もったいつけて書くのは嫌いなので、これまでの議論は適宜リンクするので、結論から書く。

 

この世は一つのゲームであり、ステージ1。死んだらステージ2にいく。

せっかくこの世というゲームが用意されているのに、ゲームにはまるのは、まるでドラクエのなかのミニゲームを延々とクリアしてるようなもの。もちろんゲームのなかのミニゲームにも価値はある。けど、悪を倒してお姫様を救う本編のストーリーをガン無視でミニゲームはアカンでしょう。

 

この世にも悪や不条理はあるし、お姫様や王子様のような異性もいる。だから、これがこの世というゲームの目標だと思っている人も多い。僕自身もずっと思っていた。けど、違ってた。一番のクリア条件は成長の支援。

 

一般的なゲームはリセットボタン押せば最初からやり直せる。電源切れば全部なくなる。どれだけ戦いに負けても物理的には損傷しない。これをゲームという単語の定義とみなすと、意味不明だけど。

 

この世において死とはリセットでも電源オフでもない。あの世とはステージ2のこと。ステージ2がステージ1より楽ならば、とっとと行く方が勝ち組。けど、それってステージ1作る意味あるんだっけ?

 

ステージ2の方が当然ヘビー。そう考えるのが自然。

自殺する人は死がリセットボタンか、電源オフだと思ってる。

この点はこの世の範囲外だからこの世の中では証明できない。もし証明できたら、ステージ1とステージ2が繋がったステージということ。

 

こういう大前提って、ちゃんと親から子供につたえてる?

もちろん親のその考えが正しい証明なんてできない。子供が成長すれば、親の言うことなんてきかない。幼い頃に好き勝手やったら、老後に返ってくる。これが一番シンプルな自業自得であり因果

 

ステージ1の次に判定場面があり、ステージ1に戻るか、もっとヘビーなステージ2にいくか、もっと楽なステージ2に行くか、判定される。これが閻魔様やアヌビスの天秤。そして自殺は問答無用で地獄。なぜか?

 

この仕組みを作った存在を愚弄してるから。

ゲームであそんでる時、いきなり「めんどー、こんなんいや」って自分からリセット押すキャラがいたら、ゲームで遊んでいる人は怒るよね。テレビゲームでなくてもいい。将棋やトランプで、いきなり特定の駒やカードがちゃぶ台かえしたりシャッフルしたりしたら、ゲームがゲームじゃなくなる。そんなことする駒があったら、二度と盤に戻してもらえなくてゴミ箱行き。

 

だから、もしかしたら自殺はもっとヘビーなステージ2にいくのかも。

そう認識した方が良いのだと思う。

 

 

ステージが変わる時に持っていけるのは何か?

ゲームだったら鎧や兜などの装備、移動速度や呪文などのスキル。

けど、この世とあの世というゲームでは経験値というレベルだけ。装備はむり。あの世の存在を認める人も誰だって服装はあの世に持っていけないのは分かってる。けど、お金はもっていけるとおもっている人も多い。日本文化だって三途の川の渡し賃金とかある。お金もっていけなかったら、渡し賃金払えない(笑)

 

けど、やっぱりお金も無理でしょう。

なぜかって、この世のお金は物理的な存在だから。過去の人類は物理的な存在も持っていけると思ってた。だからちゃんと着飾って埋葬した。火葬なんてもってのほかで、なるべく生前の形のまま。現代では誰もここまで信じてない。

 

物理的なお金はもっていけないけど、精神的なお金ならもっていける。

精神的なお金とは周囲の感謝。周囲の非難は精神的なお金としての借金。

 

そう理解するのが一番なんだと思ってきた。

 

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成長を支援するには、支援する本人が成長していないと。

先日、新入社員研修の引率で女川で厨さんの講話を聞いてた。もう三年目なのに毎年感銘を受けてる。

 

「恩返しができないから恩送り」

凄く良い言葉、初めて聞いた。僕も恩返ししたい人は沢山いる。けど、そんなことはできない。だから恩送り。やっと言葉にしてもらえて、凄く嬉しかった。恩送りを心がけてる人に講話してもらえる幸せ。本当はそこまで新入社員に伝わってほしいけど、これは難しいかもね。

 

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この世とあの世まで含んだ話は哲学の範囲を超える。

単純な既存宗教ではないけど、宗教的な部分は含む。個人的には世界認識のつもり。誰でも暗黙的にもってる。普通は相手の痛みに共感する感情がセーブになる。この回路がしっかりしてる人は、わざわざここまで明確化しなくていい。素直に心にしたがって生きればいい。けど、一部の人は感情より思い込みの方が強く、相手のためと理由づけてその相手の感情を無視する。その一番の理由づけが成長なんだと、やっとやっと気づいた。

 

成長支援は親や人生の先輩からの恩送りの流れと、同じレベル同士の高め合いがある。友人と恋人。お互い助け合うのが友情・愛情だけど、それをメインにしたら何かがズレる。何がズレるのか、まだシンプルに言えない。

 

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■これまでの内容

自殺したら地獄に行くのか

生きるとは《苦》だから

人が変わらないワケ

恋愛における成長の強制

恩送り

 




セックスカルトと因果応報

Blog1でR. Kellyのセックスカルトについて色々と書いてきたけど、アメリカ本国では大富豪エプスタインの自殺?怪死で大変なことになっている。Yahooニュースで見た時から「これは自殺じゃないのでは?」と思っていたけど、その後のニュースで首の複数箇所が骨折と聞いて確信。10年以上陰謀論・オカルト系を読み漁ってきたので、いま思っていることを書いておきます。

 

基本情報としては安心の安定感な冷泉彰彦氏の連載から。

その上で、副島氏の内容も知っておく価値がある。直接のリンクは貼れない仕組みだけど、記事の[2435]です。

僕は学生時代の終りから副島氏の本を読み出して10冊以上買って読んだ。数年前まで会員にもなってた。本気で政治経済を突き詰めるなら絶対に外せない学者だと思っている。ただ、副島氏はオカルト系は断固拒否だから。それはそれで正しい態度だと思うけど、20歳以上離れているならば、そこを乗り越えなくちゃいけないと思ってる。2007年にメキシコ・カンクンに新婚旅行に行き、ついでにマヤとアステカのピラミッドに行き、JoJo2部好きとしては至福の体験。それ以来、雑誌『ムー』を図書館で定期購読して、それ系の本や雑誌も散々読んだ。パワースポットも結構行ったし、ここにも何個か書いたしね

 

随分と前に読んだから、出典は明記できない。

ただ、読んだときから「これはありえる」と思い、今では物理法則並みに信じてる。

 

この世の大原則として因果応報がある。

けど、サクリファイス:生贄を捧げることで、負の応報を先延ばしすることができる。

先延ばしすると、当然、負の借金は溜まる。だからどんどん生贄のレベルがあがる。

そのルールを知っていたからこそ、数多の宗教で生贄を捧げてきた。今の現代社会は科学で扱えない範囲は認めないから生贄を野蛮な風習の名残というが、この世は物理法則だけの単純な世界じゃない

 

仮面つけて乱交してるセックスカルトじゃない。特定宗教のカルトでもない。『カルマカルト』という用語は一度もみたことないけど、これが一番正しい表現なのかもね。カルマ:因果応報を無効にすることを狙った団体だから。

 

生贄のレベルが上がるからこそ、ヤギや牛などの4本足の哺乳類でなく、人間、、、あとで調査が困難な浮浪者から、最終的には若い女性になっていくのだろう。たまに動物虐待動画を投稿して騒ぎになるけど、どんな民族もDNAレベルで生贄を捧げた祭りの記憶はあるのだろうし、本人は生贄によって何かのきっかけにしたいのだろうけど、普通にやれば応報が酷くなるだけ。『走馬灯は相手視点で再生』が常識になればいいのにね。因果応報を無効化するにはそれなりの文法というか手法があって、普通の宗教じゃなくて、黒魔術とか悪魔教とかそっちで定めた基準になるのだろう。

 

結局、ここまで来ると、悪魔や邪神の存在を認めるかどうかまで到達し、僕は存在すると思ってます。普通にデビルマンでいいじゃんと。

「あれはーだれだ、デビルマーン」の主題歌は僕らの世代までが常識なのかな。未だに歌詞の半分は覚えてる。こういうダークサイド系のオカルト記事は普通に読むとその日はずっとブルーになるので、なるだけ読んでる皆さんにはそれをしないようにするつもりなので、知らない人はまずは主題歌を見てね♪

 

そもそも何故悪魔・邪神が発生したかについては、西洋では『失楽園』に「次の天主に選ばれなかった有力天使の嫉妬・不満から」と書いてあるし、日本神話では死の国にいったイザナミの穢れからだと。ポイントはイザナミが死んだ理由。人間が死ぬのは当然でも神様は違う。神様は特別な理由が無ければ死なない。イザナミが死んだのはカグツチを生んだからだけど、これがヒルコとセットで最初と最後に位置するのは、『ムー』のレベルでは書いてない。ここまで知ってたら凄いね。

 

以前、「金銭のお願いはレベルが一番低い」と書いたけど、やっぱり稲荷系は堕天使だし、そんなこと言うと京都でも超有名の伏見稲荷に喧嘩売ることになるけど、、、伏見稲荷の中では十種神宝を祭る伏見神宝神社に行くのが正しい。もちろん伏見稲荷もスルーじゃなくてお参りするけど、そこで金銭に関すお願いだけは絶対に言わない。以前は知る人ぞ知る稲荷山の奥にある巨石、大岩神社まで行った。あそこが一番のパワースポットだけど、普通の巨石とちがい正邪半分ずつだと感じる。神宝神社から横にそれて大岩神社の巨石を見てから、稲荷山の頂上に移動し、下山しつつ伏見稲荷神社を見て回るというマニアックルート。本気でやるならばTVやパンフレットの情報だけじゃダメだよね。その前にメインの若冲の墓に行った。そりゃ伏見稲荷をメインでいかないよ。

 

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この世に邪神がいても、どれだけオカルトで残酷な儀式があっても、因果応報は絶対であって、相手に与えた正負はかならず自身にも帰ってくる。それを生贄で先送りするのは、単なるカルマにおける多重責務者化だから、ほっとけばいい。もちろん法律適用外のような立場の人達がやってるのが問題だけど、現世には邪神と契約して成功を掴んだ人が多いという現実。そればっかりは、魂の修行をしていると思うしかないよね。

 

最近、日本の新興宗教団体が新しく中高一貫校を作って、そこに一期生として入学した人の独白が話題になってて読んだ。かなり興味深い。僕の周囲でもいた。親が信者だった子供。普通に良い人。

 

あそこの団体も色々とネットで探しているときに、脱退した事務局長だったかな、の告発記事で「信者の子供の若い女性を秘書にして手をつける。その時の口説き文句が、「俺の前世は釈迦だ。王子だった釈迦には奥さんが何人もいた。君はその第X夫人の生まれ変わりだ」」という噴飯ものの内容で、ある意味イノベーションというか発想の転換。ほんとさ、教祖のレベルは女と金に対する態度で分かる。信者になるとそういう告発記事すら「あれは敵対勢力や邪神が書かせた嘘」になるんだもんなぁ、信仰はマジ怖い。

 

奇跡とか予言とかを見て、教祖を信じるのが間違い。

単に科学絶対主義に侵されていた反転。量子力学の観測問題ひとつとっても穴だらけ。けど、それを職業にする人達は自らを穴だらけとは言わないだけじゃん。

 

そこら辺のペーペーの神だって人間に比べたら奇跡も予言もできる。

そういうペーペーの神が人間に降臨したら、「僕はペーペーの神ですけどー」なんて言わない。「私は全世界で一番偉い神です」っていうに決まってるじゃん。だから教祖本人も騙されるし、奇跡で感動する信者も騙される。アホクサ。こんなの小学生でも分かるレベル。

 

「30過ぎても童貞だったら魔法使いになれる」というネットスラングの方がまだ正しい。奇跡も予知も欲望をゼロにすればできるんだよ。けど、僕も含めて99.9%の人はそんなこと決してできない。山にいくと、それが雪山だと、垣間見える。いまのところ、僕が言えるのはこれだけです。

 

 




目的死体と色即是空

『前向きな空しさ』の先へ

 

座禅がブームでオシャレになるなんて想像すらできなかった。若い頃は工学部のくせに大学の図書館の仏教コーナーを読破して、一人暮らしの部屋でとことん座禅してた。その結論が色即是空=「前向きな空しさ」。暗記じゃなくて、自分の言葉で表現できること。それだけが理解の証明。表現の適切さは本人では分からない。他の表現を見ると浅い/深いを感じるし、それすら分からないときもある。ここ数年改めて般若心経を読んでる。色不異空が前にある。不異と即是。「異なってない=同じ」なのに、わざわざ両方言う。そこがポイントなのかもね。

 

先日、南直哉氏の『老師と少年』を読んだ。

若い頃に読んでたらハマっただろう。さすがにこの歳になるとストーリーや文学的装飾は要らない。けど、色即是空と四文字でいわれると短すぎて腹落できない。短すぎても長すぎても響かない。この前、目的死体という言葉を作ったから、それを使って色即是空を掘り下げることにする。

 




凡人を掘り下げる

最近気になってた「天才・秀才・凡人」理論だけど、随分と先に進んでる。特にこの「共感の神」という用語は感動もの。「凡人」はキャッチーだけど正確性は足らない。凡人の本質は共感でなく付和雷同

 

天才に共感する時点で変人になれる。本当の凡人は共感してない。付和雷同しているだけ。天才を凡人達に翻訳できれば、たしかに神レベル。

 創造⇔模倣

 再現⇔一回きり ≒思いつき

 共感⇔付和雷同 ≒真似

模倣と真似はほぼ一緒。再現も近いなぁ。そういう意味で、確かに天才と秀才は水と油かもね。

 

著者である北野氏はこれらが「1人の人間に全部備わっている」と言っているけど、どれも修練しないと無理。「創造性も経験で決まる」と書いているけど、経験の質こそが大切。

 

言葉で説明できない好き嫌いをどれだけ大切にできるか。

言葉で説明できる時点で創造性の世界にはいけない。

特に「好き」の方。「嫌い」なんて突き詰めても厭世にしかならない。

周囲にどれだけバカにされても「好き」と言えるか。

こんなこと書くと「ストーカー」まで対象になるからダメ。

恋愛以外の「好き」だね。それだけだよ。

 

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誰だよ、ゲイツを天才というアホは。天才の定義が創造性ならば彼は天才ではない。天才とは例えばエクセルに代表される表計算ソフトを最初に作った人。巷では全然有名じゃないけど、IT業界にいればビジカルクの名前ぐらいは聞いたことあるでしょう。ゲイツがプログラミングでプロというのに異論はない。戦略家でもある。けど、天才ではない。ジョブズについては散々書いたので。

 

 




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